第2話 バイクがいちばん!

「ゾルタン、ゾルタンってば! 止まってよ、もう!!」


 旅の途中、シーカが唐突とうとつに怒り出した。

 なにごとかと思いながらも、ゾルタンは言われた通り四輪バイクテトライクを止めて振り返った。


「どうした、シーカ」

「どっすんどっすんれておしりがいたいの!」

「あー……」


 シーカの抗議の声に、そういうことかとゾルタンは納得する。ゾルタン自身は多少の振動などなんともないが、シーカの体にはこたえるのだろう。四輪バイクテトライク走破性そうはせいがいいものだから、荒地あれちだろうがなんだろうが構わず走っていた。


「悪い」

「それにスピードも出しすぎ! 揺れるし速いしで怖かったんだけど!」

「たかだか150キロ程度でそんな――あいや、悪い」

「むー!」


 そうゾルタンが言い訳しようとしたところで、シーカの怒りの拳がぽかぽかと軍用ヘルメットシュタールヘルムに降り注いだ。どうにもご立腹りっぷくの様子だ、よほど怖かったらしい。戦時中はこれ以上の速度を出すこともあったので、スピード感覚がおかしいのかもしれないと自己分析する。


 ――スピードを落とすか。130キロくらいに。


 そんなゾルタンの心を読んだかのように、シーカが大声をあげる。


「ゾルタン、あんぜんだいいち!」

「りょ、了解」


 100キロくらいにしよう。


「ゾルタンって速いの大好きなの?」

「スピード狂ではない」

「でもゾルタン、バイク乗ってるとき楽しそうだよ」

「俺が?」


 シーカに言われて、ゾルタンはアゴに手をやり考える。

 言われてみれば、たしかにそうなのかもしれない。バイクはいい。風を感じられる、いや風になったような気さえする。どこまでも駆け抜けられるような、そんな気分にさせられる。


 戦うためではなく、ただ走ることそれ自体を目的としてバイクを運転する。それはたしかに、楽しいと感じるものだった。


「そうかもしれん」


 そうゾルタンが答えた瞬間、シーカの表情がふてくされたものに変わった。


「……ゾルタン、わたしよりバイクの方が好きなんでしょ」

「待て、違う」

「ちがうの?」

「好きではない。シーカよりは好きではない」

「ほんと?」

「ほんとだ。シーカは、俺の大事な、大事な人だ。バイクとは比較にならない」

「ふーん、そうなんだ。よかったー」


 シーカの顔にいつもの笑顔が戻ったのを見て、ゾルタンは安堵あんどする。そんなゾルタンをよそに、シーカはご満悦な様子で後部座席のシートをぺちぺちと叩いている。バイクよりも自分が上だということがよほど嬉しいらしい。


「それじゃあさ、このバイクはゾルタンにとってなんなの?」

「む」


 シーカの何気ない質問に、ゾルタンは言葉をまらせた。

 このバイクと自分との関係など、考えた事もなかった。それは、一言で言い表すなら――。


「俺にとってこいつは……相棒、そう相棒だ、このブリュンヒルデは」


 そう言ってから、ゾルタンの脳裏のうりにふとある疑問が浮かび、アゴを手でさすり考え込む。


「……いや、ブレンヒルトだったかな」

「相棒なのに名前覚えてないんだ……」

「も、元は俺のものではないし……」


 シーカのジト目から逃げるように視線を逸らすと、ゾルタンは再びバイクを走らせる。

 ゾルタンは名前を覚えるのが苦手だった。先日撃ったプラズマ砲も、正式名称があったはずだが覚えてない。名前に意味を見い出せないとか、価値がないとか思っているわけではない。元よりそういう性格なのだ。


 対するシーカはというと、ときおり間違えはするが物覚えはいい。

 ただし。


「それじゃあさ、この子の名前は今度からブリュルーにしよ!」

「却下だ」

「えー!」

「絶対に却下だ」

「ちぇー」


 長い名前に対してみょうちくりんな略称をつけるクセがあった。ビヨンド・ザ・ホライゾンのことも、最初のうちはビヨーンだのンドゾンだのひどい略称をつけて呼んでいた。ゾルタン自身の名前も、シーカの『長い!』の一言で略されて今の愛称になったのだ。


 ――まぁ、気に入ってはいるんだがな、Sol.Tann.この名前


 それはそれとして。

 四輪バイクテトライクブリュンヒルデは本来、重装甲強襲ジークフリート型の専用特殊装甲車輌しゃりょうであって、ゾルタン用のものではない。戦後、乗り捨てられてちるのを待つ状態だったところを見つけ、ゾルタンがレストアして使えるようにしたのだ。

 とは言っても、汎用量産型ゾルタンではこの車輌の性能を100%発揮することは難しいし、レストアの時に取り外した機能も多い。


 かつては軍馬として戦場を駆けたマシンは、今や見る影もない老馬ろうばと化してしまっている。それでもなおその鋼鉄のボディに秘めた性能は、ゾルタンを魅了みりょうするに足るものがあった。

 それに目指すビヨンド・ザ・ホライゾンまでの旅の行程こうていは、ブリュンヒルデがあるとないでは大違いだ。徒歩ではいつたどり着くかわかったものではない。手を繋いで歩くのは魅力的だが。


「名前はともかくとして。本当なら自動車の方がいいんだがな」


 そうすれば寝床にも困らなかったろうに、とゾルタンは思う。

 毎夜毎夜、不満そうに寝袋にくるまってのたうつシーカを見るたび、もっとマシな寝床ねどこを用意してやれないものかと考えずにはいられない。

 屋根のある移動可能な寝床、今のこの世界では贅沢ぜいたく代物しろものだ。


「自動車って、席が隣にあるやつでしょ」

「そうだ。運転席と助手席が横並びになってる」

「後ろにもあるけど、座席で分けられてるやつでしょ」

「そうだ。後部座席は寝床に使って、シーカは助手席に――」

「ゾルタンの隣に座るのやだ!」

「そう、えっ」


 突然の心無い一言に、ゾルタンはハンドル操作を誤り、急ブレーキをかけた。突然の急制動に慌ててゾルタンにしがみつくシーカ。危うく運転ミスで横転するところだったが、ゾルタンはそれどころではなかった。


 ――やだ? やなのか? 後ろに座るのはよくて、隣に座るのはダメなのか?


 頭をトンカチで殴りつけられたような衝撃に、ゾルタンは思わずよろめく。いや、物理的なものであれば何度か経験済みなのだが。精神的な衝撃だ。


 ゾルタンなりに良好な関係を築いてきたはずだし、そう心がけてきた。なのに、なのに、隣に座ることを拒否されるなんて。これは真剣に話し合いをするべき案件ではないか。自分とシーカの間に致命的なミゾがあるなら、それは絶対に解消しなくてはなるまい。


 内心へっぴり腰になりながら、ゾルタンは平静を装って背後のシーカに呼びかけた。


「シーカ。……シーカ?」


 ゾルタンが呼びかけても、シーカは背中にしがみついたままだ。急ブレーキに驚いたのか、それとも怖かったのか。狼狽うろたえるゾルタンだったが、そうではないことに気づく。シーカはまるで小動物がじゃれつくように、頭をゾルタンの背中にすりよせ抱きついてきていたのだ。


「ゾルタンの背中にくっつけるから、バイクがいい!」

「……ああ」


 そういうことかとゾルタンは安堵のため息をもらす。誤解から危うくショックで寝込みそうになるところだった。

 背中に感じるシーカの温かさを心地よく思う。手を取り合って歩くのもいい。車で隣に座るのも悪くない。だがバイクだからこそ、こうして彼女を一番近くに感じられる。


「でも、ヘルメットはちゃんとつけろ」

「はーい!」


 返事はいいが、果たしてちゃんとしてるのやら。苦笑しつつ、ゾルタンは再びバイクを走らせる。今度は、安全運転で。

 

 二人の旅は続く。

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