ビヨンド・ザ・ホライゾン-あのソラへと続く道-

恋犬

本編

第1話 青空が見たい!

 かつて、地球全土を巻き込む戦争があった。


 国家、人種、宗教。原因がどれだったのか、それともそれ以外のものだったのか、今となっては分からない。そもそも、原因など途中からどうでもよくなったのかもしれない。

 ボタン一つでミサイルが雨のように降り注ぎ、大地さえ汚染するような化学兵器が平然と使用された。誰も彼もが銃を取り、憎悪と怒りをかてに敵を撃った。


 正義も、博愛はくあいも、祈りも、何も戦争を止める事はできなかった。都市という都市は破壊し尽くされ、動植物はそのほとんどが死滅した。

 過去からの遺志も未来への希望も、無残に打ち砕かれた。何も残らず、何も残せない。人類の歴史はもうその時点で終わっていた。

 最終的に、ダメ押しとばかりに放たれた核によって、世界が炎に包まれて。

 そうして、世界は滅びたのだ。



 それはさておき。



 そんな時代、そんな世界で。

 もはや動植物の一つも見当たらない、クズ鉄と瓦礫がれきばかりの廃墟を、一台のバイクが走っていた。


 軍用の大型四輪バイクテトライクだ。一抱ひとかかえもあるような大きなタイヤが前輪と後輪にそれぞれ二つずつ。水素電池パワーセルから叩き出される馬力でもって、ひび割れたコンクリートをものともせず走破そうはしている。ただひたすらに頑強がんきょうさだけを求めたボディは、若干じゃっかんサビが目立つもののその堅牢けんろうぶりに遜色そんしょくはない。


 そのバイクにまたがり運転しているのは、人間ではなかった。

 その身を人工物で形作られた人型機械ヒューマノイド、それも戦闘用だ。ロボット兵士、とでも形容すべきか。頭部は人のそれではなく、丸く赤い単眼が顔の中央にあり、コンクリートでもみ砕けそうな口で火のついてないタバコをくわえていた。


 奇妙なのはその格好だった。彼はロボットでありながら衣服を着ていた。

 上下は深緑色の軍服、足にはこれまた軍用の無骨ぶこつなブーツ。胴体には防弾ベストを着て、おまけに頭には軍用ヘルメットシュタールヘルムまで被っていた。どれもこれも、戦闘用のロボットである彼にはまるで必要のないものだというのにだ。


「ねぇゾルタン」


 バイクの後部座席、そこに座る同乗者が口を開く。

 同乗者は、十七歳ほどの人間の少女だった。


 風になびく髪は黒く長く、カラスの羽色ばいろとでも形容すべきつややかさ。肌は白く、だが死人のそれとは違いほんのりと赤みをびている。そしてロボット兵士と同じ軍服を身にまとい、ヘルメットのひもを結ばずゆらゆら揺らしている。あまりにも似合っていなくて、服に着せられているという印象が強い。

 この終末然しゅうまつぜんとした風景には、およそ似つかわしくない外見の少女だった。


 この数分ほど――この少女にしては黙っていたほう――大人しくしていたのだが、どうやらずっと空を見ていたらしい。そのことはゾルタンと呼ばれたロボット兵士も気づいていた。

 ゾルタンは振り返ることなく、後部座席の少女へ返事する。


「シーカ、ヘルメットはちゃんとしろ。――それで、なんだ」

「前にさ、ゾルタン言ってたよね。空は青いって」

「ああ、言ったな」

「雲が切れたら青空見れるって言ってたよね」

「ああ、言ったな」

「いつまで経っても青くなんないじゃん!」

「……あー」


 ゾルタンは頭上を見上げる。

 確かに空は灰色の雲に覆われ、青い空などまるで見えない。

 度重たびかさなる核兵器の使用で環境が激変し、さらには核爆発による灰や煙で空がおおわれてしまっているからだ。

 雲が晴れるのは、まだ数年はかかるだろう。


「別に見なくてもい――」

「ゾルタン、ウソついたんだ」

「ぐ」


 少女、シーカの食い気味の非難ひなんに思わずたじろくゾルタン。

 そう言われてしまっては反論できない。この少女を連れ出した時、ゾルタンは彼女に言ったのだ。いつか本当のソラを見せてやると。

 それがウソだったなどと言われるのは心外だが、あいにくまだ見せられる予定はない。

 ないのだが。


「見たいのか、青空」

「見ーたーいー!」

「むぅ」


 後部座席で体を左右に揺すって暴れるシーカの様子に、ゾルタンはアゴをさすりながら考える。

 少々荒っぽい方法にはなるが、見せる手段がないわけではない。

 現在時間、周辺の機影の有無、水素電池パワーセルの残存量を確認する。


 ――まぁ、一発程度なら大丈夫か。


 ゾルタンはそう判断すると、バイクを止める。


「シーカ、青空を見せてやる」

「ほんと?!」

「ほんと」

「ほんとにほんと?!」

「ほんとにほんと」

「じゃあ見たい!」

「了解」


 ゾルタンはバイクを降りると、そのままたったか小走りでバイクから距離を離し――。


「シーカ」

「なに?」


 ゾルタンは振り返ると、後ろをついてきていたシーカを呼び止める。


「ついてきちゃダメだ」

「ダメなの?」

「ダメだ。離れていろ」

「はーい」


 ゾルタンの言葉にしたがい、バイクの元へと戻っていくシーカ。

 それを見送りながら、ゾルタンは安堵あんどのため息をもらす。


 ――近くにいると、焦げるかもしれないからな。


 シーカから十分離れたことを確認すると、ゾルタンは軍服のそでをまくり上げる。

 現れるのはもちろん見るからに機械な腕だ。長年の戦いで傷だらけになった、戦士の腕。ゾルタンはその腕を空へ向かって掲げた。


「プラズマカノーネ

『プラズマカノーネ起動』


 ゾルタンの脳内に火器管制FCSの機械音声がひびく。火器管制FCSはゾルタンが何を望んでいるのかを的確に判断・処理し、掲げた右腕が変形を始める。見る間に腕はつつ状へと、つまりはほうの形へと変わる。


「目標なし。自動追尾ついび解除。手動にて射撃――あ、シーカ。閃光せんこう防御」

「りょーかい!」


 シーカがサングラスを取り出し掛けるのを確認すると、ゾルタンは再び射撃準備に入る。


『目標なし。自動追尾解除。手動にて射撃。――装填そうてん完了。撃てます』

発射フォイア


 瞬間、掲げた右腕から青い一条の光が天へと昇った。流れ星が逆さに落ちるように。大気を焦がし、目を焼くほどの光を放ちながら。

 青い閃光が消えた後。灰色の雲は吹き飛ばされ、丸い大穴が空いていた。そしてその大穴の向こうには――。


「あおーい!」

「……ああ、青いな」


 シーカが歓声をあげる。彼女はサングラスを放り投げ、それへと手を伸ばす。


 どこまでも果ての見えない、青くみ渡る空へと。


 大穴を空けたゾルタン自身、その青空に目を奪われていた。青い空を見るのは、何年ぶりだったか。ゾルタンの記憶にある空は、いつも気の滅入めいる色をしてばかりだった。


「シーカ、見えるか」

「うん、青い空!」

「覚えているか、シーカ。お前と初めて会ったとき、話したことを」

「覚えてるよ! 当たり前じゃん!」


 青い空を見上げながら、シーカはくるくると回ってみせる。

 勢いがつきすぎてヘルメットが頭から落ちるも、彼女は気にもとめない。

 シーカのご満悦まんえつな様子に、ゾルタンはリスクを冒した甲斐かいがあったと内心ガッツポーズを決めていた。


「俺達が目指すべき場所、ビヨンド――」

「びよーんとざほらいずんだね!」

「ビヨンド・ザ・ホライゾン」


 シーカの間違いを訂正ていせいし、ゾルタンは青く澄んだ空を指差す。


「あの遠い遠いソラへと続く道だ」

「その道を見つけたらさ、世界の果てへ行けるんだよね!」

「ああ、そうだとも。だから――」


 はしゃぎながら駆け寄ってくるシーカへ、ゾルタンは手を差し伸べる。砲へ変形させていた右手ではなく、左手を。右手はさすがにまだ熱を帯びているからだ。

 逆の手とはいえ、雲に大穴を空けるほどの武器を秘めた機械仕掛けの手。それをシーカはなんの躊躇ちゅうちょもなくにぎった。そうすることが当たり前だと言わんばかりに。


「だから俺達二人で旅をしよう、シーカ。世界の果てまで」

「うん! いこうゾルタン!」


 天真爛漫てんしんらんまんな笑顔を見せるシーカの手を、ゾルタンはそっと握り返す。

 傷つけないように、壊してしまわないように、そっと、優しく。


 世界はいろいろあって滅びた。

 ロボット兵士、ゾルタン。

 人類最後の少女、シーカ。

 滅び去った世界で、二人は旅をする。

 ビヨンド・ザ・ホライゾンを目指して。


 二人の旅は続く。

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