第26話 じゃくてん?

 爆発の規模は予想以上だった。

 四輪バイクブリュンヒルデ水素電池パワーセルに残されていたエネルギーは、本来の半分以下。それでもなお、パルジファルの保有していた核弾頭を上回る爆発を見せた。ゾルタンは爆発の直前に受け身の体勢をとってはいたものの、それでも荒れたアスファルトの上を数十メートルも転がる羽目になった。機械の体でなければ今頃全身打撲か、骨をいくつも折っていただろう。


 手にしていたアサルトライフルは各部が歪みもう使い物になりそうもなかった。それを惜しく思いながらも捨て去ると、ずれた軍用ヘルメットシュタールヘルムの位置を直しながら起き上がる。


 数十メートル前方では、もはや原形さえ分からない金属の塊が燃え上がり続けている。すぐそばにはパルジファルの翼らしき残骸が転がっていた。間違いなくパルジファルは撃破できたようだ。


 体のダメージ状況をチェック。自己診断の結果はいつも通り、小規模の不具合ありオールイエローだ。気にする必要もない。致命的問題さえなければ動くことはできる。

 そういえばさきほどからトゥルースがやけに大人しい。


「トゥルース、お前は無事か。……トゥルース?」


 呼びかけても返事がないことをいぶかしみ周囲を見渡す。だが同じように吹き飛ばされたはずのトゥルースの姿はどこにもなかった。まさか爆発に巻き込まれたのか。そう思った矢先に、それはゾルタンの眼前に現れた。


 ――BtHへ向かう途中で見た偵察用ドローン? なぜこれが今ここに……?


 最初に目撃した時と同様、姿は見えてもセンサーでは探知できない。何故今さらこれがここにいるのか。ゾルタンの疑問は、その目の前のドローンから発せられた音声で解消された。


『よォ兄弟、やったなァ。ついにあのデク野郎をぶっ壊すことができた。オレ一人じゃあできなかった、おめェがいてくれて助かったぜ』

「その声、トゥルースか。お前無事なのか、どこにいる、なぜ姿を見せない」


 ノイズ交じりではあるが、その声は間違いなくトゥルースのものだった。だがなぜドローンを介して会話しているのか、そもそもなぜこのドローンの存在を黙っていたのか。ゾルタンの問いかけに、ドローンはトゥルースのかすれた笑い声を流しながらゆらゆらと揺れる。


『ずっと困ってたンだよなァ、かれこれ一週間ってとこか。あのデク野郎をどうにかできねェもんかって、試行錯誤しまくってたンだが』

「一週間? お前は俺がBtHへ来たとき――」

『オレとパルジファルがドンパチ始めようとしてたときに、タイミングよくおめェがやってきた……なンてことあるわけねェだろうが。おめェが来るのが見えたから仕掛けたのさ。オレと共にパルジファルを破壊するよう仕向けるためにな』

「なぜ、そんなことをわざわざした。パルジファルはBtHの守護者で、俺たちが近づくことをよしとはしなかった。だから攻撃されたんだろう」


 出会った時から感じていた違和感、疑念がどんどんと膨れあがっていく。今この場に姿が見えないのはなぜなのか、そしてここにいないのならどこにいるのか。


『そう、守護者であり、管理者でもある。そんなのがいてくれちゃ困るンだよ、オレの目的の邪魔になっからな。あのデク野郎、実は話せば分かるヤツだったンだぜ? おめェの事情を話せばすんなり通してくれたかもなァ。――まぁ、背後から撃ち落とそうとしたらさすがにキレちまったけどな』

「どういうことだ。パルジファルが俺たちに対して敵対的だったのは、お前が攻撃を加えたからだったということなのか」


 そこで思い出すのは、先日聞いたトゥルースとパルジファルの遭遇時の話。あれで二点引っ掛かることがあった。それまで乗り物として利用してきたイゾルデを、なぜパルジファルの探知圏外に隠してステルスローブをまといBtHへ接近したのか。そして、なぜパルジファルはゾルタンをトゥルースの仲間だと断定して警告なしで攻撃してきたのか。


 それは今トゥルース本人が言った通り、パルジファルに見つからずに接近し、攻撃を加える為だったのではないのか。そしてもしそれが失敗しても、ゾルタンたちを巻き込んで逃亡するか、再度挑むつもりだったからではないか。


『うすうす気づいてただろ。だからあの夜、オレを撃とうとしたんじゃねェのかよ。……ともかく、共同戦線はこれで終わりだ兄弟。パルジファルを潰した今、次に邪魔になるのは兄弟、おめェなンだわ』


 トゥルースははっきりと敵対を宣言した。そのことには意外と衝撃は感じなかった。心のどこかで、最初からトゥルースのことを疑っていたのかもしれない。


「だが待てトゥルース。俺たちが争う必要がどこにある。騙されていたことを何とも思わないわけじゃないが、俺たちが争っても何の意味も――」

『あるンだよ、それがさァ。オレたちの目的は相反あいはんするもンだからな』


 ゾルタンはそれを聞いて、トゥルースがBtHを昇る理由をずっと聞かずにいたことに気付く。守護者であり管理者であるパルジファルを撃破したうえでなければならない目的。それは――。


『おめェはBtHを昇って、オービタルリングにある技術を使いたいんだろ。オレの目的は――まァいいや』


 肝心かんじんの部分を言わず、トゥルースはけらけらと笑う。だが言わずともゾルタンには分かった。止める者のいない状況で果たそうというのだ。その目的は、BtHを守るパルジファルにとって許しがたい、破滅的な未来をもたらすものなのではないか。


『なァ兄弟、ちィとばかし平和ボケしすぎだろ。あんなのと一緒にいて頭がどうかしちまってンじゃねェのか。オレからすりゃ、今のおめェの頭をブチ抜くなンてな朝飯前よ。何だったらパルジファルを撃墜した瞬間にだって出来たぜ。だけど、それじゃあ面白くねェよなァ。パルジファルには弱点らしいもんはなかったが、おめェにはある。そいつを突っついてやりゃ、おめェも自分がゾルダートだってことを思い出すだろ』

「俺に、弱点……?」


 弱点なんてものはない、そう答えようとしてはたと止まる。いやある。どうしようなく、致命的な弱点が。そしてその弱点は、今ここにはない。

 胸騒ぎがしたゾルタンは、ドローンからの音声を解析する。音声に含まれるノイズ、これは周辺で起きた核爆発の影響だけのものではない。これは――。


 ――風の音、移動しているのか。それも高速で。


「トゥルース、お前は今どこにいる、いや向かっている」

『そりゃあもちろんBtHへ一直線に――』

「ウソをつくな。お前が向かっているのはそこじゃない」

『……なんだ、分かってンじゃん。おめェの弱点のとこだよ』


 トゥルースがそう答えた瞬間、ゾルタンはドローンへ拳を叩きこんだ。大きくひしゃげ、回転翼ローターが破壊されたドローンはアスファルトの上を転がる。そのドローンから聞こえる笑い声を背にゾルタンは走り出した。トゥルースが向かっている場所の予想はついている。シーカが待機している廃墟だ。

 シーカが危ない。


 二人の旅は続く。

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