第21話 もうひとりのゾルタン!

 国際軌道エレベーター。

 それは新世紀初頭に複数の国家によって建造された、超大型輸送施設だ。

 軌道エレベーターの開発は、それまではスペースシャトルを使用しなければ出来なかった地球と宇宙との行き来を容易なものとし、宇宙開発を飛躍的なまでに発展させた。

 その文字通り天へと届く長大な姿は、国と国が手を取り合ってできた平和の象徴であり、そして人類の進むべき未来を示す道標みちしるべだった。


 そのはずだった。


 だが、その一号基オーバー・ザ・レインボウがテロ攻撃によって破壊、基部を支えていたメガフロートごと太平洋へと没したことが、その平和と未来に致命的な亀裂きれつを生んだ。

 倒壊した軌道エレベーターによって大規模な地震と津波が引き起こされ、太平洋に面する国々、特に島国は致命的なダメージを負った。メガフロート上にあった先進都市の住人、そして災害を被った人々、多くの命が失われる結果となった。


 そこから先は――。


「ゾルタン、ねぇゾルタンってば!」


 その声にゾルタンは、いつの間にか考え事に没頭していたことに気付いた。背中にぐりぐりと押し付けられるシーカの頬と軍用ヘルメットの感触を感じる。


「まだつかないの、ビヨンド・ザ・ホライゾンに」

「ああ、まだだ」

「ずっと見えてるのに走り続けてもぜんぜんつかないよ!」

「ああ、かなり大きいからな。もう少し走らないとつかない」


 軌道エレベーターは戦前に建造された建築物の中でも、その長大さと巨大さにおいて史上最大の規模を誇る。あまりにも巨大なので、比較対象がなければ遠近感覚がおかしくなって距離も把握はあくできなくなる。


 ゾルタンたちが今走っているのは、かつては先進都市と呼ばれていた廃墟だ。軌道エレベーター周辺に造られた街で、有力者や金持ちの住むリゾート地のような区画と、エレベーターの運行に携わる技術者や管理会社の社員達が住む区画に分けられる。


 今となってはどちらも似たような有様だ。高層ビルは軒並み崩れ、かつては緑が生い茂っていたであろう公園はかさついた大地がむき出しになり、かつては軌道エレベーターの姿を映していただろう無数の人口池も今は干からびてしまっている。


 だがゾルタンにとって気がかりなのは、それらの中に点在する無数の暴走ロボットアンチェインの残骸だった。いまさらロボットの残骸が転がっていることなど大して珍しくもない。今のこの世界ではよく見かける光景だ。


 問題なのは、その残骸のいずれもが原形を留めないほどに破壊されていることだ。それも上半分が内部から破裂したかのように四散している。前面や側面に弾痕などは見当たらず、どうやら真上から一撃で装甲を貫通し内部から破壊したようだった。それも使用されたのはただの弾頭ではない。先ほどからゾルタンの頭の中でガリガリと放射線の警告音が響いている。


 ――超小型の核弾頭……? そういえば、そんな話をどこかで――。


 その記憶を探ろうとしたところで、不意にシーカに背中を叩かれてゾルタンは考え事を中断した。


「ねぇゾルタンゾルタン」

「どうした、シーカ」

「何か飛んでる」

「なに?」


 そう言ってシーカが指さす方向へ、ゾルタンは半信半疑で視線を向ける。


「ドローン……?」


 シーカの言う通り、そこには小型の機械が浮いていた。四つのローターで浮遊する機械、それも偵察用のドローンだ。

 センサーには何の反応もなかった。データ上はそこには何も存在していない。ドローンはゾルタン達に気付かれたことを察してか、機敏きびんな動きで逃げ去っていく。向かう方向は軌道エレベーターの方角だ。


 何かがある。そう直観したゾルタンは、四輪バイクを停車させる。降車しアサルトライフルと数種類の手榴弾グレネードを手に取る。どんなものが待ち構えているかは分からないが、今はこれが最大火力だ。


「シーカ、ここで待機だ。先へ進んで様子を確認する」

「りょーかい! いってらっしゃい、ゾルタン」

「ああ。――ブリュンヒルデ、自動操縦で100メートル後退。戦闘発生時は安全圏まで離脱しろ」

『了解。自動操縦起動。100メートル後退後、戦闘発生時は安全圏まで離脱します』


 シーカを乗せた四輪バイクがゆるゆると後退していくのを見送ると、ゾルタンは軌道エレベーターへ向けて走り出した。

 軌道エレベーターの方へと逃げた先ほどのドローンは、高度なステルス性を有していた。シーカが見つけられたのは本当にただの偶然なのかもしれない。ゾルタンたちゾルダートのセンサーを騙せるとなると、技術レベルは戦前のものに匹敵することになる。


 軌道エレベーターまであと1キロといった辺りで、何か光を検知した。ゾルタンはその場に膝をつき、前方へセンサーを集中させる。

 かすかな熱源。それも一つではなく二つ。片方はせわしなく動く、もう片方はずいぶんと高い位置にあった。ビルの上にでもいるのかとゾルタンは最初考えたが、その動きからそうではないと気づく。


 ――飛行している。高度を維持したまま空中に留まっているのか。


 その飛行する物体が何か確かめようと、ゾルタンが再び進みだした時だった。胸元に赤い光が灯ったかと思うと、頭の中に警告音が響く。


 ――……レーザー照準、ロックオンされている!?


 次の瞬間、飛行する熱源から新たな熱源が二つ、ゾルタンのいる方角に向かって放たれた。考えるまでもない、ミサイルだ。


 ――迎撃は、いやダメだ、逃げなくては。


 迎撃するか否かを一瞬で判断する。道端の暴走ロボットアンチェインをあの飛行物体が破壊したというなら、あのミサイルが小型の核兵器である可能性は十分にあり得る。もし迎撃しきれなければ木っ端微塵こっぱみじんに吹き飛ばされることは考えるまでもない。


 所持していたグレネードの一つ、スモークグレネードのピンを迷わず抜くと、前方へと投げ放つ。グレネードから吹き上がる煙に紛れ、ゾルタンはすぐそばで朽ち果てていた乗用車の影に隠れた。間髪入れずにその乗用車の横を通り過ぎたミサイルは、煙を貫いてゾルタンが先ほどまでいた場所へと着弾、爆発した。

 

 爆発は小規模なものだった。放射能の反応もない。そして着弾の直前に見えたミサイルは見覚えのあるものだった。航空支援型のゾルダート、ローエングリン型が装備していたものに酷似こくじしている。


 ――それならあの飛行しているのはローエングリン型か?


 再び爆音が響いた。だが音が遠い。ゾルタンを狙っているわけではない。直前まで相対していたもう一つの方か。ゾルタンが警戒していると、その爆音や振動はだんだんゾルタンの方へと近づいてきた。二体が交戦を続けながらこちらへと近づいてきているのだと気づいたゾルタンは、自動車の影から直近の廃墟まで走り出した。このまま隠れていれば、いずれ二体に見つかってしまう。そうなれば最悪三つ巴の戦いが始まることになるからだ。


 自動車の影から飛び出したゾルタンが目にしたのは、上空を飛行する翼持つ人型だった。その姿は予想していたローエングリン型のゾルダートとも違った。

 確かに飛行ユニットは同じものを装備しているように見えるが、ゾルダート本体は見たこともない形状だった。全身金や銀の装飾を施され白い布でできた衣服を纏い、手には槍状の武器らしきものを携えている。頭部には楕円形のカメラアイ。そのカメラから放射状にラインアイが六つ伸びていて、まるで太陽を思わせる。


 天使、という言葉が脳裏をよぎるが、すぐにそれを振り払う。白銀の翼を持つ機械仕掛けの天使などいないし、もし天使だとしてもこれはどう見ても死を与える系統のものだ。ろくなものではない。


 もう一体の姿が見えないが、立ち止まって探している場合ではない。スタングレネードで目くらましをしようとしたゾルタンだが、それよりも先に天使が動いた。手にしていた槍状の武器を振るったかと思うと、槍の先から何かが射出された。


 閃光。


 次の瞬間、ゾルタンが先ほどまで隠れていた自動車が大爆発を起こした。とっさに防御姿勢をとるが、砕けたアスファルトの上を何度も転がる。爆発の熱も衝撃も半端なものではない、そしてそして響き渡る放射線検知器の警告から射出されたものの正体はすぐに判断がついた。


 ――小型核弾頭。間違いない、この一帯の暴走ロボットアンチェインを破壊したのはこの天使こいつだ。


 あんなものの直撃を受ければひとたまりもない。二発目が撃たれる前に逃げ出さなくては。立ち上がり、廃墟の中を駆け出したゾルタン。

 だがその肩を何者かがつかんだ。天使か、そう思いアサルトライフルを構えようとしたゾルタンだったが、相手は慣れた手つきでライフルの銃口を跳ね除け、そのままゾルタンを廃墟の路地裏に引きずり込んだ。


「離せ、お前はいったい――」

「シィーーーー……。大人しくしろよ、見つかっちまうぜェ?」


 その何者かの姿を見て、ゾルタンは驚愕を隠せなかった。人差し指を口元に当てたその何者かの姿は、よく見慣れたものだったからだ。

 銀色のボディ。丸く赤い単眼。鋭利な刃が並んだ口。ジャラジャラと首に巻いたアクセサリーや体を覆うローブのようなボロ布といった格好の違いはあれど、間違いない。

 それはゾルタンと同型機、TA型のゾルダートだった。


「よォ、兄弟。こんなところででくわすとはなァ」


 そう言う同型機の声は発声装置に問題があるのか、酒で喉をやられたみたいにかすれた特徴的なものだった。


 二人の旅は続く。

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