第36話 今のが本気?

 その爆発は、正確にはゾルタン達のいる階層の直下で起こったものだった。二人の立っていた床が生き物のようにふくれ上がり、次の瞬間には炎と煙をともなって崩壊した。


「はははァ!」


 足元が崩れ落下する。共に落ちながら中指を立てて笑うトゥルースへ向けてゾルタンは発砲した。だが弾丸はトゥルースの頭部真上をかすめただけ。ゾルタンはす術なく崩壊に巻き込まれ、足元に開いた奈落の底へと落ちていった。


 一秒にも満たない浮遊感。高さにしておよそ20m。咄嗟とっさに受け身の姿勢をとるも、下層に叩きつけられた衝撃はかなりのものだった。体を起こそうとしてダメージ警告が頭の中に響く。以前から異常のあった脚部関節が、今の落下でいよいよもって異常をきたしたようだ。歩けはしても走ることは出来そうにない。


 周囲には火災の炎くらいしか明かりがなく、頭上の穴から差し込む上層の光だけが唯一はっきりとした光源だった。まるでスポットライトのように差し込むその光の中心にゾルタンはいた。


 足元を見ると瓦礫がれきに混ざってトゥルースのドローンらしき残骸ざんがいがあった。先程の爆発はこのドローンに何らかの細工を施して引き起こしたものなのだろう。自分が窮地に立たされることを見越していたというならずいぶんと用意周到なことだ。


 その当のトゥルースの姿が見当たらない。次弾を装填そうてんしつつ熱源探査を試みるも、爆発による火災でそこらじゅう熱源だらけだった。暗視機能を起動して辺りを見渡すと、無数の長椅子らしき残骸や天使や聖者の姿を表現したステンドグラスが見えた。どうやらここはかつて聖堂か何かの宗教施設だったようだが、どこもかしこもボロボロだった。


 先程の爆発のせいではない。弾痕だんこんや古い火災のあとがあることから、ここは今よりずっと前からこの有様ありさまだったようだ。


『仕切り直しと行こうぜ兄弟。ここが次のステージだ』


 どこかからドローンの音声が聞こえる。また姿を隠して様子をうかがっているらしい。


「……ああ、そういうことか」

『何がだよ、兄弟』

「お前の戦い方に感じていた違和感の正体にだ」


 ようやく分かった。トゥルースがしているのは戦いではなく、狩りなのだと。あくまで自分の有利な状況で戦うことに執着している。狩人が獣を狩るように、罠を張って安全な場所に潜み隙を窺っている。


 ――いつまでも、こんなことに付き合ってはいられない。手負いの獣を舐めるとどうなるか、教えてやる。

 

 ゾルタンは腰に下げていたグレネードをつかむと、躊躇ためらうことなくピンをくわえて引き抜き投げ放った。


「お前の用意した狩場には、もう飽き飽きだ!」


 爆発が起こる。爆炎から逃れるように出てきたドローンを確認すると、続けて閃光スタン電波欺瞞チャフ煙幕スモーク、持っていた全種のグレネードを同じように投げていく。爆炎が、閃光が、金属片が、煙が辺り一面をでたらめに彩る。床板がめくれがり、長椅子が吹き飛び、ステンドグラスが砕け散る。隠れ潜んでいたドローンたちが次々にグレネードの餌食えじきとなって破壊されていく。

 

「これでドローンは全てか。隠れてないで出てこい、トゥルース。決着をつけるぞ」


 隠れられるような場所を粗方あらかた破壊し終えた時、ゾルタンは床にあるものを発見した。トゥルースが持っていた専用拳銃だ。これ見よがしに落ちているそれを見つけた瞬間、ゾルタンは身を屈めながら振り返り専用拳銃を振りかぶった。


 響く銃声。だがそれはゾルタンのものではない。背後の死角に隠れ潜んでいたトゥルースのものだ。ゾルタンが瞬時の判断で身を屈めたことと、銃口を向けられたトゥルースが咄嗟に身構えたことで射線がずれ、銃弾は明後日の方向へと飛んでいった。


 だが今の一発で終わりではない。トゥルースが今持っている専用拳銃は改良型で二発撃てる。あの専用拳銃をトゥルースが持ち出した以上、離れれば不利なのはゾルタンの方だ。至近距離でも頭部に当たれば脳へのダメージは避けられない。そして離れれば専用拳銃の貫通力は十全に発揮され、どの部位だろうと撃ち抜かれる。どのみち今の脚では満足に逃げることもできない。


 ――それならいっそ、近づいてしまえば……!


 ゾルタンは渾身こんしんの力で床を蹴り、トゥルースへ飛び掛かった。右膝関節が異音を発するも無視する。まさか接近してくるとは思っていなかったのか、トゥルースの対応は一瞬、ほんの一瞬だけ鈍った。銃口を突き付け、引き金へ指をかけるタイミングが、ほんのわずか遅かった。

 その隙をついて、ゾルタンは向けられた銃口を左手で打ち払った。


 射線をらし、がら空きになったトゥルースの頭部へゾルタンが専用拳銃を向けようとした時、銃身が強い衝撃と共に跳ね上がった。蹴り上げられた、そう理解するより先にゾルタンの視線はトゥルースの銃口がどこを向いているのかを探していた。見えたのは銃床。殴りつけるように振りかぶられた銃身をゾルタンは左腕で防ぎ、再び銃口を向けようとするも、トゥルースは銃を起点に体を回転させ立ち位置を変える。


 離れられない。離れようとすればその隙に専用拳銃で撃たれる。至近距離で組み付いて相手の銃口を払い除け、その隙に頭部を撃つしかない。銃口を逸らすのを一度でも失敗すればそれで終わり。そして弾は互いに一発。撃つのは必殺が約束された時だけ。もし撃って外したなら、その途端に勝機は失われる。


 拳と拳、専用拳銃と専用拳銃がぶつかり合い、射線を確保しようとせめぎ合う。まるで踊るように組み付き金属音を響かせる。


 攻防の末、隙が生じたのはゾルタンの方だった。撃ち払う手がすべり、射線を逸らしきれなかった。眼前に向けられる銃口。勝利を確信したトゥルースが獲物を前に舌なめずりをするような、そんな笑みを浮かべる。

 銃声が轟き、金属同士が激突する鈍い音が響く。


 だがそれで吹き飛んだのはゾルタンでも、ましてやトゥルースでもなかった。

 くの字に折れ曲がった専用拳銃が、トゥルースの手を離れ宙を舞っていた。


 撃たれそうになった瞬間、ゾルタンはトゥルースにではなくトゥルースの持つ専用拳銃に向けて発砲したのだ。トゥルースも自分へ銃口を向けられることは警戒していても、銃そのものを撃たれるとは想像していなかったに違いない。


 密着状態での発砲。専用拳銃はゾルダートの装甲とそう変わらない強度を持つが、それでも13㎜の弾丸を受ければ無傷では済まない。


「クソが!」


 全ては狙い通りだった。トゥルースの持つ武器の中でも、改良型の専用拳銃が何より厄介な代物だった。それを無力化すること、それが至近距離で銃撃戦を挑んだ理由だった。


 トゥルースの悪態を尻目にゾルタンは自分の専用拳銃を確かめる。無茶な発砲で撃った弾丸が潰れて銃口にまっていた。銃身も歪んでいてもう使えそうにない。名残惜しくはあるが、推進剤が爆発しても厄介なので投げ捨てる。


「どうしたトゥルース、もう武器はないのか」

「あァ? あるぜ、ここにな」


 ファイティングポーズをとったかと思えば、顔面とあごに一発ずつ拳を叩きこんできた。大した威力はないが、速い。ガードの姿勢をとるより先に拳が飛んできた。


「よォ兄弟。格闘技って習ったことあるのか? 元から軍人のオレと、ただのガキだったおめェじゃあ、勝ち目はねェぞ!」


 再び左ジャブ、ではなく右ストレートが飛んできた。フェイントを見切れず、トゥルースの右拳がゾルタンの左頬を打つ。


「――お、ゥ?」

「――――!」


 驚きの声を上げたのはトゥルースの方だった。ゾルタンはわずかに仰け反っただけで、その姿勢からお返しとばかりに右拳を振りかぶった。左腕でガードされはしたが、ゾルタンの拳を受けてトゥルースの顔から笑顔が消えていた。


「育ちは悪い方なんだ。……今のが本気だったのか?」

「舐めたこと言うじゃあねェか、兄弟。これからだよ」


 機械の体になる以前から、そしてなってからも喧嘩ケンカはしょっちゅうしていた。異国の人間をさげすむ者達や、不安や怒りに駆られて暴れる同胞達。何度殴り合ったかなど覚えていない。

 トゥルースの動きは確かに早い。フェイントも巧みだ。だが来ると分かっていればどうということはない。それに――。


SI-013アイツのパンチの方が、よほど効いたぞ」


 二人の旅は続く。

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