第33話 ほんとに正気?
銃声が響く。
その直前にゾルタンは背後へと飛び退いていた。センサーが眼前ギリギリを横一文字に通過する弾丸の軌跡と、塔の前から
――予想していた通りか……!
塔の前に佇んでいたトゥルースはドローンが造り出した立体映像。ずっとドローンを介して会話していたのは実際にいる場所を
射程距離外でありながら専用拳銃を突き付けてきた時点で予想は確信へと変わっていた。目の前にいるのは本物ではないと。そしてトゥルースの本当の位置、それもこの銃撃から割り出せる。いくらステルスローブで姿を隠せても発砲時の熱と光までは隠せない。
――弾道から位置を逆算。熱源探知。射撃位置予測。
「10時の方向、距離は約7m!」
パルジファルの声。それを合図にゾルタンとパルジファルは同時に腕のプラズマ砲を展開、トゥルースがいるであろう空間へ向けて撃ち放った。×の字にプラズマの青白い閃光が交錯し無数の白いブロックを溶断、小規模な爆発が起きた。
『おいおい正気か兄弟、マジでプラズマ砲ぶっ放すとかよォ!』
「ああ、お前よりは正気だ」
トゥルースの慌てた声がドローンから響く。予測した地点にはステルスローブと思しきボロ布と無数の破片、左腕らしき残骸が落ちて燃え上がっているだけでトゥルースの姿は見当たらない。オービタルリング内への被害を考えて威力を絞ったせいで仕留めきれなかったらしい。ドローンが今も浮遊しているのがその証拠だ。
――今の一撃で仕留めたかったんだがな。
ゾルタンは
『あンだよ兄弟、オレの迫真の演技に心打たれちゃくれねェのかよ』
「ああ。あんな悲劇の主役ぶった口振り、お前オペラの見過ぎじゃないのか」
再びドローンを介して話しかけてきたトゥルースを適当にあしらう。対するトゥルースはそれを鼻で笑い
『おいおい、それをおめェが言うのかよ兄弟。おめェこそ、悲劇の主役ぶってたじゃあねェか。何が何のために戦ってきたのか~だよ』
「……聞いていたのか」
『オレにとっちゃあ盗聴なンざ朝飯前よ。おめェの
「何が言いたい、トゥルース」
『戦争なんてもんはお互いの身の削り合いだぜ。肉も骨も削いでいって、最後まで残ってた方が勝ちなンだよ。何かを失うなンざ当然なのさ。だってのに、そこから何かを得ようなンてのはムシが良すぎンだろ』
そのトゥルースの価値観は、ゾルタンからすれば理解しがたいものだった。あまりに極論過ぎる。それは戦争というよりも、ただの殺し合いだ。
『おめェが守りたいって言ったもンは、もうこの世界のどこにもありゃあしねェってのに、後生大事にそっくりな人形を愛でてやがる。そいつ使って死んだ女を生き返らせてハッピーエンドだなンて考えてる奴の、それが頭おかしくなくてなンだってンだよ。笑っちまうぜ』
「…………」
挑発に乗るな。そう自分に言い聞かせながら、ゾルタンはトゥルースの居場所を探る。ステルスローブを破壊した今、トゥルースはもう光学ステルスは使えない。どこかの物陰に隠れてこちらの様子を
不意に背後で何かが光った。背後をとられたかと驚き振り返ると、いつの間に
「驚かせるな。……何をしているんだ」
「オービタルリング内の被害状況確認と、トゥルースから基幹システムを、奪い返せないかを試して、います。基幹システムにアクセスできなくても、物理接触であれば可能なはず、なので」
「それで、どうなんだ」
「リング内の、被害は軽微ではありません、が問題はない、でしょう。サーバーへのダメージはゼロ、です。ですが、だからといって、プラズマ砲の乱用は控えて、下さい。システムの奪還は……時間がかかり、ます。オービタルリングの姿勢制御を操作された、ようで規定高度から下がりつつ、あります。このままでは、システム奪還より先に、オービタルリングは限界高度まで落ちる、でしょう」
「それならどうやったら――」
「システムを奪還したいってんなら、オレを倒さねェと無理だぜ!」
不意に聞こえたトゥルースの肉声。ゾルタンがその方向へ視線と銃口を向けると、逃げ去っていくトゥルースの後ろ姿が見えた。センサーで熱源のある本物だと確信すると迷いなく発砲した。だが弾丸は狙いからわずかにずれ、すぐ隣のブロックを
「ハハァ、惜しいな兄弟!」
トゥルースの笑いに苛立ちながら次弾を
わざわざ姿を
眠り続けるシーカのそばに膝をつき、その顔にかかった髪を指で
「パルジファル、シーカを頼む。俺は奴を追う」
「ですが、今の私では迎撃する、には戦力として不十分、です。彼女を守りきれ、ません」
「問題ない。奴はシーカもサーバーも狙わない」
「ですが、トゥルースはシーカを撃ったのでしょう。なら――」
「ああ、だからもう撃たない。トゥルースがシーカを撃ったのは、俺を本気にさせるためだ。俺からシーカを奪いはしない。奪うなら、俺を殺した後だ」
トゥルースは戦いを望んでいる。もしくは戦いの果ての死を。
シーカを失えばゾルタンは戦いどころか生きる意味さえ見失ってしまう。それはトゥルースの望むところではないはずだ。だから卑怯な手は使っても、こちらを戦意喪失させるようなことまではしないはずだとゾルタンは踏んでいた。
「誘いに乗ってやるぞ、トゥルース」
時間はあまり残されていないのだから。
我知らず腹部の損傷個所に触れていた。致命傷ではないにしても決して無視できないダメージ。だが修復している時間はない。まだもつはずだと自身に言い聞かせ、ゾルタンはトゥルースの後を追い駆け出した。
二人の旅は続く。
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