第3話 ミサイルこわい!

「まいったな」

「まいったねー」


 ゾルタンとシーカは、瓦礫がれきに身をひそめながら二人してため息をついた。

 ひょっこりと瓦礫から頭だけを出し、その向こうにいるそれを改めて確認する。


「カニだよね、あれ」

「カニだな」

「カンヅメに描いてあるやつだよね」

「あるやつだな」

「ねぇ、食べ――」

「られない」

「ちぇー」


 そう、カニだ。ゾルタン達の眼前1キロ先に、巨大なカニがたたずんでいた。

 もちろん、本物のカニではない。全高10メートルの鋼鉄のカニなどありえない。拠点きょてん防衛用の戦闘ロボットだ。四対のあしと、左右で大きさの異なるアームのついた横長の平たいボディ。カニと形容するほかあるまい。

 シーカは食べれるかと言ったが、そのボディをいろどる都市迷彩とサビは、とても食欲をそそるものではない。


 普段ならこんな戦闘ロボットは無視して素通すどおりする二人だが、今回はそうもいかなかった。なぜなら今そのカニ型ロボットが陣取じんどっている場所、そこが問題だった。


「あんなところにいたら通れないじゃん!」

「ああ」


 元は大都市だったのだろうビル群の中心、それを分断するように地割じわれが走っている。大地の亀裂きれつは深く広いうえ、地平線の向こうまで続いている。恐らく、戦時中の大量破壊兵器によって引き起こされた地割れだろう。その地割れのこちらと向こうを繋ぐ鉄橋の上に、カニ型ロボットはいるのだ。


 その地割れを越えるためには、どうしてもあの鉄橋を渡らなくてはならない。周辺のビルを倒壊とうかいさせて橋替わりにするという案も一度は考えたが、ビルの長さが圧倒的に足りない。この地割れを避けて通るとなると、大きく迂回うかいすることになる。


「生きてるんだよね、あれ」

「ああ、熱源がある。機能停止していない」

 

 ゾルタンも最初に発見したとき、鉄橋の上で微動びどうだにしないそれを見てただのスクラップだと思った。だがすぐにその平たいボディの中心に熱源があることに気づき、こうしてガレキの影に隠れたのだ。


 ――いや、スクラップというのは半分正解か。


 ゾルタンはあのカニ型ロボットと戦時中にも戦った経験があった。あれは元々中距離迎撃げいげき型で、ミサイルによる対地、対空戦が主な運用法だった。名前は忘れたが。

 それがこんな距離まで近づいて反応がないということは、センサーかプログラムが壊れているのだろう。万全の状態なら視界に入るその前に、背面装甲内に搭載とうさいされた地対地ちたいちミサイルで吹き飛ばされているはずだ。


 いやそもそも、ミサイルだって残弾があるのか怪しいとゾルタンは踏んでいた。ゾルタン達の周辺のガレキと鉄クズは、ミサイルの着弾によるものだろう。この付近にやってきた戦闘ロボットを片っ端からミサイルの標的にしていたようだ。そして周囲に補給施設や支援しえんロボの姿も見えない。

 そこから考えて、あの機体には残弾は残っていない可能性が高い。


「どうするの?」

「無力化する」


 あの巨体をなんとかして鉄橋の上からどかしたい。真正面から戦うのは論外だ。鉄橋の上で撃破すれば機体の爆発で鉄橋が落ちかねない。

 それに手持ちの人間用の武器では、あの重装甲にダメージを与えるのは難しい。腕のプラズマカノーネならあの装甲を貫通かんつうできるだろうが、今度は威力がありすぎる。カニ型ロボットを貫いて、鉄橋そのものを破壊しかねない。


 周囲は倒壊しかけたビルばかりで、利用できそうなものは――。


 ――そうだ、あの手でいこう。


「シーカ、四輪バイクブリュンヒルデに乗って離れていろ」

「りょーかい!」


 シーカが元気よく返事して後部座席に搭乗とうじょうしたのを確認すると、ゾルタンは四輪バイクブリュンヒルデのオートモードを遠隔えんかく起動させる。運転手不在のバイクがゆるやかに加速し離れていく。

 後部座席から手を振るシーカに手を振り返し見送ったあと、ゾルタンは瓦礫から身を乗り出した。その場で片膝かたひざ立ちになると、立てた右足のズボンすそを膝までまくり上げる。


「多目的ミサイル」

『多目的ミサイル起動』


 ゾルタンの命令に従い火器管制FCSが動き出す。ゾルタンの右ヒザが割れ、右脛部みぎすね内蔵ないぞうされた多目的ミサイルがその先端をのぞかせる。

 

「目標、前方のカニもどき。自動追尾ついび開始」

『目標、前方のカニもどき。自動追尾――サテライトリンクへ接続できません。レーザー誘導を推奨すいしょう

「レーザー誘導に切り替え」


 ゾルタンの赤いカメラ型の単眼が光り、前方のカニ型ロボットにレーザーを照射しょうしゃする。

 それを感知したのだろう。とたんにカニ型ロボットが動き出した。ミサイルを撃つことなく八本足をせわしなく動かしこちらへ迫ってくる。

 予想していた通りの動きにゾルタンはほくそ笑む。やはりミサイルの残弾はなし、脅威きょういは前方にすえ付けられた機銃だけ――。


 そう思っていた矢先やさき、カニ型ロボットは背面装甲をねるミサイルハッチをスライドさせた。


 ――ミサイルが残っているのか!


 ゾルタンは身構える。いつでも発射準備をやめ、ミサイルの迎撃行動に移れるように。どこに、何発来る。

 一秒、二秒……。

 身構えて五秒ほど経った。だがミサイルはいつまでたっても発射されなかった。思い出したように背面装甲を閉じると、カニ型ロボットは再び迫ってくる。


「驚かせるな!」


 聞こえるはずもないとは分かっていても、ゾルタンは思わず声に出して怒鳴っていた。自機の残弾数すら把握はあくできていないのか。


『多目的ミサイル発射可能』

「発射待機」


 カニ型ロボットが鉄橋から離れビル群の中へと入ったところで、ゾルタンはレーザー照準をずらした。


「目標変更。目標はレーザー照準にて指示」

『目標リセット。レーザー誘導で目標設定』

発射フォイア


 ゾルタンの右ヒザから、多目的ミサイルが噴煙ふんえんと共に発射された。熱源を感知して機銃で迎撃を開始するカニ型ロボット。だが照準がずれているのか、銃弾はミサイルにかすめもしない。

 そしてミサイルは、ゾルタンの狙い通りの場所へ命中した。


 カニ型ロボット――ではなく、その隣の倒壊しかけたビルに。


 一階部分が吹き飛び、ビルがカニ型ロボットの方へと傾く。カニ型ロボットが逃げるよりもはやく、ビルはその上に倒壊した。いかに大型で重装甲といえど、大質量のコンクリートにのしかかられたらただでは済まない。機体を支える四対の脚は過剰かじょうな重量に耐え切れずに折れ、カニ型ロボットはガレキの下敷したじきになった。

 

 い出ようともがいているが、あの脚ではどのみち追いかけてくることは不可能だろう。わざわざ破壊しなくてもいい。無力化さえできれば十分なのだ。


 ゾルタンが四輪バイクブリュンヒルデを呼び戻すと、送り出した時と同じようにシーカが嬉しそうに手を振っていた。


「おかえりゾルタン!」

「ああ、ただいまシーカ」


 この場合おかえりを言うのは自分の方ではとゾルタンは思ったが、満面の笑みでおかえりと言うシーカを見てその疑問を思考の外に蹴っ飛ばした。シーカが嬉しそうならそれでいい。


 それからカニ型ロボットを避けて迂回し、鉄橋へと向かった。あの巨体が乗っていても平気だっただけあり、この鉄橋は崩れる心配はなさそうだ。

 そうゾルタンが思っていた時だった。


「わっ」

「……」


 背後で大きな爆発音がとどろき、シーカが身をすくませる。


 振り返ってみると、カニ型ロボットを押し潰していたビルがあったところで爆炎が上がっていた。どうやらカニ型ロボットが爆発したらしい。

 動力部が爆発するほどのダメージは与えていなかったはずだ。周辺のビルにも爆発物は感知できなかった。


 そうなると、考えられる理由は一つ。


「……ミサイル、残ってたのか」

「のこってたんだねー」

「危うく吹っ飛ばされるところだった」

「ミサイルこわい! わたしミサイルきらい!」


 本当に怖い。ゾルタンは心底同意しながら、四輪バイクブリュンヒルデを走らせ鉄橋を渡る。

 左脚にまだ多目的ミサイルが内蔵してあることは、シーカには内緒にしておこうと思いながら。


 二人の旅は続く。

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