ビヨンド・ザ・ホライゾン-あのソラへと続く道-
恋犬
本編
第1話 青空が見たい!
かつて、地球全土を巻き込む戦争があった。
国家、人種、宗教。原因がどれだったのか、それともそれ以外のものだったのか、今となっては分からない。そもそも、原因など途中からどうでもよくなったのかもしれない。
ボタン一つでミサイルが雨のように降り注ぎ、大地さえ汚染するような化学兵器が平然と使用された。誰も彼もが銃を取り、憎悪と怒りを
正義も、
過去からの遺志も未来への希望も、無残に打ち砕かれた。何も残らず、何も残せない。人類の歴史はもうその時点で終わっていた。
最終的に、ダメ押しとばかりに放たれた核によって、世界が炎に包まれて。
そうして、世界は滅びたのだ。
それはさておき。
そんな時代、そんな世界で。
もはや動植物の一つも見当たらない、クズ鉄と
軍用の大型
そのバイクに
その身を人工物で形作られた
奇妙なのはその格好だった。彼はロボットでありながら衣服を着ていた。
上下は深緑色の軍服、足にはこれまた軍用の
「ねぇゾルタン」
バイクの後部座席、そこに座る同乗者が口を開く。
同乗者は、十七歳ほどの人間の少女だった。
風になびく髪は黒く長く、カラスの
この
この数分ほど――この少女にしては黙っていたほう――大人しくしていたのだが、どうやらずっと空を見ていたらしい。そのことはゾルタンと呼ばれたロボット兵士も気づいていた。
ゾルタンは振り返ることなく、後部座席の少女へ返事する。
「シーカ、ヘルメットはちゃんとしろ。――それで、なんだ」
「前にさ、ゾルタン言ってたよね。空は青いって」
「ああ、言ったな」
「雲が切れたら青空見れるって言ってたよね」
「ああ、言ったな」
「いつまで経っても青くなんないじゃん!」
「……あー」
ゾルタンは頭上を見上げる。
確かに空は灰色の雲に覆われ、青い空などまるで見えない。
雲が晴れるのは、まだ数年はかかるだろう。
「別に見なくてもい――」
「ゾルタン、ウソついたんだ」
「ぐ」
少女、シーカの食い気味の
そう言われてしまっては反論できない。この少女を連れ出した時、ゾルタンは彼女に言ったのだ。いつか本当のソラを見せてやると。
それがウソだったなどと言われるのは心外だが、あいにくまだ見せられる予定はない。
ないのだが。
「見たいのか、青空」
「見ーたーいー!」
「むぅ」
後部座席で体を左右に揺すって暴れるシーカの様子に、ゾルタンはアゴをさすりながら考える。
少々荒っぽい方法にはなるが、見せる手段がないわけではない。
現在時間、周辺の機影の有無、
――まぁ、一発程度なら大丈夫か。
ゾルタンはそう判断すると、バイクを止める。
「シーカ、青空を見せてやる」
「ほんと?!」
「ほんと」
「ほんとにほんと?!」
「ほんとにほんと」
「じゃあ見たい!」
「了解」
ゾルタンはバイクを降りると、そのままたったか小走りでバイクから距離を離し――。
「シーカ」
「なに?」
ゾルタンは振り返ると、後ろをついてきていたシーカを呼び止める。
「ついてきちゃダメだ」
「ダメなの?」
「ダメだ。離れていろ」
「はーい」
ゾルタンの言葉にしたがい、バイクの元へと戻っていくシーカ。
それを見送りながら、ゾルタンは
――近くにいると、焦げるかもしれないからな。
シーカから十分離れたことを確認すると、ゾルタンは軍服の
現れるのはもちろん見るからに機械な腕だ。長年の戦いで傷だらけになった、戦士の腕。ゾルタンはその腕を空へ向かって掲げた。
「プラズマ
『プラズマ
ゾルタンの脳内に
「目標なし。自動
「りょーかい!」
シーカがサングラスを取り出し掛けるのを確認すると、ゾルタンは再び射撃準備に入る。
『目標なし。自動追尾解除。手動にて射撃。――
「
瞬間、掲げた右腕から青い一条の光が天へと昇った。流れ星が逆さに落ちるように。大気を焦がし、目を焼くほどの光を放ちながら。
青い閃光が消えた後。灰色の雲は吹き飛ばされ、丸い大穴が空いていた。そしてその大穴の向こうには――。
「あおーい!」
「……ああ、青いな」
シーカが歓声をあげる。彼女はサングラスを放り投げ、それへと手を伸ばす。
どこまでも果ての見えない、青く
大穴を空けたゾルタン自身、その青空に目を奪われていた。青い空を見るのは、何年ぶりだったか。ゾルタンの記憶にある空は、いつも気の
「シーカ、見えるか」
「うん、青い空!」
「覚えているか、シーカ。お前と初めて会ったとき、話したことを」
「覚えてるよ! 当たり前じゃん!」
青い空を見上げながら、シーカはくるくると回ってみせる。
勢いがつきすぎてヘルメットが頭から落ちるも、彼女は気にもとめない。
シーカのご
「俺達が目指すべき場所、ビヨンド――」
「びよーんとざほらいずんだね!」
「ビヨンド・ザ・ホライゾン」
シーカの間違いを
「あの遠い遠いソラへと続く道だ」
「その道を見つけたらさ、世界の果てへ行けるんだよね!」
「ああ、そうだとも。だから――」
はしゃぎながら駆け寄ってくるシーカへ、ゾルタンは手を差し伸べる。砲へ変形させていた右手ではなく、左手を。右手はさすがにまだ熱を帯びているからだ。
逆の手とはいえ、雲に大穴を空けるほどの武器を秘めた機械仕掛けの手。それをシーカはなんの
「だから俺達二人で旅をしよう、シーカ。世界の果てまで」
「うん! いこうゾルタン!」
傷つけないように、壊してしまわないように、そっと、優しく。
世界はいろいろあって滅びた。
ロボット兵士、ゾルタン。
人類最後の少女、シーカ。
滅び去った世界で、二人は旅をする。
ビヨンド・ザ・ホライゾンを目指して。
二人の旅は続く。
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