劣等市民の俺だけどSSRパーティから追放されて美少女な聖女と逃げることになりました

イワトオ

第1話 下級兵アスロ

 散発的に鳴り響く銃声が随分と離れた場所まで響いてくる。

 社会主義者評議会革命総軍府直轄第二独立名誉小隊は目下のところ、対象を攻めあぐねていた。

 小隊長のボージャ中尉は机に脚を乗せて苛立たしげにタバコをくゆらせる。

 尊大な若者だ。まだ二十代半ばで短く刈り上げた金髪と日に焼けてなお白い肌が周囲を睥睨している。鍛えられた肉体は胸板も厚く、立ち上がれば身長は並より頭一つ分大きい。

 この男が率いる革命総軍府直轄独立名誉小隊は通常の小隊とは内実が大きく異なる。

 小隊長は中尉が勤め、副官として少尉が一名。さらには下士官が七名配備され、銃兵が三十名で構成される。それだけなら標準的な部隊規模であるが、特徴的なのは、部隊に下級兵という存在が二百名ほど付随することである。

 こうして独立名誉小隊は実質として中隊級の規模にふくれあがる。

 

「早く終わらせろよ。たかが教会一つだろ」


 臨時野戦本部とは名ばかりの、森の藪を払い机と椅子を並べただけの空間に居並ぶのはボージャと、戦況を報告する先任軍曹、それに軍服さえ着ていない少年兵が一人。

 軍曹はボージャの顔色に冷や汗をかきながら言葉を選んだ。


「しかし、石造りの建物で壁も厚く、銃撃用の窓が九箇所。要所には機関銃が据えてあり、もはや砦といってよい構造物です。対してこちらは火砲も爆薬もなく……」


「あ、おまえは今不満を述べたか?」


 ボージャは自らの父親といってもいい年齢の軍曹に向かって目を細めた。

 軍曹は額に汗を浮かべて首を振る。


「いえ、とんでもありません。不満など欠片もあろうはずが……」


「そうだろ。人民の血汗で配備された装備に文句を言うのは、とんだ反革命思想だもんな」


 ボージャは面倒そうに頭を掻く。


「それで、どれくらい死んだ?」


「正規の兵卒が四名、下級兵が七十名ほど」


「なんだよ。まだまだだな。そのまま強攻を続けろ」


 一方的に命じ、ボージャは軍曹を追い払う。

 戦闘が開始されすでに一時間が経過していた。

 遠くからの銃声に混ざって聞こえる悲鳴が戦闘の激しさを物語っている。

 

「退屈だな、おい」


 傍らに置いた木箱を物置台代わりに、ボージャは書類やコップなどを置いていた。

 その中から拳銃を取り出す。


「なあ、アスロ。暇だからコイツで自分の頭を撃ち抜いてみろ」


 差し出された拳銃を、アスロと呼ばれた下級兵は困った顔で見つめた。

 

「なんだ、命令が聞けないのか?」


「……困ります。同志ボージャ」


 アスロはそれだけを喘ぐように言った。


「誰が同志だ。この反革命主義者め!」


 ボージャは激高し、アスロに向かってコップを投げつけた。

 コップはアスロの肩にぶつかって背後にとんでいく。

 

「おまえに軍籍がなければ即座に撃ち殺しているのにな」


 アスロは黙って目を伏せるしかなかった。

 

 ※


 アスロは大陸の遙か東、極東と呼ばれるエリアの大きな黒い川に沿って広がる居留地から選抜されて下級兵となった。

 年齢はボージャよりも若く、まだ二十にはならない。

 黒髪で、体格はボージャより二回りは小さい。雪焼けで茶色がかった肌の色も黒い瞳の色もすべてがボージャのような連中とは違う。

 それを差し引いてもボージャは一級市民でアスロは三級市民である。

 つまりは革命に功労のあった家系に連なる者と近年、共和国領に組み入れられた革命思想など理解もできないとされる辺境民の子弟。

 全くもって、共通点など軍に所属しているということくらいしかないのではないか。しかし、そのお陰で少なくとも殺されてはいない。

 彼ら一級市民は常に、三級市民を多く損耗させることを期待される。

 反革命主義者が減ればそれだけ真の革命が成しやすいというくらいの思想である。

 だから、居留地の管理官庁は配給食料を減らして生活物資を制限するし、過酷な労働で命を奪う。人民警察も三等市民を見つけては適当な罪状をでっち上げて射殺する。

 特に、軍での扱いは酷い。

 機関銃陣地に裸で突撃させられたり、敵が布陣している面前に地雷を埋めさせられたりするのだ。それでも、少なくとも理由は必要である。

 特に軍では事前の理由付けが強く求められ、可能な限り戦死、自殺、病死に持ち込む必要があり、抗命以外の銃殺は許されない。

 ただし、流石に自殺を命じるのは指揮権の逸脱であり、禁止されている。

 ボージャがアスロに自殺を命じるのはただの嫌がらせに過ぎない。

 軍の規律と、ボージャの命令に従っている限り、アスロは生きていける。

 

 やがて銃声が止んだ。

 どうやら膠着状態に陥ったらしい。

 微動だにせず姿勢を整えていたアスロは、そう判断した。

 そうなれば出番である。

 

「おい、アスロ。酒を持ってこい」


 ため息を吐きながらボージャが命じた。

 否も応もない。荷物運びなどの雑用は近侍の下級兵の仕事であり、この命令は軍規に照らして適切なものだからだ。

 であれば従う。

 アスロは敬礼を捧げ、口を開いた。

 

「了解しました、同志ボージャ」 


 ボージャがどう言おうと、これが正しい返事の仕方なのだ。違えればそれを理由に銃殺されるかもしれない。


「オマエみたいなヤツと同志であってたまるかよ」

 

 唾と共に吐き捨てると、ボージャは手で早く行けと示した。

 アスロはやや離れた物資集積所から蒸留酒の小瓶を一つ取ると、走ってボージャの元へ戻る。

 おそらく、ボージャは怒るだろう。

 なぜツマミに瓶詰の一つも持ってこないのか、と。

 しかし、命令も受けていないのに物資を持ち出せばそれは盗難で処罰されるのである。だから毎度、酒を持ってこいと言われ、アスロは酒のみを持っていく。

 果たして、ボージャはやはり激怒した。

 アスロ個人と反革命主義者全般、それからアスロの出身部族に罵りの言葉を並べてからようやく酒に口を着ける。

 度の強い蒸留酒が見る間にボージャの腹に流れ込んでいった。

 ふう、と息を吐くとボージャはつまらなそうな顔を浮かべる。

 事実として、つまらないのかもしれない。

 アスロは知っていた。

 ボージャが本当は前線での勤務を願っていることを。

 にもかかわらず、共和国内の反革命分子を狩る独立名誉小隊に配属され、匪賊やパルチザンなどを追いかける日々が彼の心を蝕んでいるのだ。

 今回の任務も聖職者狩りである。

 革命政府は信仰を禁じ、聖職者を次々と投獄し、端から鉱山労働に従事させた。

 それでも未だに信仰を捨てない者は多く、こうして山中にひっそりと教会を立てていたりするのだ。

 また、そういう施設にはえてして海外の工作員が入り込み、革命抵抗者たちの拠り所として武装が進んでく。

 熱心な革命信望者による密告で存在を知られた教会の壊滅と、そこにいるらしい宗教アイコンの捕獲が求められていた。

 『聖女』とあだ名される少女は不思議な力で奇跡を起こし、信徒たちから祭り上げられているのだという。

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