第37話 勤労

「ええ、ちゅう訳で新しく仲間になったユーリ君と、なに君やったっけ? まあええわい。ユーリ君とマーシャ君や。帰るところも無いそうやし、可愛がったげて」


 ユゴールは集まったジプシーたちに向かってアスロとニナを紹介した。

 時間は夕刻前。これから各々が早めの夕飯を食べて街中に散っていくため、この時間帯を逃すと人数がそろわないのだ。

 それでも、集まったのは半分ほどに過ぎない。

 連中は一様にアスロとニナを無遠慮に眺め、そのまま黙々と食事に戻っていった。

 

「そんで、飯は食うの?」

 

 ユゴールはギョロリと目を剥いて二人の方へ向き直った。


「食うんやったら鍋に入ってるの、勝手に食うてええけど、自分の器がいるからな。取りおいで」


 そう言って教会の方に歩き出す。

 二人はその後を追って、薄暗い教会の入り口をまたいだ。

 ユゴールは薄汚れた木箱を開け、中を探る。そうして、木皿を二つ取り出した。

 

「匙もあるよ。ニコイチや。それにコップもつけてサンコイチ」


 アスロは渡された器を見てニナと顔を見合わせた。

 あまり上等な食器類ではない。汚れがついていて綺麗に洗うのに骨が折れそうだった。

 

「そいでやな、二人の仕事についてやけどもマーシャは引き続きハメッドの看病を頼む。尻を撫でられたら叩いていい。それ以上はやってこんと思うけど、もし甘い言葉を喋り出したすぐにその場を離れや。アイツ、ちょっとした病気やから。ほんでユーリは街頭に立つ女の護衛や。ハメッドの穴を埋めてくれ。女に手を出せいう意味やないぞ。絶対に手を出すなよ。それは金を取るからな」


 ユゴールが渋い顔で言った。


「え、俺たちも働くんですか?」


 アスロとしては旅の下準備や現金獲得の為に行動する予定だったのだ。


「当たり前やんけ、全員仕事がワシらの流儀。ていうか、そうやないとなんか変やろ。ユーリやらマーシャやら名乗っている間、国境越えるくらいまではうまく馴染んでくれや」


 どうも、ていのいい労働力にされている気がして、アスロは首を捻る。

 

「リリーと一緒やから、まあアイツに段取りは聞いてくれ」


「私からも質問が。いつまでこの街に滞在するんですか?」


 横からニナが質問する。

 アスロたちとしてはすぐにでも国境を越えたかった。


「まあ、第六としてはこの街に待機して君らを待ち伏せるっていう計画書を出してしまっている手前もあってやな。おまえたちに会わんかったとしてもすぐに行動するのは不自然や。それに別問題としてハメッドが動けんのもある。適当な行動計画を出してここを動く許可を取りつつ、ハメッドの体力回復を睨むとして……十日くらいは動けんかな」


「そんなに……」


 ニナはため息を吐いてうつむく。アスロも思いの外、長い足止めに気持ちが逸った。

 今までずっと、歩いてきたのだ。ユゴールたちを置いて自らの足で国境を目指す方が早いのではないか。


「まあ、そうやろな。しかし国を出るんならここから歩いて行くよりはワシらと行動する方が結局は早いと思うで」


 ユゴールの言うことが事実であると、アスロも頭では理解できていた。

 人里を避けて険しい山野に立ち入ればたやすく方向も見失う。

 かといって街道を通れば無戸籍放浪者として追われ、取り調べを受ける。

 そういう諸々の要因を考慮すれば大人しくユゴールの判断に従っていた方が間違いはないだろう。

 

「なに、君らを匿ってるのがばれたらワシらもヤバいんや。一蓮托生、しっかり守ったるわい。ほやからほら、着替え」


 ユゴールは木箱から古い衣服を二つ取り出した。

 両方とも男性向けのジプシーが来ている類のゆったりと動きやすい服だった。

 

 *


「なあ、アスロ。似合ってるよ」


 ルドミラが大仰に言いながら着替えたアスロの背中をどんどんと叩く。

 叩いている物が素手ではなくて大道芸用の棍棒なので、力加減をしていてもかなり痛い。

 

「こら、芸の練習をせんかい。それからちゃんとユーリと呼ぶ!」


 リリーが傍らで怒鳴った。

 場所は昨夜の広場である。既に日が沈んでおり、街灯があたりを照らしていた。

 広場には通行人を当て込んだ露店が出ており、それを目的に訪れる通行人もいる。

 ジプシーの女たちはその通行人を目当てに広場の隅に立つのだ。

 ただし、ただ突っ立っていたところで街娼なのか通行人なのかはわかりづらい。

 その為に大道芸などやって通行人の耳目を引きつつ客寄せをするのである。

 リリーの班にはリリーやルドミラを含めて六人の女が所属していた。

 各々が広場に散らばって客を募り、商談が成立すればアスロが走って行って客から金を受け取る。

 リリーからは愛想良く対応しろと言われたものの、アスロは笑みの一つも浮かべずに一連の業務を行っていた。

 そもそもこの国では私娼行為が禁止されている。それを自分が手伝っている状況にどうも納得が行かないのだ。

 広場の隅に立って、女に客が寄れば自分も寄って行って金を受け取る。

 荷物を預かり、女が戻ってきたら荷物を返す。

 その繰り返しをしているうちに夜は更け、露店と人通りは減って来た。そのころにはルドミラを除く全員がそれなりの回数、仕事をこなしていた。


「なあユーリ、もう遅いで。そろそろ仕舞って帰ろや」


「ルドミラ、この子はホンマに。いい加減にしいよ!」


 甘えた声を出すルドミラにリリーが怒る。

 ルドミラに客が付かなかった理由は単純で彼女がアスロにべったりで、ずっと話しかけていたからだ。

 傍から見れば不機嫌極まりないジプシー男とその情婦である。であれば正常な判断能力がある者は避ける。

 しかし、夜が深くなるとそれに応じて深い酒におぼれる者も出て来る。

 

「おい小娘、浮浪者に俺様のを味あわせてやる。この場で俺のを咥えろよ」


 白髪交じりの労働者は明らかに酩酊状態で、ルドミラの反応も待たず股間を露出し始めた。

 金を出すわけでもなく、話が通じそうもない。それならアスロの仕事だ。

 即座に男の顔を殴りつけた。

 倒れたのを引き起こし、腹に三発の拳を入れる。

 アスロを認識さえしていなかった男は恐慌を引き起こしたものの声を出す前に顔面への膝蹴りで沈黙した。

 

「リリーさん、これくらい?」


「まだもうちょい」


 アスロの問いにリリーが返事すると、倒れた男の腹に蹴りを入れ、肋骨を踏み折った。

 手足を折ると労働者は労働義務を果たせないので、アスロなりの気遣いを込めた攻撃だった。


「これくらい?」


「ま、ええやろ。こらえごろや。向こうに捨ててこい」


 アスロはリリーが言うままに男を、広場に面した袋小路の奥まで引っ張って行って捨てた。

 これに懲りたら酒を控え、真面目に労働に励めよ。

 心でエールを送りつつ、男を一瞥して広場に戻る。


「ユーリ、ありがとう!」


 広場に入るなりべったりとまとわりつくルドミラと、集まって来たジプシー女たちを連れてアスロは教会跡地に戻り、ジプシーの一員としての一日目を何事もなく終了したのだった。

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