第1.5話 その手が好き!

「あー!」

「うん?」


 それは廃墟はいきょを探索している時のことだった。

 廃墟内に散らばるガラクタを物色していたゾルタンは、唐突とうとつに響いたシーカの大声に何事かと顔を上げた。


「どうした、シーカ」


 周囲に不審ふしんな熱源反応はなし。音響センサーも大型機械の駆動音などは検知できない。別に暴走ロボットアンチェインが近づいてきている様子はない。

 何かあったのか。そう聞こうとして、シーカの指が自分に向けられていることに気付いた。


「……俺か?」

「ゾルタン、手!」

「手?」

「手に何か刺さっているよ!」

「……ああ」


 シーカに言われるままゾルタンは自分の手を見ると、指先に白い金属片が刺さっていた。

 ガラクタを押し退けている時にいつの間にか刺さっていたらしい。

 別に大したことではない。機能に支障ししょうをきたすような損傷でもないために、警告表示さえ出ていないのだから。

 だがゾルタン本人とは裏腹に、シーカは心配そうにゾルタンの手を見つめていた。

 

「ゾルタン、痛くないの?」

「ああ、痛くはない」


 ゾルダートには損傷を感知する機能はあっても、痛みを感じる機能はない。


 改めてゾルタンは自分の手を見つめる。

 様々な特殊素材で構成され、人間用の武器や兵器も難なく扱えるように設計された手。

 それも今では表面のモールドは全て削ぎ落ち、経年劣化で硬化しあちこちヒビが入っている。金属片もそのヒビの一つに入り込んでいた。


 長らく整備も部品交換もできずにいたのだから当然だが、ずいぶんとボロボロになったものだと思う。


「俺達ゾルダートはこの程度の金属片ではなんとも、なんとも……む」


 取れない。金属片が小さすぎて、ゾルタンの太い指ではうまくつまみ上げることができない。

 何か工具でもあればと思いガラクタで右往左往するゾルタン。


「ゾルタン、それ取れないの?」

「ああ。金属片が小さくて、何か工具を探してこないと取れそうにない」

「それならわたしが取ってあげる!」

「え。いや待てシーカ」


 ゾルタンがダメだと言うより先に、シーカがゾルタンの手をつかんでいた。

 今無理に離そうとすると、刺さった金属片でシーカの手を傷つけてしまうかもしれない。

 そう判断したゾルタンはぴたりと動きを止め、シーカに離れるよう諭そうとした。

 だがゾルタンが口を開くよりも、シーカが金属片を取り除く方が早かった。


「はい取れた! 取れたよゾルタン」

「あ、ああ。ありがとう、シーカ」

「えへー」


 ゾルタンからの感謝の言葉にご満悦な様子のシーカ。ぽいと金属片を投げ捨てると、何か楽しいのかゾルタンのてのひらをにぎにぎと握りはじめた。

 いまいちシーカの意図が読めず、手を引っ込めようとしたゾルタンだったが、シーカはよりいっそう手を強く握り放そうとしない。


「あまり触れないほうがいい」

「どうして?」

「だって、痛くはないか。ゴツゴツしているし、あちこちひび割れているし」

「ううん。大丈夫だよ」


 そう言ってシーカはゾルタンの手に、自分の頬を寄せ目をつぶってみせた。


「わたしね、ゾルタンの手好きだよ。ゴツゴツしててヒビ割れてて、でも暖かいから好き」

「…………」


 自分の手が好きだと言われて、ゾルタンは素直に喜べずにいる自分に気付いた。

 この手が。戦争の道具を扱うための兵器そのものと言えるこの手が、ゾルタンはずっと嫌いだったのだ。

 触れるもの全てを壊してしまいそうなこんな手では、大切な誰かに触れることなどできないと思っていた。


 ――いや、だが。


 手に触れた頬の柔らかな感触に確信を得る。

 例え戦争の兵器であろうとも、今はこの手が必要だ。

 奪うためでも取り戻すためでもなく。ただ、大切な人を守り通すために。


 ゾルタンはシーカの頬に触れたままその場へしゃがみ込むと、視線をシーカと同じくらいの高さにする。


「シーカ。これから先、旅をしていると様々な出来事に遭遇そうぐうするだろう」

「こわいことが起きるの?」

「ああ。きっと戦闘は避けられない。だがもしそうなったとしても、傷つくのも汚れるのも俺の手だけで十分だ」

「……」

「だからシーカ、お前の手を汚させはしない。全部俺が背負――」

「やだ!」

「えっ。えぇ……」


 即答だった。決意を固め、少し格好をつけたことを言ったのに、それを拒否されてしまうとは。

 しゃがみ込んでいなければよろめていたかもしれないほど、ゾルタンは内心ショックを受けていた。


「ゾルタンだけが傷つくのも汚れるのも、わたしやだ」

「いや、だけど」

「傷ついてほしくないの! 傷ついたら、ゾルタンいなくなっちゃう。だからね」


 シーカの手がゾルタンの顔に触れる。頬のない、金属の歯がき出しの顔を、シーカの白く細い手がすべる。


「もしゾルタンが困ってたら、わたしの手を貸してあげるね」

「……ああ」

「一人で全部しようとしちゃダメだよ」

「ああ」

「約束だよ?」

「ああ、約束だ」


 そのまましばらくの間見つめ合っていたが、なんだか気恥ずかしくなってきたゾルタンは、わざとらしい咳ばらいをして立ち上がった。


「――それじゃ、このガラクタの山から使えるものを探そう。手伝ってくれるか、シーカ」

「うん!」


 結局。

 半日かけたガラクタ漁りは大した成果は得られなかった。

 だがその代わり、何にも引き換えられない大切なものを得られた。

 きっと、何よりも大切なものを。


 二人の旅は続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る