第34話 外道

 教会の扉を開けると、大小のガラクタと、それに混じって骨の欠片が落ちていた。

 おそらく、ここで殺された聖職者のものだろう。これで片付けたというつもりか。

 アスロは骨をよけながら奥に進んだ。

 

「ああ、ああ。リリーめ無茶苦茶しよったな」


 怪人はひっくり返った机を見てため息を吐いた。

 重厚な事務机で、引き出しがいくつかなくなっている。

 

「こん中に拳銃を隠してたんやけど、なんならほら、そこの箱の中とか椅子の裏とか他にもいっぱいあんねん。動転したんやろうなぁ。こんな重たい机をホンマ……」


 男は机を起こそうとして、力を入れ、すぐにあきらめた。


「なあ、悪いんやけどそっち持って」


 言われてアスロは男と反対側に立ち、一緒に机を起こしあげる。

 

「ふぅ、すまんのう。どっかその辺座っといてくれや。すぐに済むから」


 男は言いながら一番下の大きな引き出しを引っ張り空けた。

 もちろん、アスロは視線を切ったりしない。そこから何が出て来るか分かったものではないからだ。

 

「おう、あったあった」


 取り出されたのは軍服だった。

 男はジャケットを脱ぐと、代わりにそれに袖を通した。シワだらけの軍服のボタンを閉めようとして閉まらず、すぐに諦めたようで、男は傍らの椅子を起こして腰を降ろした。

 

「あのぉ、共和国旗と軍旗もあるけど、雰囲気欲しいなら飾ろか?」


 腹を出したまま問う男にアスロは首を振って答え、自分も適当な椅子に腰かける。

 襟には革命総軍本部直轄の襟章が縫い付けられており、胸に刻まれた階級章は中尉であることを表していた。

 アスロのような偽軍人でなければ正体は見えて来る。


「ええとな、第六独立名誉小隊長のユゴールていいます。いや、なんかダメやな。威厳が無いわ。ちょっとやり直す」


 ユゴールと名乗る男は何度か咳ばらいをし、背筋を正して椅子に座りなおすと、低い声で話し出した。


「うむ。私が第六独立名誉小隊、隊長のユゴール中尉だ。覚えておきなさい」


 顔つきまで変えて、本人は真剣なのだろうが、服の前面から情けない腹が覗いているので全く威厳は感じない。

 それでも、アスロは眼前の男を警戒せずにはおれなかった。

 通称『外道の第六』。そんな風にあだ名され、手段を選ばず名誉も欲さず、革命遂行に尽力するのが第六独立小隊と聞く。ある面では独立名誉小隊の中で最も功績を挙げた部隊とも評されている。

 

「専門は情報収集、暗殺、探索。この都市にも君の探索を目的として滞在していたのだよ」


 ユゴールは机に肘を載せると口の前で両手を併せ、指を組んだ。

 鋭い視線がアスロに突き刺さる。

 なるほど、ただの変人ではないというのは分かる。しかし、アスロにはこの会談がなんのために設けられたものかを測りかねていた。

 

「じゃあ、俺たちがここまでやって来たのも全ては手の平の上だったんですか? 中尉殿」


 ニナと歩いてきた道のりを思い出すと、自由意思で選んだ様に思える。しかし悪名高い『第六』の手腕にかかればそのように思い込ませるのも訳はないのかもしれない。


「ふっふっふ、その通りだと言ったら驚くかね?」


 気味の悪い笑いに晒されて、アスロは急に居心地悪くなった。


「そんな……いったい、どうやって?」


 戦慄したアスロに対し、笑みを浮かべていたユゴールは肩を落として大きな息を吐いた。

 まるでため息の様な息が吐かれた後は、パンパンに膨れたユゴールがしぼんたように見えた。


「当てずっぽ。適当。ていうか本当に来るなや、ボケェ」


 投げやりな答えにアスロが面食らう。


「え、俺を追いかけていたんじゃないんですか?」


「命令はな、受けたで。オドレを追跡して捕獲せえてな。けどな、どこの世界にウーデンボガごと第三小隊潰したような怪物と噛み合いたい奴がおんの。しかも特殊兵が痕跡消して逃げ続けたら誰も追えんて」


 ユゴールは両目を瞑って頭をボリボリと掻いた。

 そうして引き出しを開けると、書類の束を放り投げた。


「あの、ねえアスロ君。ワシはおまえがこんやろ思うてここに陣を張ったんやぞ。ああ、メンドクサ!」


 アスロが書類に視線を落とすと作戦行動計画書とある。

 本来、提出先の総軍本部を除き部外者どころか部隊の幹部以外には見せることが許されない書類である。

 地図が添付されており、第三小隊と交戦した地点から点線で行動予想が記入されていた。

 曰く、南西の国境線を目指すものと思われ、その場合高地帯を進み山脈を越える可能性がある。そうでなくてもいずれ大河に突き当たり、そうすれば高い可能性でポダサに立ち寄ることが予想され……。

 まるで見られていたかのように書いてあるのだが、それを的中させた男は浮かない顔をしている。


「まず、北か東に向かえや。故郷か、凍った海伝いに他国へ行くのが基本や。なんでわざわざ首都に近づくねん。そんで高地帯を歩くな。山脈を気軽に超えるな。獣かオドレら。山脈を越えりゃここに来るのは分かりそうなもんやけども、何でわざわざワシらの前に立つねん。さっきやったハメッドな、ワシ付きの特殊兵やぞ。ケガさせられて、どないせいっちゅうねん。はあ、大損じゃ」


 ユゴールは項垂れて机に突っ伏した。

 その背中は力なく、アスロはどうしても質問せずにおれなかった。


「あの……中尉殿。お伺いしても?」


「なんじゃい」


「中尉殿に革命軍人としての矜持はないんですか?」


 その質問にユゴールは体を起こし、目を丸くしてアスロを見つめる。

 やがて皮肉な笑みで口元を歪め、吐き出すようにつぶやいた。

 

「革命軍人としての矜持? もちろんあるがな、馬鹿にすなよ。矜持腹一杯、胸一杯でこちとらやっとんねん。しかしやな、理想で腹が膨れるか? 三級市民やら言われる一族をどうやって守る? そのぉ為やったら誇りなんかバラ銭で売ったるがな。オドレ買うか?」


 その眼光には、形容しがたい凄みが込められており、アスロは気圧され息を飲んだのだった。

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