第24話 お説教

 運ばれてきた肉を齧りながら、アスロは横目でニナを見た。

 明らかに怒っている。


「そんなに、たいしたことはしていないよ。だって俺、銃も抜かなかったし」


 ほんの些細なことだった。アスロの言い訳はそのようなところに尽きた。

 文句があるかと問われ、食事が台無しにされたことを抗議した。その結果として、殴りかかって来たのでこれを制圧した。状況を踏まえて殺してもいない。なんなら小さな擦り傷を除けば流血さえ避けたのだ。

 どこに間違いがあったというのか。

 しかし、二ナの不機嫌は収まらず、一番大きな肉片を取ってムシャムシャと齧りつく。

 そうして飲み下すと、ニナは隣に座るアスロに細めた目を向けた。


「そもそも暴れるなって言っているの」


 そのやりとりをイリヤが突っ立ったまま見ている。

 顔を押さえているのだけれど、鼻血も口を切った血も止まったらしい。

 その状況を見て、アスロはイリヤがもう食べないと判断した。

 三個ある料理は二個を取って食べる。


「でも、そうは言っても……」


 アスロは挽肉の団子を食べながら抗議の声を挙げた。

 それでは一体、どうすれば正解だったというのか。

 

「まずは話し合うの。相手も納得するまで徹底的に」


 ニナは堅い口調でそう呟いた。


「きれい事じゃないかよ!」


 うんざりしてアスロは机に視線を落とす。

 小さくなった胃を十分に埋める程度には料理が運ばれてきていた。

 この机を先ほど蹴り飛ばした男たちが納得することとはなんだ。

 強欲そうな連中に満足するまで身を捧げれば最後には骨も残りはしない。

 

「ええ、きれい事よ」


 ニナはそれを認めた。

 しかし、目の奥の光はいささかも陰っていない。


「きれい事を徹底的に言い通して、当たり前にするのがそもそも私の役割なの。初めて言うけどね」


 力強く宣言して、ニナは鼻息を吐く。

 そうして三つ運ばれてきた揚げパンのうち二つを自分の取り皿に取った。


「あ!」


 思わず非難がましい声を上げるアスロにニナはわざとらしい作り笑いを向けた。


「ほら、物を奪われた。じゃあ、すぐ殴りかかるの?」


「いや、それは……」


 アスロは言葉を紡げずに口ごもる。

 

「さっきの彼らと私、なにが違う?」


「なにって、なにもかもだよ」


 ニナと先ほどの二人では性別、体格に年齢、立場やアスロとの関係性でも大きな乖離があった。なにもかもが違いすぎて共通点を見つける方が難しい。


「ねえアスロ、あなたの信じる共和国の法に照らせば、彼らよりも私の方が凶悪じゃないかしら?」


「それは、そうだけど……」


 禁じられた信仰を用いて武装勢力を集めた女が、上官殺しの兵士とともに逃亡しているのだ。

 都市部で暴れ歩いているごろつきよりよほど、悪党だといえなくもない。

 アスロが言葉に詰まっているとニナは二つ取った揚げパンの一つを空いた皿に戻した。

 

「それに、あなたたちが掲げる主義や主張は理想、つまりきれい事じゃないの? 王侯貴族を否定して、皆が平等になる。そうして一丸となり世界を形作っていく。素晴らしいじゃない。きれい事をきちんと突き通せていればね」


 アスロは眉間に皺が寄るのをこらえられなかった。

 言い返したいのだけど、言い返せない。

 アスロが信望した革命は結局のところ、極端な暴力革命であり、邪魔になる者どころか同志であっても苛烈に殺しあって出来上がったのだ。上層部は今だって互いに睨みあってバランスを取り合っている。

 あるいは、最初から最後まで血を流さずに理想を突き詰めれば違う結論があったのか。

 そう思わないでもなかったけれどアスロの故郷が共和国に飲み込まれたときには既に膨大な血が流された後だった。

 

「結局、新しい貴族と新しい平民。それに新しい奴隷で社会を作り直したに過ぎないんじゃないの。それでもね、理想に向かって声をからして叫び続けるような活動なら私は否定しない」


 ニナはため息を吐いて揚げパンを齧った。

 ニナの言わんとすることはアスロにもわかっている。

 旧来の帝国は長い歴史を経て硬質化し、既にガタが来ていたのは間違いない。

 それでも、それを母体に生まれ出た共和国も母と同じ不全を持つ奇形児だったのだ。

 掲げた理想とは明らかに乖離した体制も多く、それを指摘しない良き人民はきっと、指導部にとって『都合の良い人民』なのだろう。


「それでも俺は……」


 アスロはそれだけを言うのが精一杯だった。

 

「だからこそ、私は貴方やその思想そのものを否定はしていない。最後まで話し合って共存の道を探ればいいわ。きれいごとが大切だって思っているから」


 ニナはアスロの方に腕を回すと、その強張った身を引き寄せる。

 

「さ、食事を続けましょう。イリヤさんも座って、ほら。いろいろと教えて欲しいんです」


 名前を呼ばれたイリヤは目を丸くして、ゆっくりと席に着いた。

 

「なんだか知らねえが、あんたらすげえな。あのダリスたちを子供扱いだ。もっとも、あいつらは執念深い。悪いこと言わねえから飯を食ったらすぐにこの街から出なよ」


 イリヤは声を潜めてアスロたちに囁く。

 その口元は先ほど殴られたために痛々しく腫れていた。


「ほら、言わんこっちゃない。面倒じゃないのよアスロ」


 ニナが不満そうに言う。


「それは多分、大丈夫だよ。あの二人、素直に帰ったじゃないか」


 上手く説明できないまま、アスロは答えた。

 当人同士にしかわからないやり取りがあったのだ。

 ダリスとクロックの二人はアスロに対して恐怖を感じていた。それも心底から。

 これで再度向かってくるというのならたいしたものである。

 もっとも、その時はためらいなく銃を抜くつもりなのであるが。

 

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