第39話 ゾルタンとシーカ

 トゥルースの胸部から、砕けた破片とアクセサリーが血しぶきのように飛び散った。弾丸はトゥルースの胸部を貫通し、ジェネレーターを完全に破壊していた。金属の体が宙を舞い、床に倒れ伏した。

 勝った、と思うよりも疑念が先に浮かんだ。


「……何故、避けなかった」

『野暮なこと、言うンじゃあねェよ、兄弟』


 大の字に倒れたまま微動だにしないトゥルース。もはや音声での会話もままならないのか、ノイズ交じりの声が頭に響く。


 全ては賭けだった。

 荷物の中に隠していたトリスタンの専用拳銃を左大腿部ふとももへと仕込んだのは、トゥルースに裏切られた直後だった。ドローンなどで情報は筒抜け、唯一トゥルースが存在を知らないこの専用拳銃だけが、ゾルタンにとっての最大の切り札だった。


 あとはトゥルースがどれだけの隠し玉を持っているのか、そしてそれを使い切らせることができるのか、それに掛かっていたいた。不用意に使おうとすれば阻止される。それを回避し、必殺のタイミングで撃たなくてはならなかった。


 発砲の瞬間、トゥルースは抵抗する様子を見せなかった。撃たれることを望んでいたかのようでさえあった。ゾルタンと違い五体満足な状態だったトゥルースなら、避け切れずとも狙いを急所から外すくらいはできたはずなのにだ。


『おめェに撃たれて終わるなら、それでいいかと思った。そンだけだよ』

「……」

『悪くねェな、こういう終わりも。あァ、悪くねェ』


 ふと手元に、あるものが落ちていることに気付く。トゥルースから外れたアクセサリーの一つ。最初にトゥルースと出会った時から、他のアクセサリーとは毛色が違っていて、目についていたもの。わずかにえぐれ、歪んではいたがそこに刻まれた名は見てとれた。


 ――Zolゾル……――。


 それを見て、ようやく合点がいった。


『――はァ、ゾルタン?』

『……いいやァ、いい名前だと思うぜ』

『オレか? オレは……どうしようかねェ』


 名前を名乗った時のトゥルースの様子、そして何故真実トゥルースなどと名乗ったのか。てっきり格好をつけているのか、敵対してからは当てつけか何かのつもりだったのかと思っていたが、そんな大した理由でもない。子供じみた、単なる張り合いのつもり。自分こそが“本当”の――、そう名乗っていたのだろう。


「さらばだ、ゾルタン」


 同じ名を持つ、まるで違う道を歩んだもう一人のゾルダートは、何も答えなかった。すでに目に光は灯っておらず、ただ虚空を見上げていた。

 これでもう、本当に戦いは終わったのだ。


『ゾルタン!』

『ゾルタン、聞こえますか』


 その静寂を破るように、シーカとパルジファルの声が響いた。トゥルースが死んだことでオービタルリングの制御権を取り戻せたのだろう。


『ゾルタンだいじょうぶ? どこにいるの!?』

「ああ、大丈夫だシーカ。全て終わった。場所は……どこだろうな、今は身動きが取れない」

『ゾルタン、すぐに作業ロボットを、そちらに送り回収し、ます』

「それよりパルジファル、オービタルリングの復旧は」

『すでに開始して、います。阻止限界ギリギリ、でしたが、間に合いま、した』


 オービタルリングが落ちないと分かり、ゾルタンは安堵した。これで問題はあと一つだけだ。


「シーカ、体の具合は」

『うん、だいじょうぶだよ。ゾルタンっぽい見た目の変なのが、わたしの背中に何かつなげてたけど』

『オービタルリング、からの、電力供給で動ける、ように、しました。彼女の中のデータに、クラッシュしたもの、はありますが、消失したもの、はありません、でした』

「そうか。――シーカ、俺は、お前に言わなくちゃいけないことがある」

『うん、なぁにゾルタン?』


 伝えなくてはいけない。これまでずっと黙っていたこと、ウソをついていたことを。これから先へと進むためには、避けてはならない問題だ。


「お前は、人じゃない。ある人のために、その人に似せて作られたロボットだ。……ずっと黙っていてすまなかった」

『わたし、やっぱり人間じゃないんだ。……どうして、ずっとうそついてたの?』

「怖かったんだ。それを伝えたときお前がどうなるのか、どう接したらいいのか分からなくて。ただ俺が怖くて、逃げていたんだ」

『怖かったの? わたしも、人間じゃないって知ったとき、怖かったよ』

「ああ、そうだろうな。すまない」


 ずっと握ったままだったトリスタンの専用拳銃を、そっと床に置いた。もう武器は必要ない。これからの世界に、戦いはもう望んではいないから。


「ずっと俺は、お前のことをちゃんと見ていなかった。お前にお前以外の姿を重ねていた。その人の、代わりだと思い込んでいた。それだけじゃない、お前を犠牲して、その人を生き返らせようとさえ考えていた」

『わたし、死んじゃうの?』

「いいや、死なない。もう、そんなことをするつもりはない。お前を犠牲になんてしない」


 空いた手で、ズボンのポケットに突っ込んでいたよれよれのタバコを引っ張り出すと、まだ熱を帯びている専用拳銃の銃口に押し当て、火を灯す。


「お前と一緒に旅をしていくうちに、どんどんと分からなくなっていった。死んだ人を生き返らせることが、本当に正しいことなのか。そしてお前を犠牲にしてしまっていいのか」


 揺らめくタバコの火をしばらく眺めていたが、それを振るって消すと口にくわえ、頭上を見上げた。大穴から降り注ぐ光の中、紫煙が虚空に消えていく。思えばこれが初めてのタバコだった。機械の体では何も感じ取れるはずもないが、それでも吸ってみたくなったのだ。


「ずっとその人の笑顔に救われていたつもりでいた。だけどそうじゃなかったんだ。どれだけお前の中にその人の面影があっても、お前はその人じゃない。だってもうその人は、死んでしまったんだから。この世界で俺の心を支えてくれていた笑顔は、他の誰でもない、お前の笑顔だったんだ」

『わたしの、えがお? わたしの笑顔でゾルタンが元気になるなら、わたしずっと笑ってる! それでゾルタンが嬉しいなら、わたしも嬉しくてもっと笑顔になるから!』

「ああ、お前のそういうところに、俺は救われていたんだ」


 ずっと過去に囚われていた。過去ばかり見て、目の前の今を見ていなかった。過去を取り戻して、過去を再開できると思っていた。希望は過去にしかないと思っていた。


「これまでの旅、楽しかったな」

『わたしも、楽しかったよ! また何度だって旅してようよ、色んなとこに行きたい! 色んなもの、一緒に見よ!』

「ああ、見に行こう。だからお前に、消えてほしくない。生きて欲しい。他の誰でもない、お前として。例え地獄のような世界でも、生きていて欲しいんだ」


 灰が落ちる。この灰のような色の世界でも、希望はあった。灰の中から希望はその芽を伸ばした。だからきっと、この世界は良くなっていく。再生される世界で、青空へと手を伸ばすシーカを幻視する。


『わたし、生きてたい。人間でもロボットでも、どっちだっていいよ。ゾルタンと一緒に、生きていきたい!』

「ああ。……ああ、生きていこう、俺達一緒に」

『うん、ゾルタンとずっと一緒、一緒だから』

「……」

『だから、ゾルタン。……ゾルタン?』


 シーカの呼ぶ声が次第に小さく、遠くなっていく。通信機器の故障ではないことは、すぐに予想がついた。

 壊れているのは、ゾルタンの方だ。


『ねぇ、ゾル――』

「…………あぁ」


 すでに限界は通り越していた。ジェネレーターは止まり、全ての機能がダウンしていく。視界を埋め尽くす赤い警告さえも滲み、ぶれ始めている。もう指先一つさえ動かせない。口にくわえていたタバコが、床へと落ちた。


「ああ、ずっと、一緒だ。だから……――」


 最後にぽつりとそう呟いて。

 それからどれだけ時間が経とうとも。

 そのロボット兵士が動き出すことは、もう二度と無かった。


 二人の旅が、終わる。

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