第4話 それっておいしいの?
『ゾルタン、まだー?』
「もう少しだ。待っていろ」
『待ってるのつまんなーい』
「もう少しだ。待っていろ」
通信機の向こうでぶーたれているシーカをなだめつつ、ゾルタンはアサルトライフル片手に廃墟の中を進んでいく。
二人は今、廃棄された軍事拠点にやってきていた。手持ちの食料が減ってきたので、カンヅメや保存食を確保するためにだ。
周辺の熱源反応は基地の動力部
本人は不満爆発のようだが安全のためだ、仕方がない。
それに。ゾルタンは周囲に積み重なっているそれらを見る。
――シーカにこの光景は見せられないな。
人間の白骨死体だ。一部まだ“原形”があるうえ、軍服を着ていないところを見るに、戦時中の死体ではない。戦後、生き残ってこの基地で息を潜めていた生存者たちだろう。腐り果て醜く歪んだ死に顔は、シーカにはショッキングすぎる。
気になるのは、全員が武器を持ったまま急所を撃たれて絶命していることだ。まるで、何かを迎え撃とうとして返り討ちにあったかのような――。
そこまで考えて、ゾルタンはアゴをさすっていた手を止め再び歩き出す。早く済ませてシーカの元へ戻ろう。
死体をまたぎ、
中には人間用の保存食にカンヅメがいくつか。それなりの貯蔵量だ。全て持っていきたいところだが、
「……あった」
その中に、ゾルタンが求めていたものがあった。人間用のものに比べて
――俺達用の分は、これ一本か……。
元より望み
『ゾールターン!』
「――ああ、すぐ戻る」
シーカのじれったそうな声が通信機から響く。ゾルタンはその空薬莢をポケットに入れると、小走りでシーカの元へと戻った。
合流したあと、二人は屋根のある場所で野宿の準備を始めた。もう夜が迫っていたからだ。
大都市の光も夜空の星も見えない今の世界では、夜はまさに暗黒の支配する時間だ。
その
「シーカ、できたぞ。コーンスープだ」
「わーい!」
シーカが両手をあげて喜ぶ。できたてのスープを金属カップに注いで手渡すと、シーカはそのままスープをあおった。急いで飲むとヤケドをするぞとゾルタンが忠告するよりも先に、シーカはすべて飲み干してしまった。
「おかわり!」
「ああ、まだある。もっと飲め」
「ゾルタンの作るコーンスープね、わたし大好き! 飲むと体がぽかぽかしてすごい元気になるんだー」
「ああ、そうか」
顔をほころばせるシーカに、ゾルタンは再びカップいっぱいまでスープを注いで手渡す。ゾルタンが
2杯目を今度はちびちびと飲むシーカを見ながら、ゾルタンはカンヅメをナイフでがりがりと開けていく。中に入っているのは合成肉だ。本物ではないとはいえ、この時代では貴重な代物だ。それを食べやすいサイズに切り分け、クシ代わりの金属棒を刺して火であぶる。
肉が焼きあがるまでのあいだに、ゾルタンはさきほど手に入れたエナジーバーを取り出す。包装をはがすと、砂岩かと思うような薄茶色の長方形のかたまりが現れる。
いつ見ても素っ気無い見た目だとゾルタンは思う。まぁエネルギー補給さえできれば見てくれなどどうでもいいことなのだが。
それにかぶりつこうとしたところで、シーカのスプーンを持つ手が止まっていることに気づいた。
「……シーカ?」
彼女の視線はゾルタンの持つエナジーバーに注がれていた。なかなか、かなり熱烈な視線を。
「ゾルタンのそれっておいしいの?」
「これか」
ゾルタンに味覚は存在しない。なのでゾルタン自身、このエナジーバーがどんな味なのかをまるで知らない。内容物から考えて食べられなくはないだろうが、およそ人間の味覚には適していないもののはずだ。
「……食べた――」
「食べたい!」
「む」
ゾルタンは一瞬考えた。ようやく見つけた1本。それをシーカにあげてよいものかどうか。アゴに手をやるよりも先に答えは出た。
「一口だけだ」
「やったー! いただきまー……あ、う? あーんーーーー」
差し出したエナジーバーは、シーカの口には大きかったようだ。悪戦苦闘しながらなんとかかぶりつくも、今度は
シーカはしばらく口の中をもごもごさせていたが、不意にぴたりと動きを止めた。よく見るとふるふる震えている気がする。
「シーカ?」
「………………おいしくない」
「ああ……」
今にも泣き出しそうな顔で言っているところを見るに、相当なマズさなのだろう。
「食べれないなら吐いてしまって――」
「食べる。ゾルタンいつも言ってるじゃん。食べ物は大事にしろって」
たしかにいつも言っている。その言いつけを守ろうと悪戦苦闘しているシーカに、なんともいえない感動を覚えてしまった。我ながら親バカっぽいなとゾルタン自身思う。
「こんなおいしくないの、ゾルタンなんで食べるの?」
「エネルギー
ゾルタン達の機種は、食べることである程度のエネルギーをまかなえる。
戦前のロボットの中には、人間と同じ食事を取りエネルギーに変換して活動する機種もいた。戦時中の戦闘ロボットは様々なエネルギーを利用したが、後期になるともっぱら
ゾルタンはその
その後
「おなかいっぱいになったら眠くなってきちゃった」
「もう今日は眠るといい」
「うん、そうする」
シーカは眠たげな様子でもぞもぞと寝袋の中へと潜り込み、ひょっこりと顔だけを寝袋から覗かせる。
「おやすみゾルタン」
「おやすみシーカ」
「……すぅ」
「…………」
おやすみの挨拶のあと、すぐに規則正しい寝息が聞こえ始めた。ゾルタンはそっと、シーカの乱れた前髪を指で直す。それでシーカが本格的に眠りについたことを確認する。こうなるとシーカは八時間は起きない。
ポケットから食料貯蔵庫で拾った空薬莢を取り出す。焚き火に照らされたそれは、よく見知ったものだった。
――間違いない。これは俺達専用の拳銃のものだ。
ゾルタン達用に特別に用意され、右
何故こんなものがここにある。正確無比な射撃で殺された生存者達。食料貯蔵庫の手付かずの食料。残されたエナジーバーと空薬莢。
「……まさか、俺以外に生き残りがいるのか」
その問いに答える者はなく、ただ焚き火の音だけが響いていた。
二人の旅は続く。
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