第21話 泥棒
「誰だ?」
窓から入って来たアスロを見て、口ひげの中年は驚いたように身を固めた。
身なりはきちんとしており、私邸というのに国民服をキチッと着込んでいる。
当たりだ。
アスロは幸先のよさにうれしくなった。
集落で最も大きな邸宅の、もっとも日当たりのよさそうな一室。
その部屋の主はある程度、偉いだろうとアスロは想定していたのだ。
「声を出すな。ただの物取りだ。貴様はそう思っていればいい」
暗がりから出て来たアスロを見て男は目を丸める。
机の上にランプを乗せ、その明かりで書類を読んでいた男が、視線を走らせてアスロを見定める。
首もとには革命総軍本部直轄の襟章。胸には少尉の階級章。そうして手には象牙細工の拳銃である。その上、年若いのに尊大な態度は旧態の貴族のようだ。
こんな者がただの泥棒であってたまるか。
男は一瞬でアスロの主張を理解し、すぐにへりくだった。
「な……なんの御用でしょうか?」
「貴様、この地区の最上位者か?」
押し殺した、しかし確かに通じる声でアスロは問う。
話し方に立ち姿、常に不機嫌そうな表情など、ボージャのそれを真似ている。
それに軍服や拳銃などの小道具があわさればハッタリも通るだろう。
その作戦が思った以上に当たり、アスロは内心でほくそ笑んだ。
「私がこの地区の監理官です。党の肩書としては地方分局書記長になります」
つまり、男はこの集落の村長といってよいだろう。
「うむ、結構」
アスロは拳銃を向けながら鷹揚に頷いて見せた。
何が結構なのかはアスロ自身もわかっていないのだが、ボージャならそう言ったはずだ。
「これは物取りの独り言だが、極秘の任務を帯びた革命軍の特務精鋭部隊がこの集落周辺に潜んでいる。もちろん、この件に関しては一切の詮索、問い合わせを無用とする。もし、なにかしらの行動を確認できれば、次に貴様の元へ忍び込んでくるのは物取りではなく、武装強盗になるだろう」
「じゅ……重々承知しています。中央のことについてこちらが詮索などとても」
男は頭を下げて額を机にくっつけた。
地方の上役ということは実務能力と共に上役からの覚えも求められる。
党の中央本部の名前を出して釘を刺せばあえて自らの不利になる行動はすまい。
「安心しろ。標的は貴様の首ではない。しかし、貴様の配下にある武装隊員と我が部隊の間で万が一、小競り合いでも起きれば……まあ、我が部隊は武装警察ごとき敵ではないが、やはり貴様の首を取っていかねばならん。理解したのなら、数日の間は配下を押さえつけておけ。また、既に補給及び休息を目的として複数の配下が集落に入り込んでいる。貴様の指揮能力に期待する」
「わかりました。ご期待に添いますので……」
脅しもこんなところか。
アスロはそう判断して室内を見回した。
この部屋に他の人間が入ってきてもまた、面倒だ。
「では、物取りとしての本分に立ち戻る」
拳銃をホルスターに納めると、アスロはそう告げた。
告げられた方の男は意味が解らず、目をパチクリとしていた。
*
山男の家に戻ると、少年の服を着たニナが拳銃を抱いたまま椅子に座っていた。
山男は奥の寝室でいびきをかいて寝ている。
机の上には半分ほど減った食事と飲みかけの酒瓶が載っているので、男が食べたのだろう。
「やあ、ただいま」
アスロは暗がりから引っ張り出した二つのリュックを玄関に引っ張り込んで扉を閉めた。
「おかえりなさい。ていうかどこへ行っていたの?」
「どこっていうか、ニナが言ったんだろ。情報が必要だって」
アスロは懐から地図を取り出した。
もちろん、物取りとして件の書記長に出させた品である。
その他に男女合わせて十六名分の身分証明証と商店での支給品引換券なども貰ってきており、塩や包帯なども現金を渡せば購入できることになっていた。
「わ、すごい。アスロってなんだかんだ凄かったんだね」
ニナの言葉に多少引っ掛かりを感じたものの、賛辞としてアスロは受け取った。
「一応、精鋭だからね」
一般兵と精鋭兵の違いは教育に掛けられるコストの差である。
一般兵が習熟する事柄は基本的に抑えたうえで、精鋭は更に追加の教育を受けている。
アスロの場合、どちらかと言えば単純な戦闘力を期待されていた節もあるので、それほど専門的な教育を受けたわけではないが、それでも敵地へ単独浸透、破壊工作に攪乱や暗殺について基本的なことは叩き込まれていた。
「ええと、今はここ。ピフトボ共同生産場。それで製材した木やその他の物資は南に運ばれて、更に川を渡り、対岸に建設されているポダサの街で使用されることになっているみたい。将来的にはポダサの街がこの近辺の中核都市として機能するように計画されているんだって」
もちろん、聞きとったままの知識であるが、ニナは頷く。
「じゃあ、とりあえずそのポダサの街に行ってみましょうか。川べりなら船もあるだろうし、都市建設ならいろんなところから人も来るでしょう」
アスロもそのつもりだった。
というよりも、貰った地図を見る限りピフトボ集落は三方を山脈に囲まれており、他の方向に行くのは困難である。
アスロとニナはその山脈をひたすら登り、降りしながら超えてきたのだ。
明らかに、人の歩く道のりではない。道理で辛いはずだ。
アスロは地図を見ながら勝手に納得した。
とにかく、二人は行く末も定まり互いに上機嫌な視線を交わす。
と、緊張が解れたのかアスロの腹が急に空腹を訴え出した。
「さて、飯でも食おう。おじさんの食い残しだけど、俺は気にしないよ。ニナは嫌だろうから缶詰でも……」
「私も気にしないわよ。料理は残りを半分ずつ。足りないなら缶詰を開けましょう」
二人とも、きちんとした料理に飢えていたのだ。
結局、二人は残された料理を分け合って食べ、山男が置いてくれていた毛布に二人して包まって、久しぶりにゆっくりと眠ることができたのだった。
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