第4話 それっておいしいの?

『ゾルタン、まだー?』

「もう少しだ。待っていろ」

『待ってるのつまんなーい』

「もう少しだ。待っていろ」


 通信機の向こうでぶーたれているシーカをなだめつつ、ゾルタンはアサルトライフル片手に廃墟の中を進んでいく。

 二人は今、廃棄された軍事拠点にやってきていた。手持ちの食料が減ってきたので、カンヅメや保存食を確保するためにだ。


 周辺の熱源反応は基地の動力部一箇所いっかしょだけ。稼働かどうしている戦闘ロボットの姿はない。ないのだが、念の為シーカには基地の外で隠れてもらい、基地内にはゾルタン一人で潜り込んでいた。

 本人は不満爆発のようだが安全のためだ、仕方がない。


 それに。ゾルタンは周囲に積み重なっているそれらを見る。


 ――シーカにこの光景は見せられないな。


 人間の白骨死体だ。一部まだ“原形”があるうえ、軍服を着ていないところを見るに、戦時中の死体ではない。戦後、生き残ってこの基地で息を潜めていた生存者たちだろう。腐り果て醜く歪んだ死に顔は、シーカにはショッキングすぎる。


 気になるのは、全員が武器を持ったまま急所を撃たれて絶命していることだ。まるで、何かを迎え撃とうとして返り討ちにあったかのような――。

 そこまで考えて、ゾルタンはアゴをさすっていた手を止め再び歩き出す。早く済ませてシーカの元へ戻ろう。


 死体をまたぎ、瓦礫がれきを押しのけ、ゾルタンは目的の場所へとたどり着いた。この基地の食料貯蔵庫ちょぞうこだ。扉を開けると、ひやりとした冷気がゾルタンを出迎える。基地の電源が生きていることは確認済み。それなら食料貯蔵庫も稼働かどうしているだろうと踏んでいたが、どうやら予想は的中したようだ。


 中には人間用の保存食にカンヅメがいくつか。それなりの貯蔵量だ。全て持っていきたいところだが、四輪バイクブリュンヒルデ積載量せきさいりょうにも限界がある。保存期間が長く、スペースをとらないものを重点的にピックアップして漁っていく。


「……あった」


 その中に、ゾルタンが求めていたものがあった。人間用のものに比べて質素しっそ包装ほうそうのかたまり。ゾルタン達用のエナジーバーだ。


 ――俺達用の分は、これ一本か……。


 元より望みうすだったから、一本だけでも見つかってよかったと思うべきか。それを手に取ろうとして、ゾルタンはそこにあるはずのないものを発見する。

 空薬莢からやっきょうだ。それも普通のものではない。これは――。


『ゾールターン!』

「――ああ、すぐ戻る」


 シーカのじれったそうな声が通信機から響く。ゾルタンはその空薬莢をポケットに入れると、小走りでシーカの元へと戻った。


 合流したあと、二人は屋根のある場所で野宿の準備を始めた。もう夜が迫っていたからだ。

 大都市の光も夜空の星も見えない今の世界では、夜はまさに暗黒の支配する時間だ。暗視機能ナイトビジョンのあるゾルタンはともかく、シーカは一歩も歩けはしないだろう。基地にあった固形燃料を使っていた火だけが唯一の光だ。

 そのき火を使って、ゾルタンはあるものを作っていた。


「シーカ、できたぞ。コーンスープだ」

「わーい!」


 シーカが両手をあげて喜ぶ。できたてのスープを金属カップに注いで手渡すと、シーカはそのままスープをあおった。急いで飲むとヤケドをするぞとゾルタンが忠告するよりも先に、シーカはすべて飲み干してしまった。


「おかわり!」

「ああ、まだある。もっと飲め」

「ゾルタンの作るコーンスープね、わたし大好き! 飲むと体がぽかぽかしてすごい元気になるんだー」

「ああ、そうか」


 顔をほころばせるシーカに、ゾルタンは再びカップいっぱいまでスープを注いで手渡す。ゾルタンが秘伝ひでんの隠し味を加えたこの特製コーンスープは、シーカの大好物だ。


 2杯目を今度はちびちびと飲むシーカを見ながら、ゾルタンはカンヅメをナイフでがりがりと開けていく。中に入っているのは合成肉だ。本物ではないとはいえ、この時代では貴重な代物だ。それを食べやすいサイズに切り分け、クシ代わりの金属棒を刺して火であぶる。


 肉が焼きあがるまでのあいだに、ゾルタンはさきほど手に入れたエナジーバーを取り出す。包装をはがすと、砂岩かと思うような薄茶色の長方形のかたまりが現れる。

 いつ見ても素っ気無い見た目だとゾルタンは思う。まぁエネルギー補給さえできれば見てくれなどどうでもいいことなのだが。


 それにかぶりつこうとしたところで、シーカのスプーンを持つ手が止まっていることに気づいた。


「……シーカ?」


 彼女の視線はゾルタンの持つエナジーバーに注がれていた。なかなか、かなり熱烈な視線を。


「ゾルタンのそれっておいしいの?」

「これか」


 ゾルタンに味覚は存在しない。なのでゾルタン自身、このエナジーバーがどんな味なのかをまるで知らない。内容物から考えて食べられなくはないだろうが、およそ人間の味覚には適していないもののはずだ。


「……食べた――」

「食べたい!」

「む」


 たずねるより先に返答がきた。

 ゾルタンは一瞬考えた。ようやく見つけた1本。それをシーカにあげてよいものかどうか。アゴに手をやるよりも先に答えは出た。


「一口だけだ」

「やったー! いただきまー……あ、う? あーんーーーー」


 差し出したエナジーバーは、シーカの口には大きかったようだ。悪戦苦闘しながらなんとかかぶりつくも、今度はみきれずくわえこんだまま上下に頭をぶんぶんさせている。見かねてゾルタンも腕を上下させ、ようやくエナジーバーはぽきりと折れた。

 シーカはしばらく口の中をもごもごさせていたが、不意にぴたりと動きを止めた。よく見るとふるふる震えている気がする。


「シーカ?」

「………………おいしくない」

「ああ……」


 今にも泣き出しそうな顔で言っているところを見るに、相当なマズさなのだろう。


「食べれないなら吐いてしまって――」

「食べる。ゾルタンいつも言ってるじゃん。食べ物は大事にしろって」


 たしかにいつも言っている。その言いつけを守ろうと悪戦苦闘しているシーカに、なんともいえない感動を覚えてしまった。我ながら親バカっぽいなとゾルタン自身思う。


「こんなおいしくないの、ゾルタンなんで食べるの?」

「エネルギー節約せつやくのためだ」


 ゾルタン達の機種は、食べることである程度のエネルギーをまかなえる。

 戦前のロボットの中には、人間と同じ食事を取りエネルギーに変換して活動する機種もいた。戦時中の戦闘ロボットは様々なエネルギーを利用したが、後期になるともっぱら水素電池パワーセルが主流になっていった。


 ゾルタンはその過渡期かときに製造された機種だ。水素電池パワーセルを動力源としながらも、食事によるエネルギー補給も可能としていた。さきほど手に入れたエナジーバーも、ゾルタン達用に作られた特別な代物しろものだ。


 その後和気わきあいあいとした食事を終えたところで、シーカが背伸びをしながら大きなあくびをかいた。それを見てゾルタンは時間を確認する。そろそろ眠る時間か。


「おなかいっぱいになったら眠くなってきちゃった」

「もう今日は眠るといい」

「うん、そうする」

 

 シーカは眠たげな様子でもぞもぞと寝袋の中へと潜り込み、ひょっこりと顔だけを寝袋から覗かせる。


「おやすみゾルタン」

「おやすみシーカ」

「……すぅ」

「…………」


 おやすみの挨拶のあと、すぐに規則正しい寝息が聞こえ始めた。ゾルタンはそっと、シーカの乱れた前髪を指で直す。それでシーカが本格的に眠りについたことを確認する。こうなるとシーカは八時間は起きない。


 ポケットから食料貯蔵庫で拾った空薬莢を取り出す。焚き火に照らされたそれは、よく見知ったものだった。


 ――間違いない。これは俺達専用の拳銃のものだ。


 ゾルタン達用に特別に用意され、右大腿部ふとももに格納されている専用拳銃。全ての部品が特注品の特殊な拳銃だ。もちろん、弾丸でさえも。

 何故こんなものがここにある。正確無比な射撃で殺された生存者達。食料貯蔵庫の手付かずの食料。残されたエナジーバーと空薬莢。


「……まさか、俺以外に生き残りがいるのか」


 その問いに答える者はなく、ただ焚き火の音だけが響いていた。


 二人の旅は続く。

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