花束と片思い

雨世界

1 こんにちは。どうしてあなたは泣いているんですか?

 花束と片思い


 登場人物


 大谷涼子 憧れの先輩


 里中聖子 可愛い後輩


 プロローグ


 こんにちは。どうしてあなたは泣いているんですか?


 本編


 私の憧れの先輩


 私のこと、好き? それとも嫌い?


 あなたの顔は赤い花のように真っ赤に染まった。


 花束を渡すと、あなたの端正でとても綺麗な顔(私の憧れていた顔だ)は、真っ赤に染まった。そんなあなたの顔を見るのは初めてだった。だから私は恥ずかしいけど勇気を出してあなたに真っ赤な色をした、とても綺麗な赤い花束をプレゼントしたことを、本当によかったと思った。


 花屋さんの売り場にあった手書きの文字には、『真っ赤な色は恋の色』と言う言葉が書いてあった。だから私はこの真っ赤な花束を(大谷先輩は薄い紫色が好きだから、本当は薄紫の色の花にしようと思っていたのだけど)大好きな大谷先輩にプレゼントしようと思ったのだった。


「これを私に? あなたが?」

 信じられない、と言ったような顔をして大谷涼子先輩は、真っ赤な花の花束を持っている後輩の里中聖子を見て言った。


「はい。もしよかったら、受け取ってください」聖子は言う。


「個人的に?」大谷先輩は言う。

「はい。……個人的に」と恥ずかしそうに笑って聖子は言う。


「そうなんだ。……うん。どうもありがとう」にっこりと笑って大谷先輩は聖子にそう言った。

「先輩。三年間。お疲れ様でした。卒業、おめでとうございます」


 そう言って、聖子は大谷先輩に深々と頭を下げた。


 我ながら、『大好きな大谷涼子先輩に卒業式の日に花束を渡す』という、ちょっと古風な贈り物作戦は大成功だと思った。


 聖子は頭を下げながら、にやにやと笑っていた。


 これで、聖子の今日の目標は達成されたはずだった。


 聖子は自信満々の顔をして、頭をあげて、大谷先輩の顔を見ようとした。(もしかしたら、真っ赤な顔よりも、もっと珍しいあのかっこいい大谷涼子先輩の泣き顔が見られるかもしれないと思った)


 でも頭を上げた瞬間に、聖子はいきなり(あの、憧れの)大谷先輩にその体を思いっきり、ぎゅっと抱きしめられた。


 ……え?


 一瞬、聖子は今、なにがおこているのか状況を理解することができなかった。


 でも、自分の信じられないくらいに幸運な状況を把握して、聖子は幸せを感じる、と言うよりも、なんだかすごく、不思議なくらいに(大谷先輩とお別れすることが)悲しくなって、そのまま聖子は大好きな大谷涼子先輩の腕の中で、泣き出してしまった。


「……ありがとう。本当に嬉しい」と泣きながら、大谷涼子先輩は言った。

「……はい。こちらこそ、本当にありがとうございました」とやっぱり、泣きながら、里中聖子はそういった。


 場所は二人以外、誰もいない三年生の教室の中。(みんなが気をきかせてくれたのかもしれない)

 二人は泣きながら、お互いの体をぎゅっと抱きしめ合っていた。


 そんな奇跡みたいな時間を、ほんの少しの間だけ、卒業式の日に、二人は二人だけで過ごすことができた。(それは二人の一生の思い出となった)


「さてと、みんなのところに行こうか。聖子」

 といつもの様子で大谷先輩が聖子に言った。


「はい。そうしましょう。みんな、かっこいい大谷先輩のこと、待ってますから」とにっこりと笑って聖子は大人気の大谷先輩にそういった。


 二人はもう泣いていない。

 二人はにっこりと笑っている。

(でも、二人の白い頬の上には、ハンカチできちんと拭いたのだけど、かすかに涙のあとが残っていた)


 二人はいつものように、手をつないで世界の中を駆け出していった。


 ……きっと、輝くような、私たちの未来に向かって。(そのとき、聖子の目には本当に世界がきらきらと輝いて見えていた)


「聖子。ありがとう。真っ赤な花束のプレゼント。本当に嬉しかった」と後ろを振り返って、大谷先輩はにっこりと太陽のように笑ってそう言った。


 聖子はなんだか、たまらない気持ちになって、この瞬間に、本当に時間が止まればいいと思った。


 ……さようなら。大谷先輩。私はあなたのことが本当に大好きでした。

 先輩、あなたは私の憧れでした。

 先輩に出会ってから、ずっと、今も、昔も、……それから、きっと、たぶん、……これからも。


 心の中で、聖子はそう言った。


「先輩。あなたは私の憧れでした」にっこりと笑って聖子は言った。

「ありがとう」とにっこりと笑って大谷先輩は聖子に言った。


 エピローグ


 こうして里中聖子の約二年間の片思いの恋は終わりを告げたのだった。


 本当に素敵な、人生の宝物のような、思い出を残して。


 みんなのところにたどり着く少し前に、走ることを止めながら、聖子はそっと、ずっと、つないでいた大谷先輩の手を離した。


 大谷先輩は、聖子の手を繋ぎとめようとはしなかった。(聖子のほうを振り向いてもくれなかった)


 二人の秘密の関係は、それで終わった。


 二人はこの日、この瞬間に、孤独を知って、たくさんの涙を流して、……大人になったのだった。


(……卒業おめでとう。もう、君は大人だね)


(いつまでも変わらないものなんて、ないよ。きっとね)


 花束と片思い 終わり

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花束と片思い 雨世界 @amesekai

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