第22話 パルジファルとトゥルース!

 不意打ち気味に現れた同胞どうほう、それも同型機たるTA型ゾルダートを前に、ゾルタンは半ば放心して立ち尽くしていた。


「おいおい兄弟、聞こえてんのかァ? いいから黙って身を隠せってんだよ、ほら」


 同型機はそう言うとまとっていたボロ布を脱ぎ去り、それでゾルタンと自分をおおい隠した。言われるがままにその布に隠れるゾルタン。表面からは判断がつかなかったが、布を纏った後にセンサーから得られる情報が格段かくだんに落ちたところを見るに、このボロ布は一種の迷彩機能を備えたもののようだ。


 二人してその布の下でじっと待ち続ける。路地の表にはまだあの天使がいるはずだ。このままやり過ごせるかは分からないが、現状これ以外の手立てがない。


 ――あの天使も、俺達の同胞なのか。


 まるで見覚えのない型式のゾルダート。とっさのことで胸元にあるはずの型番も確認できていないが、あんな装飾華美かびなゾルダートがいれば忘れるわけがない。それならば自分達には知らされていない特務とくむ仕様か、終戦直前に製造された新型かともゾルタンは考えたが、それでは新たな疑問が残る。


 あのゾルダートは、あまりにも綺麗だった。装飾のことではなく、状態がだ。どれだけ戦闘を避けたとしても、年月による損傷が少なからず出てくる。色褪せ傷つき、劣化していく。だがあのゾルダートは、まるで製造直後のように真っ新だった。


 すぐ横にいる同型機へとゾルタンは視線を向ける。ボロ布を纏っていた時は気付かなかったが、同型機は体のあちこちに改造を施しているようだった。前面を中心に装甲を増加し、手足の片方には別のゾルダートのものを使っている。首に巻いた無数のアクセサリーはネックレスや指輪、イヤリングなど様々だ。中にはドッグタグらしきものもある。型番を確認しようと胸元を見るも、増加装甲で見えなくなってしまっていた。


 ゾルタンが見ていることに気付いたのか、何見てんだよという視線を返す同型機。その格好も態度もまるで見覚えがない。少なくとも、ゾルタンのいた前線基地にはこの同型機はいなかった。


《聞きなさい》


 突如として頭の中に大音量で響いた声に、思わずひたいを抑えうずくまるゾルタン。それはどうやら同型機も同じようで、頭を抑えてうめいていた。


 ――外部音声じゃない、こちらの通信システムに無理矢理割り込んでいるのか……?!


《当機は、機体番号PAー001、パルジファルです。国際軌道エレベーター二号基ビヨンド・ザ・ホライゾンの、守護と管理の役目を、一任されています》

「PA-001……?」

「パルジファルだァ……?」


 ゾルタンと同型機は同時に疑問の声を上げる。PA-001、パルジファル。そんなゾルダートの存在を聞いたことがなかったからだ。少なくとも戦時中には存在していなかった。

 つまり。


 ――戦時中、特務を果たすために作られたか、戦後に製造されたゾルダートだということか?


《これは、警告、です。貴方がた、自律型戦闘兵器が、国際軌道エレベーターへ接近することは、国際条約により、禁止されています。貴方がたの行為は、重大な違反行為、です。ただちに、この区域から退去して下さい。これは警告です、――》


 警告文を抑揚のない声で繰り返す天使改めパルジファル。どこにいるのかはゾルタン達のいる場所からでは分からないが、今も周辺を飛行しているはずだ。


 この現状にゾルタンは内心焦りを覚えていた。あのパルジファルが言う区域が、どこまでを差しているのか。今シーカは四輪バイクブリュンヒルデに乗ってここから数百メートル離れた位置にいる。先ほどの爆発で自動操縦で離れていきつつあるはずだが、果たしてパルジファルはそれを見逃してくれるだろうか。

 黙ってボロ布から抜け出そうとするゾルタンの腕を、同型機が掴んだ。


「おいおい待てよ、どうするつもりだ兄弟」

「この近くに連れがいる。パルジファルに捕捉される前に俺がおとりになって引き付ける」

「あァ? 連れだァ? 他にも生き残りがいンのかよ?」

「ああ。大事な連れだ。俺が守らなくてはならない」

「守るだァ? そりゃなん――」

「警告しています」


 会話に割って入ったその声は、頭の中ではなくすぐ目の前で聞こえた。そこからのゾルタンと同型機の動きは速かった。示し合わしたかのようにボロ布を跳ね除けると、互いに手にした銃器を眼前へと向けていた。

 ゾルタンはアサルトライフルを、そして同型機はいつの間に取り出したのか、ゾルダート専用拳銃を。


 銃を向けた先、そこにいたのは間違いなくパルジファルだった。センサーの探査を妨害する布に包まれていたというのに、パルジファルにはゾルタンたちの位置はつつ抜けだったようだ。


「警告します。ただちに、この区域から、退去して下さい。退去しない場合は、武器による排除を、実行します」

「――ッ、おい兄弟! あいつを見ろ!」

「なんだ……?」


 右手で専用拳銃をパルジファルへ向けたまま、同型機が左手でゾルタンの肩を叩く。それをわずらわしげに払いのけながら、ゾルタンはパルジファルを観察する。先ほどは一瞬しか見えなかったが、改めて見るとその外見はゾルダートと似て非なるものだった。部品一つ一つが既存のゾルダートのものとは微妙に形状が違う。さらに言うなら、ただ形状が違うだけではなく、素材そのものも変えられているようだ。

 それはまるで――。


「オーダーメイドの一点物のようだな、こいつは。量産性を度外視したハイスペックモデルとでも――」

「あァ? そこじゃァねぇよバカ! センサー働かせてよく見やがれッ!」

「……? ――……これは、まさか……」


 言われるがまま目の前のパルジファルをスキャンし、そこから算出された結果にゾルタンは驚愕きょうがくする。


「こいつ、でできてやがる」

「……そのようだな。あの技術、完成していたんだな」

「オレたちとは違う、真のマシーネンゾルダートってこった」


 同型機がそう言っている間に、ゾルタンの意識は目の前のパルジファルから今は死角にあるビヨンド・ザ・ホライゾンへと向けられていた。あそこにはこのパルジファルを製造した技術が、真のマシーネンゾルダートを完成させるためのあの技術が存在している。

 だとするならば。


 ――何が何でも、俺はBtHへ行かなくてはならない。


 そのためには、今目の前にいるパルジファルを排除しなくてはならない。

 そのためには――。


「警告を聞き入れ、ただちにこの区域から、退去して下さい」

「何度も何度も何度も何度もうるせェなァ、デク人形がよォ。てめェの頭に風穴空けて――」

「了解した」

「……はァ?」


 ゾルタンが発した言葉に、信じられないといった様子で視線をゾルタンへ向ける同型機。パルジファルへと向けていた専用拳銃の銃口も下がり、口をぽかんと開けている。


「警告に従い、この区域から速やかに退去する。行こう同胞」

「は、はァ?!」


 同型機がそれ以上何かを言う前に、専用拳銃を持つ右腕を掴んで路地裏から出る。パルジファルの横を通り過ぎる間も、同型機がちょっかいを仕掛けないよう距離を置きながら。


「おい兄弟、正気か? それとも放射線で頭おかしくなったのかァ、おい? あのガラクタの言うこと聞いてはいそうですかって逃げ出すってのはどういう了見だよ、あァ!? オレらはあいつにぶっ飛ばされかけてんだぞ、それを――」

『落ち着け』


 いきどおりをあらわにする同型機を、接触回線でなだめる。パルジファルの収音センサーがどれほど高性能かは分からない。聞かれる危険をおかさないためだ。


『あの状態では俺たちに勝ち目はなかった。倒すとしても、準備が必要だ。あれは正面きって勝てる相手ではない。作戦を練って、確実に倒す』

『あ? ……あァ、そういうことかよ。てっきり臆病おくびょう風に吹かれちまったのかと思ったぜ、オレァよ』


 ゾルタンたちが離れていくのを、パルジファルはずっと監視していた。どうやら言っていたことはウソではなかったようだ。BtHに近づかない限りは、攻撃してくるつもりはないらしい。


 1キロ近く離れた辺りでようやくパルジファルの監視は解かれた。機械仕掛けの翼を広げ、ほとんど音も立てずにBtHへ向けて飛び去って行く。その様子に二人して肩を下ろしため息をついた。


「はァ~あァ~、厄介なヤツに出くわしちまったが、まぁ兄弟にも会えたからよしとするかァ。そんで、おめぇの連れってのはどこだよ」

「ああ、この近くだ。紹介する。……あ」


 そういえば、とゾルタンは気付く。まだ同型機の名前を聞いていなかったことに。


「まだお互い名前も知らなかったな」

「あァ、あんな出会い方じゃァなァ」

「俺は、ゾルタンだ」


 そうゾルタンが名乗った瞬間、同型機はぽかんとした顔で立ち止まった。


「――はァ、ゾルタン?」

「連れがつけた愛称のようなものだ。……変か」

「……いいやァ、いい名前だと思うぜ」


 ちゃりちゃりと首元のアクセサリーをいじりながら、ゾルタンへじろじろと無遠慮な視線を向ける同型機。その様子に奇妙なものを感じつつも、ゾルタンは同型機へたずねた。


「それで、俺はお前をなんて呼べばいい」

「オレか? オレは……どうしようかねェ」


 同型機は首をかきながらしばし空を見上げ、やがてこう名乗った。


「トゥルース。オレの名はトゥルースだ。よろしくなァ、ゾルタン」


 トゥルース。真実を意味するその名を名乗り、同型機改めトゥルースはかすれた声で笑ってみせた。


 二人の旅は続く。

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