第27話 殴り合い
拳闘と言いながら、この試合は反則が少ない。
試合中に舞台から降りることと眼球を突くこと、それに噛みつきが反則なのだと聞いた。だから投げ倒してもいい。締めてもいい。
あぶくのような血を吐きながら運ばれていくヤコブと入れ違いにダリスが舞台に上がって来た。
「次はアンタ?」
「馬鹿を言え」
ダリスはアスロの耳元に顔を近づけ囁く。
「強いのはいいがもっと盛り上げろ。賭けが成立しない」
知ったことか。
アスロは薄く笑った。
この試合については当然のように賭博の対象となっており、両選手が舞台に上がり、試合開始から三十秒後の鐘を主催者が鳴らすまで会場の各所で胴元がそれぞれ賭けを受けるのだ。
ダリスも胴元の一人で、掛ける客が多ければ多いほど儲けるのだという。
「とにかく、客への顔見せは終わった。このまま次の試合も出るなら主催者に手を挙げて申告をしろ」
特にダメージがあるわけでもないので、アスロはもろ手を挙げて主催者に申告をした。
ダリスはまだ舞台から降りず、アスロに言葉を送る。
その言葉にアスロは顔をしかめるのだった。
*
大抵の闘技者はアスロより大きいようで、喧嘩自慢たちなのだろうからそれも当然である。
町の喧嘩自慢が取る行動は選択肢が少ない。両腕を振り回すか、掴もうとして手を伸ばしてくるか。次の対戦相手はまさにそんな喧嘩自慢であった。
全身がパンパンに膨れた男は観客の声援からミーヤというらしかった。
試合開始と同時に突進したミーヤは固く握った拳をアスロの腕に打ち付けた。
重く、衝撃が骨に残る打撃だ。
アスロは二発目をかわして、腹に蹴りを返す。しかし、太い腹にはたっぷりと脂肪がついており、たいしたダメージは通らなかった。
喚きながら掴みかかって来る男の腕を捌くと、間一髪で距離を取る。
荒く息を吐くミーヤとアスロの間に小康状態が訪れ、アスロは殴られた前腕をさすった。
骨は折れていないが、後で腫れることだろう。
その動きを見て観客のボルテージは上がる。
突然現れ、旧知の闘士を打ち倒した不気味な少年と、馴染のミーヤ。興奮し、酒も入った観客がどちらを応援するかはわかりきったことである。
「ミーヤ、そんなチビさっさと叩き殺しちまえ!」
過激で、下品なヤジが飛ばされるうち、賭け締め切りの鐘が倉庫内に響き渡った。
アスロは短く、浅い息を吸って吐くと、息を止めて走り出した。
ミーヤは飛び膝蹴りに警戒してか腕を上げる。その懐に飛び込む様に踏み込んだアスロは右フックでミーヤの脇腹を叩いた。
肉の薄い場所は痛いはずだ。はたして、アスロの読みは当たりミーヤは顔をしかめている。
しかし、互いに手の届く距離にいる。
ミーヤはアスロを捕まえんと、掲げた腕をふり降ろした。捕まえ、押し倒し、上に乗ろうというのだろう。
アスロは左腕でミーヤのベルトを掴み、自らも前に出た。
相手の鳩尾に額をつけて、掴んだベルトを捻る。
体重が倍ほども違うだろう二人の押し合いが拮抗した。
アスロが下から持ち上げながら押しているので、ミーヤは体重が活かせていないのだ。
しかたなく、ミーヤは片手でアスロの髪の毛を掴み、逆の拳でアスロの頬を殴りつける。二度、三度と打ち付けられ観客の声援は強まる。
しかし、それがほとんど効いていないことは当のミーヤが一番理解していただろう。
アスロが前に一歩進めば、ミーヤは後ろに一歩下がった。
自発的に舞台から降りない限り、敗北にはならないが下は固く踏み固められた地面だ。
下手をしたら骨の数本は折れるかもしれない。
そう思うものの、アスロの前進をミーヤは止められないまま、また一歩後退を強いられた。
瞬間、ミーヤは両手を離して身を竦めた。
いつの間にかアスロの右手がミーヤの股間に伸びて睾丸を掴んでいたのだ。
握る手に力が込められ。
「やめ――」
ミーヤが言うよりも早くアスロも両手を離して一歩下がっていた。
身を竦めたミーヤに対して打撃の体勢に入ったアスロ。次の行動は完全にアスロのものだった。
一歩の距離を詰めたアスロの鉄槌打ちがミーヤの顔面に撃ち込まれた。
目突きは禁じられていても目打ちは禁じられていない。
視界を奪われたミーヤは本能のまま、両腕で顔をか庇う。
そのすき間を縫うように通された掌底がミーヤの口から鼻にかけて着弾した。
膝から崩れ落ちようとするミーヤの髪の毛を掴むと、顔面に膝を打ち込める体勢に移行し、そのままアスロは問うた。
「どうする?」
昏倒しているミーヤにではない。
主催者と、彼の随行に対してだ。
一秒まって返答がなければ攻撃を再開しようと思っていのだが、彼の随行者は判断早く舞台に飛び乗って敗北を宣言した。
掴んでいて髪の毛を離すと、ミーヤがどさりと崩れ落ちた。
ミーヤを運び出す為にどやどやと数人の男たちが舞台に上がってきたので、代わりにアスロが降りた。
体力やダメージを鑑みれば、まだ戦えないことも無いけれどもう十分だろうと判断したのだ。
二戦目にはきちんと殴り合いらしき試合を見せたアスロに対して、観客の視線は好意的で、アスロがあるくと群衆は割れて道を作ってくれた。
「やあユーリ、お疲れさま」
壁際まで歩くと、ニナが迎えてくれた。
少女の表情はうれしそうで、やや興奮している。
とはいえ、ニナの場合は殴り合いを見ての興奮ではないだろう。アスロは二戦目を彼女の指示でわざわざ長引かせたのだ。
「あんまり割はよくないけど、いくらかにはなったわ」
彼女の手には掛札が数枚握られていた。
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