第27話 うそつき!

 きしむ体にムチを打ちながらゾルタンは走った。もしかしたらパルジファルから逃げる時よりも本気で走ったかもしれない。関節が過熱しようが異音を立てようが構わず走り続けた。


 シーカには今回の作戦は危険だからと、昨日野宿に使った廃墟で待ってもらっていた。そこなら戦闘の余波を受けることもないと考えて。それがまさか裏目に出る事態になるとは予想していなかった。


 そうして辿り着いた廃墟は異様に静かだった。争っているような物音もしない。もしかしたら追い越したのか、なんて甘い考えはすぐに捨てた。トゥルースはこちらのセンサーの探査範囲から一気に逃げ切れる何らかの高速移動手段を持っている。先に着いていると考えた方がいい。


「シーカ! シーカどこだ!」


 呼びかけるもシーカからの返事がない。

 戸口の壁によりかかり、室内をスキャンする。かすかに何かが動く物音をセンサーがひろい、ゾルタンは右太腿部ふとももから専用拳銃を引き抜いた。いつものアサルトライフルはスクラップになってしまったし、プラズマ砲では威力が高すぎてシーカを巻き込んでしまうかもしれない。補助兵装サイドアームを用意していればと悔やんでも後の祭りだ。

 それに、この専用拳銃であればゾルダートは一撃で破壊できる。


 室内の様子をうかがいながら侵入する。とはいえ、100キロ近い体ではどうしても足音は消しきれない。そしてそれはトゥルースも同じはずだ。微かな音さえ聞き逃すまいとセンサーから弾き出される数値を確認しながら一歩また一歩と廃墟の中を歩いていく。目指すのはシーカがいるはずの寝室だ。

 

『なァ兄弟』


 唐突に聞こえた声に、その方向へ専用拳銃を突き付ける。だがそこにいたのはトゥルースではなく、さきほど破壊したものと同型のドローンだった。そのまま撃ち抜いてやろうかとも考えたが銃弾の再装填さいそうてんを狙うつもりかもしれないし、そのドローンには攻撃手段がないので破壊せず無視することにした。


『会った時からずゥっと考えてたンだよ。なんでこいつはこんなのを連れて旅してンだってなァ』


 音声は廃墟のあちこちから聞こえてきた。どうやらドローンは複数あるらしい。ときおり聞こえる物音、それを立てているのがトゥルースなのか、それともドローンなのか、判断が難しい。慎重しんちょうに一部屋一部屋探して回る。


『あの夜おめェに言っただろ、頭おかしくなってンじゃねェのかってよ。つまりはそういうことだよ兄弟。せっかくあった同胞がそンなザマじゃあなァ。――そういやァ、前にも見かけたなァそんなヤツをよ』


 その言葉に思わず足を止める。


「トゥルース、それはもしかして、植物園にいたTR型のことか」

『あァ? 知ってンのかよ兄弟。死にたい死にたいってうるせェもンで、手足吹っ飛ばしてほっといたンだが、生きていたのかよ。錆び付いて死んでると思ってたぜ』


 間違いない。植物園で会ったトリスタンのことだ。確証を持てないでいたが、これではっきりとした。それならあの腕もイゾルデも、やはりトリスタンのものだったのだろう。


「死んださ。……俺が殺した」

『……。へェ、そりゃお優しいこって』

「シーカに危害を加えればお前も俺が殺す」

『おォ怖い怖い。――っておいおい兄弟、そっちじゃねェぞ』

「ゾルタン!」


 唐突とうとつにシーカの声が響く。それは今しがた誰もいないことを確認した通路からだった。もう一度確認しても、そこには誰もいない、何も見当たらない。

 その何もないはずの場所で、赤い目だけが光っていた。


「ここだよ兄弟」


 そう言ってトゥルースは影の中から現れ出でた。気が付かなかったのは、纏っていたローブが風景に完全に溶け込んでいたからだ。四輪バイクブリュンヒルデと共に喪失そうしつした代物よりも高度な技術で作られた、光学迷彩を備えたステルスローブ。それをまとって影の中にたたずむその姿は、まるで死神のようだった。


「トゥルース! シーカはどこだ!」


 ゾルタンの問いにトゥルースは行動で返した。ローブの前を開いたかと思えば、そこにシーカの姿があった。トゥルースの左腕で首を締めあげられ、苦しそうにもがいている。


「ゾルタン……!」

「シーカ」


 その姿を見て、歯がきしみを上げるほど食いしばる。


「シーカを離せ、トゥルース。さもなくば頭を吹き飛ばす」


 専用拳銃を突き付ける。この距離なら専用拳銃はその効果を十全に発揮し、トゥルースの頭部を貫通できる。それはトゥルースもよく分かっている。なぜなら、ローブの中から出てきた右手には、専用拳銃が握られていたからだ。

 だがトゥルースはその拳銃をゾルタンではなく、シーカの側頭部に押し当てた。


「なァ兄弟。なんでお前、こンなことしてんの?」

「黙れ」


 何のことだ、とは聞き返さなかった。トゥルースが何を言わんとしているのかは分かっていた。何より、シーカに聞かせたくはない話だ。


「こんな世界で、何を希望抱いてンだよ。BtHを昇れば天国に行けるワケでもねェ。ここは地獄なんだぜ? 忘れちまったのか?」

「どうでもいい、銃を捨ててシーカを離せ」

「そうしたらオレは殺さないのか? ンなワケねェよなァ。おめェは撃つだろうな。これのためなら。だからここまで来たンだから」

「5秒数える。いますぐ、シーカを、離せ」

「なァ兄弟よォ――」

「トゥルース」


 専用拳銃の引き金にかけた指に力をめる。


「……わぁったよ、銃は捨てる」

「蹴って遠ざけろ」


 トゥルースはへいへいと専用拳銃を捨てると、それを遠くへ蹴り飛ばした。やけに往生際がいいことに違和感を覚えた。これまでの回りくどいやり口から考えて何か企んでいるのでは、そう思った時だった。トゥルースの左腕の拘束が緩み、シーカがそこから抜け出したのは。


「シーカ!」

「ゾルタン!」


 トゥルースの拘束から逃れたシーカは、わき目も振らずにゾルタンの元へ駆け寄ってくる。そのシーカの手を掴もうと、ゾルタンはとっさに左手を伸ばす。トゥルースの専用拳銃はヤツ自身が蹴り飛ばした。そしてヤツにはそれ以外の武装はない。拳銃を拾うよりもシーカを追いかけるよりも早く、シーカの手を取りトゥルースの頭を撃ちぬける。


 そのはずだった。


「だから、おめェってヤツはさァ――」


 トゥルースの左太腿部が開くところまでは知覚できた。

 気付いた時には、銃声が二度響いていた。


「――――」

「わりィな。実は二挺にちょうあるンだわ」


 本来なら専用拳銃の銃弾が収納されているはずの左太腿部。そこから目にも止まらぬ速さで二挺目の専用拳銃が引き抜かれていた。放たれた弾丸は二発。改造しているのか、それとも自分の知らない試作品か。機体に致命的損傷の警告レッドアラート、右腕部プラズマ発生器と腹部に損傷大。いや今はそんなことはどうでもいい。どうでもいいことなのに思考が定まらない。目の前で起きたことを頭が理解を拒んでいた。


「え?」


 それがどちらが発したつぶやきか、ゾルタンには分からなかった。それよりも何よりも重大なのは、目の前で腕が上腕から千切ちぎれ飛び、ちゅうを舞っていたことだ。ゾルタンの腕ではない。


 今まさに掴もうとしていた、シーカの左腕だ。


「え?」


 ゾルダートさえも貫通する弾丸は、シーカの体を簡単に貫き、破壊していた。撃たれた勢いのままぶつかってきたシーカをゾルタンは抱きとめる。千切ちぎれた腕の断面と腹部の穴、そこから吹き出す赤い液体が衣服を濡らしていく。


「え?」


 だが、そこに見えるのは生々しい臓器や骨ではなく。


 銀色の硬質的な金属のフレームと、樹脂製の無数のチューブだった。


 抱きとめたゾルタンの腕の中、茫然ぼうぜんとした面持おももちで腕の断面に触れるシーカ。過剰かじょうな痛覚は無効化する設定になっているからか、痛がる様子はない。指先に触れた金属フレームの感触に、次第にシーカの表情が震え、歪んでいく。

 その顔から、ゾルタンは視線を逸らすことができなかった。体が震えて動くことすらままならなかった。


「なに、これ、なに?」

「……シーカ」

「ゾルタン、これ、これなに!?!」

「シーカ、シーカ」

「わた、わたし、わたし、人間なのに! にんげん、人間じゃない、これ、人間じゃない!!」


 半狂乱になって傷口をかきむしるシーカを見て、ゾルタンはそれを止めるべく強く抱きしめる。それでもシーカは取り乱したまま暴れ続ける。


「シーカ、聞いてくれ」

「ゾルタンわたしのこと、人間だって言ってたのに! 人間だって!」

「シーカ、頼む、話を――」

「ゾルタンのうそつき!!」


 そう叫んだ瞬間、スイッチを切ったおもちゃのように、シーカは唐突に意識を失った。著しい機体の損傷と精神保護のために、強制的に機能停止ねむらされたのだろう。


 シーカを抱きとめたまま、ゾルタンは膝から崩れ落ちた。ずっと恐れていたことだった。決して知られてはならない事実だった。目的を果たすその時まで、いや果たしたあとでさえ絶対にシーカに気付かれてはならない、秘すべき真実だった。

 トゥルースはシーカを抱きしめながらゾルタンに憐れむような視線を送っていた。


「その少女型ロボットガイノイドに死んだ女の影でも見てたのかよ。生き残った同胞がそんな連中ばっかで呆れ果てるぜ。忘れちまったのかよ、オレたちは兵器になったンだぜ? この体になった時から好き合ってるヤツと結ばれることなンざ、永遠にできやしねェってのに。いつまでも人形遊びしてんなよ、兄弟」


 その一言にゾルタンは、全身機械化改造兵士マシーネンゾルダート量産汎用タンホイザー型被験体593号は、同型のサイボーグを怒りの眼差しで睨みつけた。


「トゥルース――!」


 二人の旅は続く。

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