第38話 打ち合わせ

 革命総軍の首魁は当然、偉大なる指導者にして人民の友である総統である。

 しかし、こちらはほとんど名誉職に近く、総統が革命総軍の元帥席に腰を下ろすことは滅多にない。

 そうなると、実質的な最高責任者は本部長にして総軍大将のグーバルであり、その下に各部局の責任者が十五名程居並んでいる。

 革命総軍最高責任者会議に於いてスーリム・ボージャ中将は作戦事務局長のゲルコと共に、メンバーの一員として会議に出席をしていた。

 何のことはない、定例的な会議である。

 そもそも、顔ぶれのほとんどが生粋の軍人ではなく革命に功績を挙げてそのイスを手に入れた連中なのだ。パルチザン活動を除けば正規軍人としての経験もなく、正解も知らず、軍を動かす能力を持ち合わせていない。そういった連中が高級将校の座を独占し、正規軍を牛耳っていた。

 スーリムは息を殺し、自ら発言もしなかった。

 雄々しく語るのは馬鹿にやらせておけばいい。

 自分はその言葉を残さず覚え、必要な時には揚げ足を取ればいいのだ。

 やがて会議は終了し、大物たちは次々と会議室を出ていった。

 スーリムも席を立ったところ、声を掛けられた。


「ボージャ、少し待ちたまえ」


 声を掛けたのはグーバル大将であった。

 腐っても軍人であり、上位者に対して礼を欠かすことはできない。

 スーリムは背筋を伸ばしてグーバルに敬礼した。

 

「は、なんでありましょうか、閣下」


「いや、なに。ささいなことだ」


 グーバルは緑の瞳を細めた。

 年齢は五十五歳でスーリムと近い。白髪を短く刈り込んだ髪型と年齢の割にガッチリとした体つきが特徴的な壮年である。

 革命時には衛星都市の小領主軍や軍閥、馬賊などをまとめて帝国軍を攻撃し、帝政の打倒に大きく貢献した。

 革命成就後はいち早く国家正規軍の解体、再編成を主張しこれを抑えてみせた手腕はスーリムから見ても鮮やかだった。

 飽くなき権力欲が具現化したような男は、権力闘争の過程で大勢の人間を粛正していったのであるが、対象はライバルや敵対勢力に限らず、数十年来の同志や部下にまで及んだ。

 隙を見つければ総統にさえ手をかけようという姿勢を誰もが恐れていた。もちろんスーリムも含めて。

 スーリムが室内を見回すと、作戦事務局長のゲルコも残っている。他にも五名の高級将校が席を立たずにいた。

 

「七人会議……ですか?」


 スーリムがグーバルに訪ねた。

 グーバルはゆっくりと頷く。

 評議会の正式な構成員の内、任意の七人で開催される七人会議は、互いの評価を究極の目的とする。

 多数決で反革命的と指摘されるに至った者は自己批判の末に革命思考を取り戻すまで営倉謹慎の処分となる。

 もちろん、帰ってくる者などいない。手間を省く為、最近では七人会議の議場で銃殺を実行することも珍しくなくなっていた。

 

「ゲルコに立会人を頼まれてな。忙しいだろうが付き合ってやれよ」


 グーバルの穏やかな口調は朴訥で、親しみさえ感じられる。

 妖怪め。表情に出さず、スーリムは思った。長年仕えた部下の死に眉一つ動かさないのだ。

 ゲルコがツカツカと歩き、スーリムの背後に回った。

 

「ボージャ、悪いがオマエの排除が決まった。大人しく死んでくれ」


 六十を過ぎ、なお脂ぎった視線のゲルコがいやらしく囁いた。


「ゲルコ局長、私がなにかやりましたか?」

 

 スーリムの問いに、ゲルコが答える。


「さて、なんだったかな。ああ、そうだ。君は貴族の娘を娶ったんだ。これは重大な問題だな」


「もう二十数年も前の話です。それについてはきちんと届け出も出しています」


 そうして思想管理、自宅監視など数々の不条理も受け入れ、我慢してきたのだ。

 今更文句を言われる筋合いもない。


「届けは出ていてもな、党則に旧貴族およびその子弟は反革命的存在であり党員になれないとある。言い方を変えれば三級市民だな。まあ、貴族の娘を娶った者は党にも大勢いるからうるさくは言うまい。しかし、オマエの息子として軍に入ったユーリ・ボージャ中尉はどうだ」


「私の息子です。母が旧貴族であろうと父が党員であるなら、息子も党員になれるはずです」


「本当にオマエの息子であるなら、だ。ユーリの実の父は旧貴族じゃないか。それを養子として迎え、一級市民の扱いをさせたのであれば重大な問題だ。なあ?」


 ゲルコが他の会議構成員に問いかけると皆が頷いた。

 最初から決まった結末に向け、彼らは行動している。要は誰かの席を空けたいのだ。

 そうして誰かを排除すれば、誰かの息子や縁者がその座を埋める。そうやってこの組織は動き続けていた。

 

「血の繋がりは重要ではありません。ユーリは私の息子です。それにユーリは……」


「死んだな。三級市民に無惨に殺されてしまったそうじゃないか。三級市民同士、パン屑でも取り合ったか?」


 ゲルコの言葉に、いくつかの笑いが漏れる。


「しかも、その敵討ちに別の部隊を動員している。これが軍の私物化じゃなくて何だと言うんだね。それも、討伐に向けた部隊は壊滅したそうじゃないか。まったく、指揮官としても無能極まりない」


 スーリムがいかに言い取り繕おうとも、ゲルコは強引に息のかかった兵隊を引き入れ、スーリムを連れ去るつもりだろう。

 私兵化した部隊を持つことなど、ここに並ぶ者なら全員がやっていることなのだ。

 

「その件については現場指揮官の男が責任をとって自害しています。さて、それでは私からも局長にお聞きしたいことがありました。数年前から他国に土地や屋敷を買い、財産を移していますね。今この場に目録はありませんが、私が把握しているだけでも四つの国に関係しています。まさか亡命の準備ですか?」


 スーリムの言葉にゲルコの表情が歪む。

 他国への亡命はもっとも反革命的な行為として激しく非難される。

 スーリムは五名の構成員を見渡した。


「ええ……私の調査結果では他にも同じ様な疑いを持つべき人がいたと思うんですが」


 もちろん、全員である。

 どいつもこいつも、逃亡の準備を怠ったりしない。怠る間抜けはこんな地位まで昇って来ないのだ。


「ああ、勘違いだったなら失礼。さて、追放されるのは私かゲルコ局長か」


 スーリムは鋭い目つきで他の連中を睨んだ。ゲルコに味方するのなら、明日にでも馘首にしてやるという威圧を込めて。

 一方的にスーリムを攻撃し、後釜を仲良く分ける積もりだった連中は思わぬ反撃に黙り、視線を逸らした。


「ええい、うるさい! 貴様などこの場で銃殺だ! おい、入って来い!」


 ゲルコは叫んで議場の入り口を見た。一声かければそこに待機している配下の兵がなだれ込み、スーリムを殺す予定だったのだろう。

 最初から、話し合いの内容などどうでもよかったのだ。

 しかし、誰も入ってこない。

 なにが起きているのかわからない顔に、スーリムは薄く笑った。

 

「ゲルコ局長。残念ですが貴方の負けです。おい、ウーデンボガ!」


 スーリムの呼び声に応え、入り口から白鱗の怪人が姿を見せた。

 ゲルコはその異貌をみて息を呑む。 

 ウーデンボガの真っ白い手は両方とも真っ赤な鮮血にまみれており、軍服は返り血を浴びて、所々黒ずんでいた。

 

「こちらのゲルコ局長には反革命的行為の罪により七人会議で銃殺が決まった。間違いないですね、皆さん?」


 凍り付いたゲルコ、楽しそうに微笑むグーバル。

 他の五人は視線を伏せて口を開かなかった。

 

「ということだ。やれ、ウーデンボガ!」


「はい!」


 適切な命令者から出された命令に従い、ウーデンボガは大口径拳銃を引き抜いた。

 巨大な銃声。

 一瞬後に、ゲルコの体はバラバラになって吹き飛んだ。

 隣に座っていたスーリムは肉片を浴びたものの、眉一つ動かさずにグーバルの方に向き直る。


「閣下、お騒がせしましたが以上で七人会議を終了します」


 スーリムについてもこの結末は最初から決まっていたのだ。

 ゲルコが息のかかった兵隊を本部に集め始めたと情報を得た時から。


「うむ」


 夕飯のメニューを聞いたときのような気安さでグーバルは頷き、弾劾裁判は終了したのだった。

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