第25話 べすとぽじしょん!

「トゥルース、準備はいいか」

「あいよォ、問題ねェぜ。……しかし兄弟よォ、本当にこんな作戦であいつを倒せンのか?」

「ああ。問題ない」


 ――半ば運次第ではあるがな。


 その一言は声には出さず、胸の中で独り言ちる。もし言ってしまえば、トゥルースはこの作戦に乗ったりはしなかっただろう。


 パルジファルと相対した翌日。ゾルタン達はBtH周辺にある高層ビル群跡地あとちに来ていた。ビルのほとんどは倒壊し、残っているものも今にも崩れ去りそうだ。ここがパルジファルとの決戦の地だ。奴に勝つには、この地形がどうしても不可欠だった。すでに仕込みは済ませてある。あとはパルジファルをここにおびき寄せるだけだ。


 わざわざBtHの前まで行って誘い出す必要はない。そもそも、ここまで引き連れてこようとすれば奴は追いかけて来ずにその場に留まるか、追いかけてきたとしても道中で核グレネードランチャーの餌食えじきになる可能性が高い。奴が無視しきれず、ここまで飛んでくるようなことをしなくてはならない。

 すなわち――。


 ゾルタンは右腕をBtHへと向けて伸ばすと、その手を強く握りしめた。まるで遠くに見えるBtHをつかみとるかのように。


「プラズマカノーネ、起動」

『プラズマ砲起動』


 天を貫く塔へと伸ばした右腕が変形し、砲の形に変わる。


「目標、BtH。誤差修正、左に1度。自動追尾解除。手動にて射撃」

『目標、BtH。誤差修正、左に1度。自動追尾解除。手動にて射撃。――装填完了。撃てます』

発射フォイア


 その言葉とともに、ゾルタンの右腕から青白い光の奔流ほんりゅうが放たれる。それは流星のごとくまっすぐに伸び、BtHのすぐそばをかすめていった。


 外れたわけではない。元より当てるつもりもなかった。だがそうではないと判断した者が一人、いや一体いた。砲撃の直後、BtHから一つの影が飛び出したかと思えば、それはだんだんと大きくなっていく。まっすぐゾルタンたちへ向かって飛行するその物体は、見間違えようはずもない。BtHの守護者たるパルジファルだ。


「また貴方たち、ですか」


 パルジファルはゾルタン達の頭上で滞空たいくうしながら、やれやれという風に肩をすくめて見せた。また性懲しょうこりもなくちょっかいをかけにきたのか、そう言いたげに。その態度は明らかにゾルタンたちを侮ったものだった。目の前の二体は自分の敵ではない。そう考えているのだろう。


「ふたたび、警告、します。貴方がた、自律型戦闘兵器が、国際軌道エレベーターへ接近することは、国際条約により、禁止――」

「あァ、うるせェ。てめェはここでち果てやがれ、デク野郎」


 昨日と同じ警告。それをトゥルースは遮り、専用拳銃を突き付けた。それにならうように、ゾルタンもまたアサルトライフルをパルジファルに向ける。


「ああ。俺たちの行く道をはばむな。邪魔をするなら撃ち落とす」

「……仕方がありません、ね。警告を無視、するのであれば、実力で、排除します」


 そう言うと同時に、パルジファルは右手に持っていた槍状の武器、核グレネードランチャーを振るった。ワインのコルクを抜いたような少し間の抜けた音と共に、恐るべき破壊と毒を撒き散らす死神が射出された。

 この時、ゾルタンは自分の命の危機よりも昨日の作戦会議のことを思い出していた。今回の作戦は、パルジファルの三つの機能に着目しゾルタンが立案したものだった。


『第一に、パルジファルの武装だ。お前が聖槍と呼んでいた核グレネードランチャーだが……あれを撃ってるところを見たか』

『見たどころかどかどか撃たれながら逃げてたよオレは。ありゃあ確かに強力だ。だが推進装置なくして小型化してっから、ランチャー側の発射機構に頼るしかねェし、撃ったら撃ったであの爆発だ』

『あいつ自身も巻き込まれないよう、爆発が収まるまでは近づけない。攻撃すれば隙ができるということだ。あれをまず凌ぐことが第一だ』


 とはいえ、直撃すれば死はまぬがれない。ゾルタンは怖気おじけづかず冷静に、それに応じるように腰に下げていた手榴弾のピンを引き抜くと、勢いよく頭上へと投げた。

 落下する核弾頭と投げられた手榴弾が空中で交差したその瞬間、手榴弾が爆発した。その爆発に巻き込まれ、核弾頭が誘爆を起こす。計器がガリガリと耳障みみざわりな音を立て、頭の中を引っ掻き回す。


「後退――!」


 合図と共に二人して全力で別方向へ走り出した。無論、逃げ切れる訳がない。パルジファルが背中に装備しているのは、航空支援ローエングリン型の専用装備と同型かその改良型だろう。原形機のそれが最高速度マッハ2に達する代物なのだ。走って逃げ切れるとは思っていない。


 爆発が収まるとすぐにパルジファルが追いかけてきた。ゾルタンの方をだ。プラズマ砲に今の行動、危険度が高いのはゾルタンの方だとパルジファルは判断したようだ。アサルトライフルを斉射しながら逃げるゾルタンに向かって、第二射を放たんとパルジファルが槍を振り上げた。


 ――間に合うか、いや間に合わせなくては……!


 さっきのような無茶な迎撃はそう何度も通用しない。ゾルタンはスモークグレネードを投げながら半壊したビルの中へ逃げ込んだ。背後で凄まじい爆音と爆風が起こり、ビル全体がきしみを上げる。爆風にあおられてゾルタンはビルの床を転がるも、なんとか反対側の出口まで辿たどり着いていた。直後にビルの一階が押し潰れ、ビル全体が傾いでいく。


 あまりにも過剰かじょうな火力だ。ゾルダートは本来、歩兵の代わりとして製造されたものだ。決して戦闘機や、ましてやヒーローのような活躍を期待されている訳ではない。あのパルジファルの設計思想は、およそ戦争で運用することを考えていないかのようなデタラメなものだった。あれでは他の兵器とも運用は出来ないし、さりとて大軍を相手にできるほどの性能は見込めない。いっそ核ミサイルを使った方が手っ取り早い。


 ゆっくりと倒壊していくビルの上から、悠然ゆうぜんとした様子で滞空たいくうするパルジファルの姿が見えた。焦りもせず、勝つことに執心しゅうしんしている様子もない。完成されたマシーネンゾルダートには、そんな感情はないのだろうか。


 パルジファルの楕円の目が輝いたかと思えば、ゾルタンの胸元に赤い光が灯っていた。先日と同じ、レーザー照準。つまりはミサイルが飛んでくるということ。


『第二に、パルジファルの索敵機能だ。パルジファルはBtHの防衛装置として機能はしているが、BtHそのものからデータ的バックアップを受けているわけではないようだ。その証拠にBtHのすぐそばまで近づいていた俺を、わざわざレーザー照射でロックオンしてきた』


 ゾルダートは本来、長距離攻撃を行う際は人工衛星からの支援を受ける。レーザーによるロックオンはあくまで緊急時のものに過ぎないはずなのに、パルジファルはそれを使用した。そしてスモークグレネードで視界を遮られたことでミサイルを外している。このことから――。


『あのデク野郎は人工衛星の施設から支援を受けてねェってことか。索敵能力は大して高くねェンだな。それじゃあなンでオレのことは探知できたンだ? ステルスローブ着てたンだぜ?』

『いや、ステルスローブ自体は十分機能していたはずだ。他の暴走ロボットがもっと離れた距離で破壊されているにも関わらず、お前が至近距離に近づくまで警告を受けなかったのは、ステルスローブでその存在を探知できなかったからだ』


 ゾルタンとトゥルースが路地裏に隠れたとき、わざわざゾルタンたちの目の前に降り立って警告してきたが、あれは警告するためだけではなく、あの距離まで近づかなければローブ内に隠れ潜むゾルタンたちを見つけ出せなかったのだろう。


 てっきり道中で見かけたドローンがそれを補うためのものかと思っていたが、どうやら見当違いだったらしい。もしくは、あれの持ち主は別にいるのかもしれない。


 不意に銃声が響き、パルジファルから少し離れたところを何かが通過した。パルジファルからは死角となる物陰に、専用拳銃を構えた銀色の腕が見えた。トゥルースだ。


「あァクソが、まったく当たんねェなクソが!」


 悪態をつきながら次弾を装填そうてんするトゥルース。その動きは傍目はために見ても見事なもので、隙と呼べるほどの間もないほどだった。再び放たれる弾丸。だがそれも狙いとは大きく外れてあられもない方向へ飛んでいく。レーザー照射を中断し、パルジファルが煩わしげに高度を上げて退避する。


 決してトゥルースの射撃センスが悪いわけではない。専用拳銃の弾丸は、銃口から飛び出すと同時に二次加速を開始する。その加速時に、どうしても弾丸の進行方向がぶれるのだ。距離を開けられるとまず当たらない。


「無駄、です。貴方たちでは、私は破壊、できません」


 ゾルタンたちの武装の中で、パルジファルへ有効打を与えられそうなのは専用拳銃とプラズマ砲くらいなもの。だが、パルジファルは専用拳銃の特徴を理解しているのか一定の高度を保ってトゥルースから距離を置いている。プラズマ砲については撃つには足を止めなくてはならず、パルジファル相手にそれは自殺行為だ。立ち止まっている間に核弾頭で吹き飛ばされるのがオチだ。


『第三にパルジファルが飛行を可能とすることだ。飛行しているというのはそれだけでも脅威だ。三次元的な機動性に速度に高度。地上からでは撃墜は困難だし、立ち止まって狙えばこちらがいい的だ』

『おい兄弟、それじゃどうやって撃ち落とすンだよ』

『だがだからこそ隙が生まれる。地上にいる敵を相手にしている時、どうしても注意が疎かになる方向がある。それは――』


 ゾルタンとトゥルースは互いに目配せすると、再び逃走を再開する。罠を張った場所まで、精確に誘導しなくてはならない。

 パルジファルはバラバラに逃げ出すゾルタンたちのどちらを追うべきか悩んだようだが、二人が左右を高層ビルが立ち並ぶ大通りへ逃げるのを見て、迷うことなくその大通りへと飛び込んだ。最早自分の相手ではないと判断し侮っているのだろう。パルジファルの侵入を確認したところで、ゾルタンたちは足を止め、罠を起動した。


「押し潰れやがれ!」


 トゥルースのその言葉に呼応するように、パルジファルの左右にそびえていたビル、その基部で爆発が起きた。手持ちの火薬を使い、ビルの主要な柱を爆破するよう細工していたのだ。ビルはパルジファルを巻き込むように倒壊しはじめる。


「……ずさんな、作戦です、ね」


 パルジファルは呆れたようにそう言うと、槍を持っていない左腕を無造作に頭上に振るった。青白い光が走った、そう思った瞬間には、パルジファルに向けて倒壊していたビルは無数のかたまりに切り分けられ崩れ落ちていくところだった。


 ――プラズマ発生器、やはり搭載されていたか。俺たちのものよりも性能はいいようだな。


 ガレキを躱しながら、パルジファルが距離を詰めてくる。無論、高度は維持したままだ。左右に残されているビルへ視線を向け、肩をすくめて見せる。


「このビルも、倒します、か?」

「ああ、そうしようか?」


 そうゾルタンが答えると同時にビルの一階で爆発が起こる。だがそれは囮だ。倒壊させるには至らない。その爆発と共にビルから飛び出したもの、トゥルースのイゾルデへの反応を遅らせるためだ。パルジファルのいる高度とちょうど同じ階から飛び出したイゾルデは、真っすぐにパルジファルへ向かって突っ込んでいく。


「不意を突こう、という魂胆こんたん、でしたか。ですが、あまりにも、遅い」


 飛び出してきたイゾルデをパルジファルはなんなくかわすと、すれ違いざまにプラズマ砲で両断し破壊した。

 これでチェックメイト。そう思っただろう、パルジファルは。

 だがゾルタンたちは逆に落ち着いた様子でその場にたたずんでいた。


「お、いい位置じゃん」

「ああ、いい位置だ」


 ベストポジションだった。調整が必要かと思って掲げていた武器を二人して下ろし、パルジファルを見上げる。

 正確には、そのさらに頭上を。


「これが秘策ですか。こんなもの、でっ――!?」


 パルジファルの言葉は最後まで発されることはなかった。その背に超重量の物体がし掛かってきたからだ。

 それは、トゥルースのステルスローブを被せた四輪バイクブリュンヒルデだった。


 全ては賭けだった。


 パルジファルをこの高層ビル群までおびき寄せ、注意を完全に下に向けた状態で、ステルスローブでおおった四輪バイクブリュンヒルデをビルの屋上から自由落下させて叩きつける。接近を感知した時にはもう遅い。まさかパルジファルも、ゾルタンたちが高層ビルの屋上までモンスターバイクを押して運搬していたなど、考えもしなかっただろう。


 全重おおよそ八百キロ、自身の六倍以上の超重量が背に乗ってきては飛んで逃げることもままならないはずだ。身動きも取れないまま、地面へ向かって落下していくパルジファル。このまま地面に叩きつけるだけでは、あのゾルダートの完全破壊は見込めない。もう一手が必要だ。


「ブリュンヒルデ、自爆シークエンス開始」

『自爆シークエンス開始。実行しますか?』


 四輪バイクブリュンヒルデの無感情な電子音声が頭の中に響く。時間にして一秒にも満たない程度。共に荒野を駆けてきた相棒、その最期を思う。


 ――さらばだ、ブリュンヒルデ。お前は最高の相棒マシンだった。


「自爆」

『Good Bye』


 ゾルタンが指示すると同時に四輪バイクブリュンヒルデは動力ブロックから白い光を放ち、次の瞬間大爆発を起こした。


 二人の旅は続く。

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