第32話 戦争は終わってない

 白い。エレベーターを降りたゾルタンが目にしたのは、一面が真っ白な広大な空間だった。地上で見た慰霊碑いれいひの街と同じ、白で構成された世界。天井も壁も床も、何もかもが白かった。


 だが慰霊碑の街とは明確な違いがあった。ここは街の形すらしていない。四角いブロックで無造作に構成された、まるでテクスチャを貼り忘れたゲームグラフィックのような異質さがある。


「これは、いったいなんだ……? オービタルリング内には街があったはず……」

「ありました。ですが、戦時中の市街地戦で、ほぼ壊滅状態となり、ました。修繕しゅうぜんされる、こともなく放置されていましたが、生存者達がデータ化、を決定した後、街をこのように――」

『汚ェ部分をおおい隠したってこったよ兄弟』


 パルジファルの声をさえぎって唐突に聞こえたトゥルースの声。その声がした方向に右腕で掴んでいたパルジファルを突き出すと、パルジファルも意図を察し収束プラズマ砲を展開した。


『戦争の爪痕つめあとは全部見えねェようにして、戦争は終わったっててめェ自身に言い聞かせてやがンだろうさ。まァ、奴らの中じゃあそうなンだろうなァ、奴らの中じゃあよ』


 だがそこにいたのはトゥルース本人ではなく、奴の操るドローンだった。


『オレはこっちだ。早く来いよ兄弟』


 そう言って飛んでいくドローン。その進行方向には巨大な塔がそびえ立っているのが見えた。天井に届くかというその威容は、塔というよりも柱と言った方がいいかもしれない。ゾルタンは飛んでいくドローンをしばらく眺めていたが、シーカを背負い直すとその後を追うことにした。


 塔への道は入り組んではいるが、横道の存在しない一本道だった。無数の一枚岩モノリス状のコンソールと白いブロックが立ち並ぶ道を進み、塔へと向かっていく。パルジファルやトゥルースの言葉が確かならここにあった国際都市は崩壊し、それを全て綺麗に片づけてしまったのがこの状態ということになる。立ち並ぶ一枚岩モノリスやブロックの形から受ける印象は、とてもではないが街とは言い難い。まるで――。


 ――ここは、まるで墓場そのもののようだ。


 やがて塔の根元が見えてきた。そしてそこにたたずむ者の姿を、トゥルースの姿を確認するとゾルタンはその場で足を止めた。距離的に専用拳銃の射程外にして、プラズマ砲の有効射程圏内。攻撃を仕掛けるならここだ。


「……待たせたな」

『構わねェよ。オレとお前の仲だ、兄弟』


 ステルスローブを纏い周囲にドローンを浮遊させたトゥルースの姿は、この白い空間において一際ひときわ異質さを放っていた。ここが墓所のようだというなら、さしずめトゥルースは死神か幽鬼ゆうきといったところか。響いた音声は相変わらずドローンから。周囲を飛ぶドローン全てから発せられているせいで、まるですぐそばで喋っているような錯覚を覚える。


『おっと、そこからオレを撃とうなんざ考えねェほうがいいぜェ? オレの後ろにあンのは、データ化された魂を収めたサーバーだかンな。流れ弾でも当たろうもンなら、人類の生き残りは消えてなくなっちまうかもしれねェぜ』


 背後にそびえる塔を手の甲で叩きながらトゥルースは続ける。


『この塔はオービタルリングの基幹システム、そんで再生医療リメイクシステムにも繋がってる。こいつがぶっ壊れちまったら、どうなるかなンて考えるまでもねェよなァ。おめェの念願も叶わなくなっちまう。ま、オレにはどっちでもいいンだがよ』

「……いいだろう。攻撃はしない」


 こちらの内心を見透かしているようなトゥルースの口ぶりに歯噛はがみしつつ、ゾルタンはシーカとパルジファルをすぐ傍の一枚岩の元へ下ろす。ここならトゥルースからは死角になっているはずだ。


 ――もう少しだけここで待っていてくれ、シーカ。


 隣に置いたパルジファルに目配せすると、頷いて返事を返してきた。やるべきことはすでに取り決めている。


「それにどうやらお前は、俺と話がしたいようだからな」

『へェ、なんでそう思うよ兄弟』

「そのつもりがないなら、お前はとっくに目的を果たしていたはずだ。俺のことを待たずにな」


 その目的が何であれ、ゾルタンと決別してオービタルリングに辿り着いてから何かをするための時間は十分あったはずだ。それにオービタルリングの基幹システムを掌握しょうあくしたというのなら、何故軌道エレベーターを停止せず、迎撃もしてこなかったのか。


 トゥルースは待っていたのだ。ゾルタンがやってくるのを。


「トゥルース、お前の目的は何だ」

『このオービタルリングを地上に落っことす』

「…………」


 端的たんてきに語られた目的に、ゾルタンはそれほど驚きはしなかった。半ば予想していたことだった。これほどの巨大構造物が落ちれば地上はただでは済まない。落下時の衝撃は大規模な地震を起こし、舞い上がった粉塵ふんじんで世界は今以上に暗闇に閉ざされる。地上にまだ生き残っているかもしれない生存者も、このオービタルリングにデータ化されて格納された人々も、何もかもが死滅することになる。


「そんなことをすれば、今度こそ人類は終わってしまうぞ」

『おうとも、全てを終わらせンのさ。人類なんざ皆殺しにして、地上も綺麗さっぱり破壊し尽くしちまおうぜ』

「どうしてそんなことをする必要がある。そこまでする理由がいったい――」

『必要? 理由? んなもンねェよ』

「――は?」


 思わず間抜けな声を上げてしまった。聞き間違いかとさえ思ったが、すぐトゥルースは捕捉してきた。


『理由なんざねェつったンだ。ただ、戦争でほぼほぼ死滅してるし、この際だから人間なンざ消えりゃいいんンじゃあねェかなァって思っただけ。それだけ、それだけだ兄弟。理由ってほどじゃあねェよ』


 そう言ってケラケラと笑うトゥルースに、ゾルタンはただただ唖然あぜんとするしかなかった。今から引き起こそうとしていることの重大性をまるで理解していないような口ぶり。正気とは思えないその行動理由に眩暈めまいを覚える。


「彼は、狂っている、のでは」

「ああ、そう思いたいがあいつは正気だ。狂っちゃいない」


 自らの破滅願望に人類全員を巻き添えにしようとしているとしか思えないが、トゥルースがそこまで追い詰められているようにはゾルタンには見えなかった。奴ならこんな世界がずっと続いたとしても、きっと平然としていられる気がする。


「そんなことはさせない。させるわけにはいかない」

『だよなァ、兄弟ならそう答えるよなァ。なら、やるっきゃねェよなァ』

「やる……? いったいなにを」

『おいおい、寝ぼけてンのか兄弟。オレとおめェ、思想主義目的の違う二人の人間が相対してンだぜ。そンな状況でやることなンざ有史以来一つに決まってンだろ』


 そう言ってトゥルースが天を仰ぐ。呼応するようにドローンたちが周囲へと散開する。その姿は啓示を得た賢者のようであり、救いを得た貧者のようでもあった。飛び交うドローンはとてもハトには見えないが。


『戦争だ。戦争をしようぜ。オレとお前の戦争を、やろうぜ兄弟!』

「……トゥルース、戦争はもう終わった。それなのに、また戦争がしたいのか、お前は」

『はァ? 寝ぼけてンのか、終わっちゃいねェよ兄弟。戦争は終わってなンかねェ。おめェ言ってたよな、起きたら戦争は終わってたってよ。寝て起きたら世界がこうなってりゃ、おめェにとっちゃあ戦争は終わったもンなのかもしれねェ』

「……」

『だがな、オレにとっては違う。戦争は終わってねェ、終われなかったンだ。誰かがはい終わりなンて言った訳でもねぇ。誰も彼もが終わらせられねェままどんどんとエスカレートして、ぐっだぐだの泥沼になって終われずに今も続いてンだ。オレはまだその戦争の中にいンだよ。おめェだってそうだ、みんなそうだ。戦争の真っ最中だ。終わってねェよ! こいつをどうにかするにはもう、全部無くしちまうしかねェよなァ!』


 白い空間に響くトゥルースの叫び。

 パルジファルと戦う前夜、同じことをトゥルースは言っていた。


 戦争はまだ終わってない。今もまだ続いているのだと。


 トゥルースにとって世界は未だ戦場なのだろう。そして戦争の終わりにあるものをトゥルースは見ていない。何かを得るための戦争ではなく、戦争を終わらせるために戦争をしている。

 ゾルタンの目の前に立つサイボーグ兵士は、戦争という地獄に魅入られ彷徨さまよい続ける、戦争の亡霊と呼ぶに相応しい。


『だからよ、やろうぜ兄弟。戦争兵器らしく、なんもかんも吹っ飛ばしちまおう。そんで――』


 トゥルースのローブがはためき、その右大腿部が展開する。流れるような動きで引き抜かれた専用拳銃、その銃口がゾルタンへと向けられる。


『戦争も世界も何もかも、全部終わらせようぜェ?』

「……。ああ、いいだろうトゥルース。俺がお前の戦争を終わらせてやる」


 応じるようにゾルタンも専用拳銃を引き抜き。

 一発の銃声が響いた。


 二人の旅は続く。

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