第29話 わたしはシーカ?

 目が覚めた時、ゾルタンは瓦礫がれきの下敷きになっていた。


 ――なんだ、何がどうなっている。


 何故自分がこうなっているのか状況を呑み込めず、シーカが撃たれた直後のことを思い出そうとする。


 あの時、ゾルタンは胸から湧き上がる怒りに突き動かされるまま、トゥルースへ向けて左腕のプラズマ砲を撃ち放とうとした。ところがそこへ、突如として壁を突き破って黒い棺桶かんおけのような物体が現れプラズマ砲はそれを直撃、目の前で爆発が起きた。そこまでは覚えている。どうやらその爆発によって廃墟が崩壊し生き埋めになったようだ。


 壁を突き破って現れたのはTR型専用装備のイゾルデだった。どうやらトゥルースはもう一機隠し持っていたらしい。パルジファルの戦闘があった場所からここまでどうやって高速移動したのか謎だったが、イゾルデに乗って移動していたのだろう。


 ステルスローブやドローンといいあの連射可能な専用拳銃といい、トゥルースは思っていた以上に手札を隠し持っていたようだ。本当に一人でパルジファルが撃破できなかったのか疑問にさえ思う。


 ――そうだ、シーカは。


 左腕に抱え込んだままのシーカへ目を落とす。瓦礫の下敷きになろうとも離さなかったのは執念のなせる業か。


「シーカ、聞こえるか、シーカ」


 何度も呼びかけるが返事はなく、シーカは意識を失ったままだ。このままでいる訳にもいかない。瓦礫を押し退けて改めてシーカの状態を確認する。


 左腕は骨格フレームが剥き出しになり、ケーブル状の疑似筋肉が力なく垂れ下がっている。千切れ飛んだ腕は瓦礫の下敷きになってぺしゃんこだろう。それより問題は腹部の損傷だ。背後から大口径の専用拳銃で撃ち抜かれた腹部は、資源作物バイオマスをエネルギーへ変換する機関がごっそりと喪失していた。


 ――頭部の外傷はない、か。


 最重要機関を内蔵する頭部に目立った傷や歪みはない。目を覚まさないのはエネルギー不足のためだろう。胸部に収められた主動力、静音小型モーターはかろうじて動いている状態で、触れたシーカの肌は普段よりも冷たく感じた。応急処置程度ならこれまでもシーカが睡眠中に行ってきたが、複雑な内部機構は専用の設備でもなければ修復不可能だ。


「シーカ、少しの辛抱だ。すぐに、直してやる」


 シーカを抱き上げて立ち上がる。

 改めて周囲の景色を確認すると、廃墟は完全に崩壊し辺り一帯瓦礫の山だった。周辺にトゥルースらしき者の姿はない。さすがに同じように埋もれている訳はなく、爆発に乗じてまんまと逃げおおせたようだ。時刻を確認すると、トゥルースの裏切りからもう三時間近くが経過していた。

 ゾルタンは瓦礫の中からいくつかの物資を回収すると、シーカを背負ってBtHへ向かって歩き出した。



「……何故生きている?」


 最初にその姿を確認した時、ゾルタンは迷わず専用拳銃をそれへと突き付けた。


「私は、全て機械なので、生きているは不適切な表現、かと」


 BtHのエントランス前、そこに転がるパルジファルへと。


 ブリュンヒルデの自爆に巻き込み、間違いなく撃破したと思っていた。実際のところ、決して五体満足といえるような状態ではない。右腕と下半身、それに背中の翼を完全に喪失し、全身を彩っていた装飾も布も焼失し見る影もない。装甲もフレームも損傷が激しいうえ、満足に動くこともままならない様子だった。


「私の対爆性能は、フレーム素材から、見直されています。私を完全破壊するには、あの四輪バイクテトライク水素電池パワーセルのエネルギー残量では、不十分でした。オービタルリングは、私が撃破されたものと、判断したようですが」

「そうか、ならここで改めて引導を渡してやる」

「待ってください」


 今なら専用拳銃で破壊することも容易だろう。そう判断して引き金を引こうとするゾルタンを、パルジファルは残された左腕を上げて制止する。


「貴方のことは、貴方が私を視認するよりも先に、感知していました。私の方こそ、残された左腕の、収束プラズマ砲で貴方を、両断することも可能、でした。ですが、そうはしません、でした。貴方のお連れを見て、貴方の返答を聞いてからでも、遅くはないかと判断したから、です」

「連れだと? トゥルースのことを言っているなら、あいにく――うん?」


 トゥルースのことかと考えるも、パルジファルの視線が背負ったシーカに注がれていることにゾルタンは気付く。シーカをパルジファルから隠すように体を傾ける。


「それは、シイカ・ウヅキの代替義体スペアボディ、ですね。戦争中の混乱で紛失したはずのものを、何故貴方が持っている、のですか」

「知っているのか、シーカのことを」


 パルジファルがシーカの存在を知っているとは想定外だった。そしてシーカを見て攻撃することを止めることも。トゥルースが言っていたようにもし話し合おうとしていれば、その時にシーカを連れていれば、パルジファルと戦わずにすんだのかもしれない。トゥルースに騙されることも、シーカがこんなになってしまうことも。


「勿論です。意識転写イグジステンスの被験者第一号にして、失敗作。彼女がいなければ、意識転写イグジステンス技術は完成を見ず、私も生まれることは、なかった。彼女は我々にとって、母にも等しい存在、です」

「……そのシーカを、お前たちは地上に置き去りにしておいて、母だと」


 失敗作という言葉を聞いて、下がりかけていた銃口を改めてパルジファルへと向ける。そのまま引き金を引くことはしなかったが、怒りは抑え込めきれず、発した声は思っていた以上に感情がこもっていた。


「……シイカ・ウヅキの所在は、研究の内容が内容だったために、それがどこで研究されているかは、軍の中でも秘匿ひとく性の高い情報、でした。彼女がいた施設がどこで、いつ戦火に見舞われたのかを、我々が知ったのは、オービタルリングへ逃げ延びたあとのこと、でした。サルベージするにも距離があり、捜索隊を出すことのリスクと、彼女をサルベージする価値を天秤にかけ、我々は彼女をあきらめざるをえません、でした」


 そしてシーカは何年もの間、かろうじて崩壊をまぬがれた研究施設で眠り続けた。ゾルタンがそれを見つけ出すまで。


「言い訳はいい。お前たちがしたことは変わらない。お前たちが諦めたことを、捨て去ったものを俺は果たす。BtHの向こう、オービタルリングにはあるんだろう。完成された意識転写イグジステンス技術が、人間を再生させるすべが」


 意識転写イグジステンス

 人間の魂、精神、心。呼び方は様々だが、その人間をその人間たらしめるものをデジタルなデータへと変換する、ある種狂気ともいえる技術。自律戦闘人型兵器マシーネンゾルダートを製造するにあたって必要不可欠とされた技術だ。


 意識転写イグジステンスによってデジタル化された魂を、遺伝子調整されたクローンボディへと移し替えることで不治の病を克服する。それが軍の人間が提示した最先端の医療技術――再生治療リメイクだった。


 いや、マシーネンゾルダートを完成させるための人体実験を、医療行為と称していただけだ。軍はマシーネンゾルダートの完成を諦めてはいなかった。ゾルタンたち先行生産型を戦線へ投入したのち、いずれ補充が必要になる時が来ると考えていた。それまでに意識転写イグジステンスを完成させる必要があったのだ。


 シーカは、その理論検証のために試作された、機械仕掛けの義体だった。


「貴方の目的は、シイカ・ウヅキの代替義体スペアボディをここまで運んできた理由は、シイカ・ウヅキの再生のため、ですか」

「そうだ。完成された意識転写イグジステンス再生治療リメイクなら、シーカを元の――」

『それじゃ、あなたはゾルタン! わたしは、えっと、シーカだっけ?』


 不意に脳裏をよぎった記憶に、頭を振るう。ポッドから出たばかりのシーカとの会話。それをどうしてこんな時に思い出したのか。急に黙り不審な行動をするゾルタンを、パルジファルは特に気にした様子もなく返答する。


「……貴方の言う通り、確かにオービタルリングには、そのための設備が、あります。ですが、それを利用するためには、問題が一つ、あります。貴方と共にいたゾルダート、です」

「トゥルースか」

「はい、貴方がトゥルースと呼ぶゾルダートは、今から二時間半前にここを通過、しました。その際、撃破地点から接近する、私の存在を感知していたはず、ですが、彼は私を無視してBtHを、昇っていきました」


 トゥルースがBtHへと向かっていたことは予想通り。だがパルジファルを無視したというのが気にかかる。もはや障害ではないと判断したのか。


「彼は、危険です。BtHに、オービタルリングに、物理的な被害をもたらす、予感がします。そこで、貴方に提案が、あります」

「俺にトゥルースを止めろというのか」

「はい。今の私では不可能ですが、貴方なら可能かと。今ならまだ間に合うかも、しれません。止めてください。貴方の、目的のためにも」


 話し始めた時からなんとなく予感していたことではあるが、まさか本当に言われるとは思ってもみなかった。何を寝ぼけたことをとゾルタンは言いかけて、ある可能性に思い至る。トゥルースと共にパルジファルと戦う前に懸念していた可能性。


「オービタルリングには、お前以外に守護者はいないのか」

「いません。ですが、オービタルリングは、私のシグナル喪失を受けて、二人目の私を組み立てているはず、です。それが、トゥルースを止めているはず、ですが……」


 パルジファルが意識転写イグジステンスを利用して作られたのなら、複製量産されていてもおかしくはないとゾルタンは考えていた。だがパルジファルの返答から判断するに、破壊されない限りは二体以上を同時に生産していないようだ。


 二人して頭上を、文字通り天まで届く軌道エレベーターを見上げる。そこから何者かが下りてくる様子はまるでない。


「もう一人のお前が出てくる様子はないな」

「はい。恐らく、すでに撃破されたか、オービタルリングの基幹システムを、ハッキングされて、組み立てをストップされた、可能性があります」


 思わず嘆息する。どうやら援軍は期待できそうにない。どころか、もしかしたら強敵が待ち構えている可能性さえありそうだ。


「……いいだろう。奴には言いたいこともある」

「では、急ぎましょう。私をコンソールまで持って行って下さい」

「お前を?」

「シグナル喪失にともない、アクセス権限も取り消され、手動でのパスワード入力でなければ、入れなくなった、のです。しかし、この姿ではコンソールにも、手が届かないので、立ち往生していたところ、でした」


 確かに今のパルジファルのその姿では、エントランスのコンソールには届かないだろう。BtHの扉は厚く強固ではあるものの、プラズマ砲で吹き飛ばせないほどのものではない。だがなけなしのエネルギーと時間を浪費するよりも効率的な方法があるなら、それを選択すべき状況だった。


 しぶしぶながらパルジファルの首根っこを掴むと、コンソールの前まで運んでやる。一瞬、雑な扱いを非難するような視線を向けるも、パルジファルは長いパスワードを手入力で打ち込み、ドアのロックを解除した。


 ――トゥルースはこれもハッキングで開けたのか……?


 TA型にしては、ずいぶんと潜入工作に向いた機能が充実している。眠っている間に造られたオプションなのか、それともトゥルースが独自に集めたものなのか、隠密行動を主とした装備を数多く持っていることが妙に引っ掛かる。


「急ぐぞ。奴はもしかしたら、生存者を虐殺する気なのかもしれないからな」

「虐殺、ですか。それなら安心、ですね」

「……何を言っている?」


 やはり爆発で頭部に損傷を負っているのか。ゾルタンが首根っこを掴んだままのパルジファルへ疑いの目を向ける。


「トゥルースに、虐殺は物理的に不可能、です」

「不可能? それは何故だ。居住スペースには隔壁か何かあるのか」

「いえ、そうではなく。……落ち着いて、聞いて下さい」

「……なんだ」


 何故だか急に改まった様子のパルジファルに困惑する。さっきから妙によそよそしいのは何か言い出しにくいことでもあるのか。


「オービタルリングに、人類は居住していません」

「居住していない? ならどこにいるんだ。まさか、月か。それとも火星に――」

「いえ、違います。そうでは、ありません」


 首を何度も左右に振るパルジファル。しばしの沈黙ののち、ようやくパルジファルが語った内容は、ゾルタンの想像の上をいくものだった。


「人類は滅亡しました」


 二人の旅は続く。

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