第34話 名前のない幽霊


 トゥルースの後を追いゾルタンが辿り着いたのは、何十もの一枚岩モノリス型ディスプレイが整然と並ぶ空間だった。熱源探知を試みるも、まるで森の木々のように並び立つ一枚岩モノリスが邪魔でトゥルースの姿を探し出せない。


 ゾルタンが近づくと目の前にあった一枚岩モノリスが発光し、人の名前らしきものがずらりと表示される。地上の慰霊碑いれいひの街にも同様のものがあったことを思い出す。どうやらここにある一枚岩モノリスは墓碑のようだ。


 ゾルタンがしばらく見上げていると、文字は消え発光も止まった。動体センサーでもあるのか、動くものに反応して一枚岩モノリス稼働かどうするらしい。それと入れ替わるように、少し離れたところの一枚岩モノリスが発光した。何かが一枚岩モノリスの前を通りそれに反応したのだ。

 トゥルースか、それともドローンか。

 確認するために近づこうとしたとき、再び目の前の一枚岩モノリスが発光した。


 ――まずい……!


 猛烈な危機感。それを見た瞬間、ゾルタンはとっさに身を屈め回避行動をとった。目の前の一枚岩モノリス穿うがたれたのはほぼ同時。ガラスのような材質の一枚岩モノリスは粉々に砕け散り、破片がゾルタンへと降り注いだ。


『ようこそ兄弟、ここは戦争で死んだ死者の名を記録した墓碑らしいぜ。ちゃんと九十億人分あンのかねェ。空間の無駄使いだとは思わねェか?』


 一枚岩モノリスの残骸に背を預け様子をうかがうも、トゥルースの姿は見えない。だが確実に近くにいるはずだ。移動しなければ近づかれて撃たれる。移動しても一枚岩モノリスが反応してトゥルースに位置がばれる。この場所はまずい。どうやって打って出るか。


「トゥルース、今さらだが気付いたことがある。お前、TA型じゃないな」

『あン? おいおい、こンなときに悠長におしゃべりかよ兄弟』


 位置はすでにばれている。それならばとゾルタンはトゥルースへと話しかけた。その声に反応してか、ゾルタンから見て11時の方向の一枚岩モノリスが発光する。距離はおおよそ20m。かなり距離がある。専用拳銃の有効射程ではない。反射的に銃口を向けようとしていた自分を抑える。


「最初は独自の改造か、オプション兵装で得た機能だと思っていた。だがこれまで見てきたお前の機能は光学迷彩にハッキング、盗聴やドローン偵察、映像投影とどれも潜入工作や偵察に特化した装備ばかりだ。お前は俺たちTA型ではない、別機種のゾルダートだな」


 次に発光したのは10時の方向。距離は17m。


 ――俺を中心に逆時計回りに進んでいるのなら、次は……。

 

 9時の方向に奴の姿が現れるはず。ゾルタンは専用拳銃を構え、その時を待つ。


『ご明察だぜ兄弟。だがちっと訂正だ。オレに与えられた役目は潜入工作なんてちんけなもンじゃねェよ。オレの役目は、要人暗殺だ』

「要人の暗殺を、ゾルダートでか?」

『おいおい、意外そうにすんなよ。オレたちゾルダートは兵士の代替品なンだぜ? 何も前線で戦うだけじゃねェよ。そういう特殊任務だってさせるに決まってンだろ』


 だが三度目の発光は8時の方向からだった。距離は14m。姿は見えなかった。ステルスローブはプラズマ砲の十字砲火で破壊し、姿を隠すこともできないはず。見逃したのか。


「そんな話は聞いた覚えがない」

『そりゃあそうさ、オレたちには名前はねェよ。機体はおめェらの部品のあり合わせ、識別コードもねェ。存在しないことになってたからなァ。名前のない幽霊部隊さ。おめェらが前線でガラクタどもと戦ってる間、オレたちは敵国の真っ只中で孤立無援の戦いをしてたンだぜ』


 四度目の発光は7時。距離は11m。何かがおかしい、何か重大な点を見逃している。トゥルースはもうすぐそばまで来ている。攻撃される前に仕掛けるか。


『色んなヤツをぶっ殺した。軍の偉いヤツ、意識の高い市民様、嗅覚の鋭い秘密警察。そんで女も子供も殺したっけな。病室で死にかけてるジジイや戦傷兵、果ては自国の無能な味方まで。色んなヤツをぶっ殺しまくったぜ』

「……内容のわりに、悲壮感の欠片もない口振りだな」

『あるワケねェだろ、ンなもン。おめェと違ってゾルダートになる前からずっとそンな任務をやってきた。まァ、どンだけぶっ殺してもまたすぐに挿げ替わっちまうだけだったがよ。そンで代打がバカばっかな上に止まろうともしねェもンだったせいで、戦況は良くなるどころかむしろ泥沼化だァ。あれよあれよと地獄のさらに地獄になってったってわけよ』


 行動に打って出る直前になって、はたと気付く。まんまとトゥルースの術中にはまっているのではないか。廃墟でシーカを人質にとられた時も、サーバー前で相対した時も、トゥルースが有利な状況下での戦いだった。そして今も。何故奴の用意した戦場で戦う必要がある。今この瞬間の行動も全てトゥルースの読み通りだとしたら。


 ――お前の思い通りになるのはごめんだ。


 ゾルタンはその場で膝をついて左脚のすそをまくり上げると、すね部に内蔵した多目的ミサイルを起動した。残弾は一発。狙うのは7時方向のトゥルース、ではない。狙うのは――。


「見つけたぞ、トゥルース!」


 噴煙を噴き上げて撃ちあがるミサイル。発射直後に6時の方向で発光を確認するも、ゾルタンはそれを無視してその場に這いつくばった。予想通りならその発光の元にはトゥルースはいない。見つけたというのもはったりだ。本当の居場所はあのミサイルがこれから教えてくれる。


『マジかよ兄弟!』


 トゥルースの悪態と共に銃声が響き、打ち上げたミサイルは一枚岩モノリス群の直上で爆発した。高層ビルさえ倒壊させる爆発力。強化ガラス程度の強度しかない一枚岩モノリスは、その爆風に耐えられず全て破壊された。


 これで身を隠す場所は無くなった。ゾルタンは身を乗り出すと、ミサイルを撃墜した銃撃の予測地点を算出しそこへ熱源探知を行う。舞い上がる粉塵の中に片腕のない人型の熱源を探知すると、その熱源目掛けてゾルタンは走った。トゥルースがいたのは最初に銃撃があった11時の方向。奴はそこから動いていなかった。


 オービタルリングをハッキングしているトゥルースが、わざわざこんな対等の条件下で戦う訳がない。一枚岩モノリスのセンサーを遠隔操作して、あたかも自分がそこにいるかのように偽装していたのだ。先程のようにドローンの立体映像を使わなかったのは、熱源探知で偽物とばれてしまうから。そしてこれまで同様、ゾルタンの意識が別の方向へ逸れたところを狙うつもりだったのだろう。


 ――何度も同じ手は食わないぞ、トゥルース。


 粉塵の中を突っ切り見えたトゥルースの姿。丁度排莢はいきょうの直後だったのだろう、空薬莢が足元に転がり、トゥルースの口には弾丸がくわえられていた。今なら反撃は来ない、攻撃するなら今しかない。


 駆け寄りながら銃口を向けた瞬間、トゥルースが笑ったように見えた。


 その笑いを見た時、引き金を引く指が鈍った。躊躇ためらったわけではない。いうなればそれは直感的な危機の察知だった。その笑みは、獲物を前にした狩人のものだったからだ。罠をかいくぐったつもりでいた。だがこれはまさか、罠にはまったのではないか。トゥルースはその隙を逃さず一足飛びに距離を詰めると、欠損しているはずの左腕を振り上げた。


 つい一瞬前まで肘から先がなかったはずのその腕には、ボロ布らしきものを巻いていた。


 それがステルスローブであることを理解し、それが内側から青い光によって燃え上がるのを見た瞬間、ゾルタンは迷わずプラズマ剣を展開した。


「ハッハァ!」

「……!」


 ステルスローブを焼き切り現れたプラズマ剣とゾルタンのプラズマ剣が激突、刃を形成する力場が反発し合い両者を弾き飛ばした。ゾルタンの頭の中で警告音が鳴り響く。即座にプラズマ剣を停止すると体勢を立て直した。

 想定外だった。まさか――。


「悪くねェなァ、この腕も」


 左腕を掲げながらトゥルースは笑う。左腕は欠損していなかった。ステルスローブで腕だけを隠していたのだ。塔の前に落ちていたボロ布と左腕は偽装。片腕がないと思わせ、隙を生じさせるための罠だったということだ。


 そしてトゥルースの新たな左腕には見覚えがあった。その腕には塗装も装飾も施されてはいなかったが、見間違えようもない。パルジファルと同型の腕部だ。二人目のパルジファルから拝借してきたのか。トゥルースは再びプラズマ剣を展開すると、その切っ先をゾルタンへと突き付けた。


「そンじゃあ、気を取り直して第二ラウンド――いや第三だっけか? まァいいや、やろうぜ兄弟!」


 青白い光の刀身を振るい、トゥルースが迫る。


 二人の旅は続く。

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