第2話 強攻

「へ、バカバカしい。異形のバケモノなんて端から殺してしまえばいいんだよ」


 ボージャは命令書をクシャクシャに丸めると背後に投げ捨てた。

 小瓶をほとんど空にし、酒臭い息を吐く。

 アスロはその臭いに顔をしかめそうになったものの、必死で無表情を貫いた。

 いつの間にか悲鳴も止み、周囲には森の音だけが鳴り渡っている。

 酒を飲み、どうでもよくなったのかボージャはアスロの方をチラリと見た。


「アスロ、おまえも行け。いや、正式に言おう。下級兵アスロ、特殊兵として戦場へ赴き、武勇を示せ。その結果を貴様の評価とする」


 ボージャはそう命じると、イスに座って残りの酒瓶を煽った。


「了解しました、同志ボージャ!」


 出撃命令にアスロは背筋を正し、ボージャへ敬礼を捧げる。

 もはや面倒になったのか、ボージャは振り向きもしなかった。


 ※


 確かに要塞だ。

 アスロは本隊と合流する前に攻撃対象を確認した。

 石造りの教会は壁の上を更に石壁で補強している。数個の窓から小銃が覗き、一際高くなった鐘楼台には機関銃が据えてあった。

 周囲は見晴らしよく、森の切れ目からも数百歩は離れている。

 森から飛び出すということはそのまま機関銃手の目視範囲に入ることとなり、ボロクズの様に転がることを意味する。

 事実、多くの下級兵が森を出たすぐのところでクズ肉になっていた。彼らの多くが上着を脱がされているのは、軍服に穴をあけられるともったいないとかそういった理由によってである。

 ただし、機関銃の射程は森の中まで及んでおり、気まぐれに、当てずっぽうに打ち込まれた銃弾の雨は運の悪い者も連れ去っていく。それによって下級兵以外にも被害が出ているのだ。

 本格的な火砲か爆薬、その類の兵器が必要という軍曹の見立ては正しいらしい。

 アスロは本隊に合流すると、現場を仕切る小隊副隊長に敬礼を捧げ、ボージャから突撃命令を受けたことを告げた。

 副隊長はさほど興味なさそうにそれを受け、それきり黙ってしまった。

 いつものことである。

 アスロは敬礼を解いて後ろに下がると、下級兵専属の軍曹から小銃と拳銃を受け取る。小銃の実包は十五発。拳銃は五連発式で、弾倉の他に二十発が配分された。

 これはアスロの特殊兵という職分ゆえの厚遇で普通は第二波以降の下級兵に武器など持たせない。

 先に行って倒れた同胞の武器を拾って使うように命じられて終わりだ。

 アスロは銃弾の装填を済ませると、大きく息を吸った。

 死ぬかもしれない無謀な突撃。それでも前進すれば生き残れるかもしれず、後ろに退けば抗命で銃殺される。それならば前に進むしかないだろう。

 小銃を握りしめ、拳銃が揺れないようホルスターをきつく縛る。

 この段階になって、アスロは上着を脱がされないでよかったと思った。

 もっとも、アスロが着ているのはもとより軍服ではない。ただのボロ着なので、惜しくもないのだろう。


 突撃開始。


 アスロは常に単独での突撃を命じられている。

 森から飛び出し、同胞の死体のただなかを駆け抜ける。

 機銃手はすぐに気づいてアスロへ照準を定めたものの、他の窓から見える小銃手たちは構えもしない。

 大勢での突撃ならいざ知らず、たった一人走って来る銃兵に一斉射撃はもったいない。そういった心理が働いているのだろう。

 うなりをあげて飛来した銃弾はアスロの背後に着弾し、地面を跳ね上げた。

 ほんの一呼吸前までアスロがいた場所だ。

 足を止めてはいけない。もし、立ち止まれば修正された射線がアスロに降り注ぐ。

 しかし、人間が走るよりも手元で機関銃の向きを僅かに修正する方が早い。

 普通ならば。

 アスロは足に力を入れてグッと地面を蹴った。

 急激に血流が流れ込んだ足は肥大化し、あり得ぬ速度までアスロを加速させる。

 方向転換を組み入れて機銃弾の追尾を振り切り、ついにアスロは砦に肉薄した。

 小銃手たちが慌てて銃を構えたものの、それもアスロを捉えることはなく、無関係の場所へ土煙を上げるにとどまる。

 砦に取り付くと機銃の射線からはずれ、銃撃はやんだ。

 壁を見上げると、高い位置の窓から小銃手の一人が壁の下をのぞき込んでいた。

 目が合った瞬間、アスロの放った小銃弾がその眉間に食い込む。

 全身を沈め力を溜めると、アスロは反動で高く飛び上がり、外壁を上っていく。

 幸い、乱雑に積み上げられ、コンクリートで固められた石壁を登るのはアスロにとって梯子を上ることと大差ない。

 機関銃が据えられた鐘楼台にたどり着いた時には小銃の装填が完了しており、そこにいた三人の若い男たちに向けて引き金を引いた。

 至近で木箱を運搬していた青年が倒れ、他の二人は驚いた表情を浮かべる。

 まさか外壁を登って来るとは思ってもいなかったのだろう。

 手を離した小銃が床に落ちるより早く、アスロの拳銃は二発の弾を吐き出し、二つの胸を打ち抜いていた。

 三人が動かないのを確認すると、アスロは拳銃をホルスターに納め、小銃を拾った。

 再度機関銃が使われると面倒だ。

 アスロは床に落ちて壊れた木箱を鐘楼台の手すりから外に落とした。

 ガチャン、と音がして地面に弾丸が散らばる。銃に刺さっている弾帯も引き抜いて外に捨てる。

 あとは小銃ばかりだ。

 機関銃さえなければこの教会は大した脅威ではない。

 ついでに機関銃手の死体も捨てようか。アスロはそんなことを考えた。

 大勢の命を奪った彼らの死を晒せば味方の士気は上がり、敵はひるむかもしれない。

 しかし、死体と目が合ってアスロはそれを止めた。

 数十人の同胞を殺害した機関銃手たちは悪魔のような外見をしていない。

 平服の青年。

 およそそんな風に形容できる三つの死体は、死してなお、呆然とアスロを見上げていた。

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