第17話 大ボージャ
独立名誉小隊の最高責任者であるとはいえ、一介の中尉を査問に掛けるのは通常、直上の上官や係官が行うことだ。
本来、スーリム・ボージャ中将はその要点を纏めた報告書に目を通す程度しか関わりを持たない。
これは、革命総軍本部作戦事務局次長という地位を守るためであり、詰まるところ他の革命評議会メンバーに付け入るスキを与えてしまわないための配慮である。
しかし、小隊全滅ともなればそうも言っていられない。
局長や本部長などの上位者次第ではスーリムといえども粛清の対象とされてしまうのだ。
暗闘、それ自体はスーリムの得意分野であるが立場が不利な場合は活路を探して汗をかかなければいけない。文字通り、命がけで。
「それで、状況を説明して貰えるかな。中尉」
スーリムは次長室の重厚な自席に座り、第三名誉小隊の隊長だったジダノフに問いかけた。
室内には作戦本部で軍務を統括するベルジン大佐と副官のゲルト老が椅子に座り、中央に杖をついたジダノフとウーデンボガが立っている。
「閣下が聞いておられる。ジダノフ、答えんか」
四十がらみの固太りした肉体を持つベルジンがうつむいて床を見つめるジダノフに発言を促す。
対して、細身の老人ゲルトは目を細めて口を閉じ、成り行きを観察していた。
「はい、ええ……いや、わかりました。小官の指揮する第三特別名誉小隊は反革命主義者にして元第二特別名誉小隊付き特別兵のアスロを捕縛せよと命を受けて出立しました」
ジダノフは詰まりながら口を開いたのであるが、これがどうもまだるっこしい。
どんな装備を携帯しただの、どこの基地へ立ち寄っただの、あまりに見当違いな説明に、ついにスーリムも顔をしかめた。
「枝葉は省け。部隊壊滅に至る直接的な原因が聞きたいのだ」
スーリムの言葉にジダノフはビクリと肩を震わせた。
しかし、しばらくの沈黙のあと、ついに観念したのか言葉をつなげる。
「はい。アスロを補足後、戦闘に入りました。その中で、このウーデンボガが正規兵を皆、射殺してしまったのです」
その言葉に、スーリムとその腹心二名の視線が白鱗の巨人へと向けられた。
事前の聴取で、その言葉が出ることは予想されていた。しかし、その発言を受けてのウーデンボガの反応が知りたかったのだ。
当のウーデンボガは折り目正しく直立し、不動を貫いていた。
「さて、ウーデンボガ。ジダノフ中尉はこう言っているが、間違いはないかね」
スーリムが目を細めながら問う。
「はい、閣下。中尉殿の発言に嘘はありません。部隊の仲間を撃ち、壊滅させたのは自分であります」
ハキハキと、よどみなく答える。
忠義心厚く、鋼の肉体と精神を持つ。特殊兵教化施設の教官はウーデンボガを指してそう評した。
事実として今までのすべての任務で着実な成果を上げてきたのである。
スーリムはため息を吐いてジダノフとウーデンボガを見比べた。
わが身可愛さに部下を斬り捨てようとする中尉と明らかに上官を庇おうとしている特殊兵。
どちらを手元に残すべきか、考えるまでもない。
「ウーデンボガ、君は忠節を尽くす相手を間違えていないか? 君の能力は誰のためにあるのか、一度声に出して言ってみてくれ」
スーリムの言葉に、ウーデンボガは迷わず答えた。
「人民と偉大なる祖国の為であります!」
「ふむ、革命に与する人民としては全くもってその通りだ。では軍人としては誰に従うのかね」
「そ……れは、部隊の指揮官です。自分の場合であれば中尉殿であるかと」
たどたどしいウーデンボガに、横手からゲルト老が声を掛ける。
「それは違うぞ、ウーデンボガ。部隊の指揮権というものはその場にいる最上位者が常に持つ。当然、最優先すべきは閣下の下命であって、閣下がおられない場合はベルジン大佐の指令だ。ベルジン大佐もおられない場合、はじめて小隊長が指揮をとることになる。命令には必ず、発令者によって優越があるのだ。言い換えればおまえが作戦行動中、上位者が全員死亡したとすれば指揮権はおまえになるのだ。よく覚えておけ」
しわがれて低い声は噛んで含めるようにウーデンボガに届く。
同時に、隣り合ったジダノフの額に脂汗を浮かばせた。
スーリムは大きく息を吸い、再び質問をする。
「さて、ではこう質問しよう。ウーデンボガ、君はなぜ同じ部隊の戦友に向けて引き金を引くことになったのかね」
その質問に、ウーデンボガは素直に答えた。
アスロにしてやられ、指揮官を人質に取られた失態も、アスロが投げかけた問いも、ジダノフに命じられて行った戦友への虐殺行為も。
「なるほど、わかった。ということは、当時部隊責任者だった中尉の命令に従ったまでだな。それならウーデンボガに責任は問えない」
堅太りのベルジン大佐が短い首を上下に動かして断じた。
ゲルト老も表情で同意を示す。
二人の発言や態度はスーリムの意志を代弁するものであった。
スーリムは大きく息を吸うと最終の判断を告げる。
「ジダノフ中尉、第三特別名誉小隊壊滅の責任を取り謹慎を命じる。ついては待機場所を作戦本部内営倉に。正式な処分については後に申し入れるものとする」
その言葉にジダノフ中尉の顔色がさっと青ざめた。
正式な処分など、下ることはない。
営倉謹慎とは変死の形で相手を処理するための方便に過ぎないのだ。
「閣下、閣下、なにとぞお慈悲を!」
床に膝を着いたジダノフは叫ぶ。
しかし、三人の重鎮は最早ジダノフのことなど見てもいない。
兎にも角にも、失態を埋め合わせる人柱は決まったのだ。
「ウーデンボガ、オマエからも頼んでくれ!」
しかし、営倉謹慎の意味をしらないウーデンボガはなぜそんなに取り乱すのか、戸惑いながらジダノフを見返す。
「いい、連れて行け」
スーリムが命じると、ゲルト老が廊下から兵士を呼び入れた。
短い抵抗のあと、両脇を抱えられて引きずられるように連れて行かれるジダノフを見送った後、スーリムは残ったウーデンボガに命じる。
「おまえには特別任務を与える。しばらくの間、私の護衛に着け」
ウーデンボガは目を白黒させ、命令の意味を計りかねた。
戦場ならともかく、首府にあって中将が護衛につけるのであれば若手士官が相場である。
「なんだ、頑丈さが取り柄なんだろう?」
「え、あ、はい。もちろん」
「じゃあ頑張れ。それから、非番には士官学校に通いなさい。上位者がいなくなった以上、おまえには隊長を務めて貰わねばならん。おまえが十分に部隊を指揮する能力を得たとき、第三特別名誉小隊を再編成する。わかったか」
スーリムの突き放すような命令に、ウーデンボガは敬礼で応えた。
しかし、このとき有頂天になったウーデンボガは気づいていない。
スーリムがなにを企んでいるのか。
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