第37話 チェックメイト?

SI-013アイツのパンチの方が、よほど効いたぞ」

「誰だよ知るか!」


 あのパンチは、ジークフリート型の巨体故のパワーではない、本物のパンチだった。それに比べればトゥルースのそれはまだ生温い。機体の状態に差はあれど、ほぼ同型機。性能に差はない。あとは戦闘経験の差だけだ。


 ガードの上からラッシュをかける。見る見るうちにトゥルースの両腕に凹凸おうとつが増えていく。だが破壊しきるにはほど遠い。むしろ壊れそうなのはゾルタンの両手の方だった。


 ゾルダートの拳は打撃には向いていない。そもそも想定されてない使用方法だ。可動域確保の問題でどうしても装甲に隙間ができるため、構造上全身で最も脆弱ぜいじゃくだ。相手が人間ならともかく、ゾルダート同士で何度も殴り合えば指は瞬く間に使い物にならなくなる。


 トゥルースが反撃に出る前に、拳が砕ける前に仕留めなくては。焦る気持ちを抑えながらラッシュを続ける。関節が熱を帯び、警告が出始める。それを無視して殴り続ける。


 不意に、トゥルースのガードが緩んだ。誘われている、そう理解しながらもゾルタンは渾身こんしんの力で拳を振り上げた。アッパーカットがガードをい潜り、トゥルースの顎先を捉えた。狙いはわずかに逸れたが、拳はトゥルースの左顔面をえぐるように振りぬかれ、金属歯牙クラッシャーとメインカメラに亀裂きれつを入れる。


 しかしゾルタンの方も無傷では済まなかった。小指が第二関節から千切れ、薬指も関節が歪んでしまっていた。


「終わりか兄弟? それじゃ反撃行くぜ?」


 トゥルースは顔の傷などまるで気にした様子もなく、ガードを解きゾルタンへ向けて飛び掛かるように両手を伸ばした。腕を引いて防ごうとするも、ゾルタンの意志に反して腕が曲がらなかった。関節が熱異常を起こした影響だ。 


「あらよっとォ!」

「……!?」


 右手首と首をつかまれたと思った途端、トゥルースの体が回転しゾルタンの体が宙を舞っていた。背負い投げを受けたのだと気づいた時には背中から床に叩きつけられていた。予知めいた悪寒が背筋を走り床を転がって逃げると、直前までゾルタンの頭があった場所に追い打ちとばかりに肘打ひじうちが振り下ろされていた。


 何とか立ち上がったところへトゥルースの右ストレートが飛んでくる。それを左手で受け止め、続けて来た左の拳も右手で掴んだ。そのまま両手を握り潰すつもりで力を込めようとした時、トゥルースは取っ組み合いの姿勢からゾルタンの腹部、それも撃たれて装甲が破損している部位に蹴りを叩きこんできた。


 蹴りで対抗しようにも、足の関節が破損している今のゾルタンには不可能だった。両足でも押されている状態だというのに、もし片足を離せば踏ん張りが利かずに押し倒され、マウントを取られてしまう。


「おいおい兄弟、足が生まれたての子鹿みてェになってン、ぞ!!」


 勘付かんづかれた。トゥルースの蹴りがひざに叩き込まれ、思わず膝をつく。その姿勢から膝蹴りであごを蹴り上げられ、両手を離しそうになる。だがここで離す訳にはいかない。立ち上がる勢いでトゥルースの顎目掛けて渾身の頭突きを叩きこんだ。


「ガッ」


 激突の瞬間、視界が真っ白に光ったかのような錯覚を覚える。頭部の装甲が歪む。だがまだ足りない。トゥルースの動きは止まってない。立ち上がり切り、今度は眉間に向かって再び頭突きを叩き込んだ。頭部に深刻な歪みありとの損傷警告。これ以上やれば脳を収める容器に亀裂が入る。それはトゥルースも同じだろう。


 三度目の頭突きは空振りに終わる。トゥルースが頭を逸らしたからだ。そのままトゥルースはゾルタンの首筋へと喰らいつく。砕けた金属歯牙クラッシャーが装甲の隙間すきまに食い込む。そのまま食い千切ちぎられそうになり、たまらず手を放しトゥルースを突き飛ばした。


 二人とも満身創痍まんしんそういだった。機体のあちこちがけ、最早もはや武器さえ使わず、人類の最先端技術が使われた戦闘兵器とは思えないような戦闘を繰り広げていた。


 唐突に笑い声が聖堂内に響く。トゥルースが嚙み合わせの悪くなった口を開けて笑っていた。


「なァ兄弟、楽しンでるかよ。オレは今、すげェ楽しいぜ」

「何を、急に言い出してるんだ」

「おめェとの戦いは最高だった。本当に、ただただ奪うだけの狩りみてェな殺戮さつりくなンかじゃあなく、お互いの命を懸けた正真正銘の戦いだった。オレは、これが欲しかった」

「……。……まさか、トゥルース。それが……?」

「なンつーのかね、命のやりとりってやつだ。死を前にして、ようやく生きてるって実感を得られた。あぁ、こいつはいい。オレがずっと求めてたもンだ。世界巻き込んでの自殺よかよっぽどクる」

「まさかお前、そのためにオービタルリングを落とすのか。そんな理由で、お前はシーカを撃ったのか。そんなことのために、お前は俺の邪魔をしたのか……?」


 問いかけはしたが、それが疑問の余地もないトゥルースの本心なのだということは明らかだった。信じられないという様子のゾルタンを、トゥルースは嘲笑あざわらう。


「そんな理由だァ? だったらどンな理由だったら満足なンだ? どんな理由なら世界を滅ぼしてもよくて、夢見がちなバカから薄っぺらな希望を奪っていいンだよ、なァ兄弟? 結局のところ、ンなのは人様の価値観次第じゃあねェか。てめェの尺度しゃくどで世界を決めて、それを他人に押し付けてやがるだけだ」

「それはお前も同じだろう、トゥルース。お前はそのくだらない破滅願望に俺達を巻き込んだ。死にたいのなら俺達の知らない、どこか遠くで独りで勝手に死んでいろ」


 そのゾルタンの言葉にトゥルースは分かってねェなァと小さく独り言をつぶやくと、やれやれと言わんばかりに天を仰いだ。


「戦って死ぬことに意味があンだよ。自殺とか機械相手とかじゃあなくって、同じ人間と戦うことになァ。それも死にたがりのバカや人間様のコピーロボットなんかじゃあねェ。この世界でまだ望みを捨て切れてねェバカで甘ちゃんで、戦う意思を無くしてねェヤツがいい。そういう意味じゃあ、おめェは合格だったよ、兄弟。……だっただ。だけど、おめェはちょっとだけ、期待外れだった」

「俺にいったい、何を期待していたんだ。俺はただ、詩花しいかを……」


 ――シーカのことを犠牲にしてでも、ただもう一度逢いたいと……――。


 そう考えていた。酷い奴だと罵られても仕方がない。

 旅を始めた時からずっとそのつもりでいた。

 いたはずだった。


「そこだ兄弟。そこが一番の問題なンだよ。おめェは命をどう考えてるンだ?」

「どう、だと。そんなことが今何の関係が――」

「あンだよ、兄弟。……銃弾一発で消える命の価値ってのが、オレには理解できなかった。自分自身の命でさえもな。機械の体になってみりゃあ見方が変わるかとも思ったが、これも期待外れだった。まァ、それはもういい」


 次にトゥルースが話そうとしていることが何か、分かった気がする。ゾルタンは知らず知らずのうちに胸を押さえていた。あるはずのない心臓が早鐘はやがねを打っているような、言いようのない焦燥しょうそう感と不安に囚われる。


「いつまで真実から目ェ逸らし続けるつもりなンだ? お前が会いたがってる女は、もう死んじまってどこにもいねェだろうが。あの人形から愛しのハニーを生き返らせて、それをおめェは本物って言うつもりかよ、ちゃんちゃらおかしいったらないぜ」

「……」


 最後に見た詩花の姿を思い返す。ベッドに横たわり、いくつもの医療機器に繋がれた、痛ましい姿を。その時に交わした約束が、ゾルタンを今まで突き動かしてきた。


「いいかよ兄弟、死は死だ。絶対のもンだ。覆せやしねェものなンだ。愛しのハニーはとっくの昔に世界と一緒に灰になっちまってンだよ。そいつをおめェ、いつまで認めねェつもりなンだ」

「…………」

 

 その死からずっと目を背けてきた。崩れた病院で詩花を探す悪夢を見るたび、見つからないでくれと願った。そして悪夢から目を覚まして、そばで眠るシーカの寝顔を見た時、まだ彼女は生きているのだと自分に言い聞かせてきた。


「あの人形から愛しのハニー生き返らせて、それからどうするんだ? おめェにはそれから先どうしたいのかが抜けてンだよ。だから期待外れだって言ってンだよ。哀れだよなァ、おめェ自身も愛した女も、ついでにあの人形も」

「………………」


 胸に突き刺さるようなトゥルースの言葉の数々を、ゾルタンは遮ることも耳を塞ぐこともせず、ただただ聞いていた。

 逃げることもなく、その言葉を噛み締めるように。


「――言いたいことはそれだけか、トゥルース」

「……あん?」


 その回答は予想外のものだったのだろう。この話を出せば取り乱し冷静さを欠くと踏んでいたに違いない。だがゾルタンはそうはならなかった。むしろその話を聞いたことで、心臓の錯覚は消え去っていた。

 胸を押さえていた手をゆっくりと離すと、まっすぐにトゥルースと向き合った。


「本当に、よく喋る奴だ。お前にわざわざ言われるまでもない。俺はもう答えを見つけた、だから迷わない。その答えを掴み取るために、お前を倒して乗り越えていく」

「……ああ、そうかよ兄弟。言いたいことは全部言った。そんじゃ、そろそろ終わりにしちまおうか。そうでなきゃあ、興醒めな終わりがやってきちまう」


 まるでタイミングを見計らったかのように、一際大きな揺れが起きた。オービタルリングの落下が阻止限界に近づいている。一刻も早くトゥルースを倒し、オービタルリングの制御権を取り戻さなければ全てが終わる。


 二人とも構えることもせずに対峙すると、示し合わせたかのように動き出した。

 最早どちらも満足に走ることもできない。互いに触れ合える距離まで近づき、歪んだ拳と拳が激突した。

 肩まで響く衝撃。歪みに耐え切れず、手の甲の装甲が弾け飛んだ。

 だがまだ足りない。一歩踏み出す。

 よろめくトゥルースへ向けて、もう一撃を撃ち込まんと拳を振り上げた。


 刹那、予想外の衝撃が腹部を襲った。


 トゥルースが放った膝蹴りのせいだ。それも寸前までの様子からは想像できないほど、流れるような機敏きびんな動きだった。


 反射的に左手で受け止めていたものの、腹部と左掌に致命的損傷レッドアラートの表示が出ていた。見ればトゥルースの膝からは銀色の杭のようなものが飛び出し、その先端は受け止めた左手を貫通し腹部の損傷部分に食い込んでいた。


「これは――」

「あばよ兄弟、楽しかったぜ。……これでチェックメイトだ」


 落胆らくたんした様子の、溜息ためいき混じりの呟き。

 トゥルースが飛び退いたと同時に杭は爆発し、ゾルタンの左腕と腹部を吹き飛ばした。


 二人の旅は続く。

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