第20話 待ってる人がいるから!

 見上げるといつの間にか雪が降り始めていた。

 元より極寒の地だとは知っていたが、ここまでとはゾルタンも予想していなかった。爆発からそう時間も経っていないのに、周囲は炎の赤ではなく雪の白に覆われ始めていた。


「以前から気になっていたが、貴様なぜ服を着ている」

「ん、ああ、なぜってそれは……」


 敵ロボットを退けた後、SI-013はやけに慣れ慣れしく話しかけてくるようになった。恐らくはこれが本来のSI-013なのだろう。それは実力を認められたからなのかもしれないが、つい数時間前まで衝突していた相手の変わりように、ゾルタンは戸惑いを隠せなかった。


「これが普通だろう。俺からすれば裸でいるお前らの方がおかしい」

「ゾルダートの身でそんなことを気にするとは、おかしな奴だな貴様は」


 焼け焦げてボロボロの軍服を見せながら答えるゾルタンに、また歯を鳴らして笑うSI-013。ちょうどいい機会だと思い、ゾルタンも問い返した。


「あんたこそ、なんだその笑いは」

「笑い? これか?」

「ああ、そのカチカチ歯を鳴らすやつだ。俺たちゾルダートの音声出力が笑いをうまく表現できないのは知っているが、それは――」

「これは単なるクセだ、生まれついてのな」

「……おかしな奴だな、あんたは」


 ゾルタンがそう言うと、SI-013はわざとらしく笑ってみせた。そんなSI-013を見て、ゾルタンの胸に言いようのない感情が渦巻いていた。


 ――後悔? 悲しみ? なんだ、この気持ちは……。


「そんなことより」


 胸のざわつきはどんどんと増していく。それを振り払わんとして雑談を打ち切り、今一番話すべき問題点を切り出した。


「弾道ミサイルだが、どうやって止めるつもりだ」

四輪バイクブリュンヒルデをミサイル群の中心で自爆させ、基地もろとも破壊する。こいつに搭載された水素電池パワーセルの爆発なら適切な位置で起爆させれば基地機能を使用不能に追い込めるだろう」

「基地にいる防衛戦力はどうする。俺たちだけでは撃滅しきれないぞ」

「全てを相手にする必要はない。自爆の瞬間まで四輪バイクブリュンヒルデが無事なら俺たちの勝ちだ」

「それは……」


 ――それは、その自爆に巻き込まれることに、つまりは自殺行為なんじゃないのか。


「……。恐れはない。元よりこの事態を想定していた。ジークフリート型はそのためのゾルダートだ」


 ゾルタンの言わんとすることを察してか、SI-013は気にするほどのことでもないという風に返す。その様子に、さきほど感じた不安感がどんどんと増大していくのをゾルタンは感じた。


「いや、他の方法を考えよう。四輪バイクテトライクだけ自動操縦で突っ込ませるとか、長距離からさっきのノートン……大型プラズマ砲でミサイルを破壊するとか――」

「確実性がない。いや確実を期すなら、俺の水素電池パワーセルあわせて爆破させる必要があるか。七機の水素電池パワーセル、全て爆発させれば基地は消し飛ばせるだろう」


 ゾルタンの提案とはまるで真逆な、自分の命を何とも思っていないような案を出すSI-013。眩暈めまいさえ覚えるほどの生死観の違い。ただ恐れを知らないだけではない。SI-013は死に対する考え方がゾルタンのそれとは大きく違うのだ。


「あんた、死ぬこととか、戦争が終わった後のこととか、考えてないのか」

「戦争の後だと? ……考えもしなかったな。だがな一兵卒、ゾルダートは国が作った戦闘兵器だ。後などあるわけがないだろう」

「それは……」


 その言葉にゾルタンは黙りこくる。SI-013の言う通りだ。ゾルタンたちゾルダートは兵器、つまりは国の所有物。戦争が終わっても自由にはなれない。

 ゾルダートである限りは。


「なら聞くが一兵卒、お前にはあるというのか、この戦いの後に望むものが」

「ああ、ある。俺には、守りたいものがある。それは……――」


 そしてゾルタンは話した。この戦争の後、自分が何をしたいかを。決して長くはない、些細ささいな願いの話だ。SI-013はその話の間何も言わず、ときおり相槌を打つだけだった。


 すべてを話し終えたところで、四輪バイクブリュンヒルデが急停止した。思わず振り落とされそうになったゾルタンが文句を言うよりも先に、黒銀の腕がゾルタンの襟首をつかみ力いっぱい放り投げた。


「――っ。いきなり何を――」


 降り積もった雪と瓦礫の中に落とされて、体が半ば埋もれるような状態になっていた。そこからなんとか這い出ようとするも、なかなかうまく抜け出せない。


「やはり貴様とは組めん。死地に向かうというのに戦後の話をするなど、臆病者のすることだ」

「臆病者だと」


 その言葉に反論しようと見上げたSI-013の顔は、ゾルタンには心なしかもの悲しそうな表情に見えた。


「ここまでくれば貴様の手助けなどいらん。ここからは俺の戦場だ」

「バカなことを言うな、敵基地に単独で飛び込むなんて、それこそ自殺行為だろうが」

「臆病者を俺の相棒に乗せるわけにはいかんのでな。貴様一人で帰れ」

「何を格好つけようとしてるんだ、二人でなら生きて帰る方法もあるかもしれないだろ!」

「二人とも死ぬ可能性もある」

「それは……!」


 ようやく這い出したゾルタンに、SI-013は笑って返した。


「わざわざ言わせるな。貴様の願い、俺が守ってやろうと言うのだ。だから貴様は死ぬな、生きて帰ってやれ」

「待て、行くな!」


 ゾルタンの制止を振り切り、SI-013は四輪バイクブリュンヒルデを発進させる。


「俺の私物に軍服がある。貴様にならぴったりだろう、くれてやる」


 その言葉を最後に、四輪バイクブリュンヒルデはミサイル基地へ向けて加速していく。もはやゾルタンの足では追いつけない。一人寒空の下に置いて行かれて、見送るしかできなかった。


「そんな独りよがりな、身勝手な善意があるか!」


 どんどんと小さくなっていくその後ろ姿に罵倒を投げつける。

 しばらくして、SI-013の消えた方向から無数の光が見えた。それから間もなく、二つ目の太陽が地中から姿を現し、爆風がゾルタンもろとも全て吹き飛ばした。



「――――!」


 気がつくと、ゾルタンは前線基地の中にいた。

 周囲には誰もらず、異様なほど静まり返っていた。不審に思いながら周囲を見渡し、目の前に小さなトランクが置かれていることに気付いた。


 ――これはたしか、SI-013あいつの私物か。


 あの後、SI-013が見つかることはなかった。欠片の一つさえ。あいつが残したものは、目の前のトランクだけだ。

 開けてみるとそこに入っていたのは、軍服といくつかの写真だった。その写真の一つを手に取る。色せた写真の中で、SI-013あいつが笑っていた。その写真を置くと、何も言わずに軍服に腕を通す。SI-013が言っていた通り、まるであつらえたようにぴったりだった。


 ――……ああ、そうだ。あいつが死んでから、ずっとこれを着込んでいたんだったな。


 ようやく。ようやくゾルタンはすべてを思い出す。ここが何なのか、自分がどこにいるのか、そして果たさなくてはならないことを。

 ゆっくりと歩き始める。向かう先は決まっている。目の前の扉を開けて、向かわなくてはならない。


 彼女の元へ。


 装甲車に乗せられた軍用ヘルメットシュタールヘルムを取って被り、作業台に置かれたアサルトライフルを肩に引っ掛ける。どれもこれも体によく馴染んだ。


「行くのか、ゾルタン」

「まぁ待てよ」

「ゆっくりしていけばいいだろ」

「なぁ」


 同胞たちの声が聞こえる。ゾルタンの腕を、足を、機械の手がつかむ。先へと行かすまいとするように、無数の手が。その一つ一つが誰の腕なのか分かった。ずっと共に戦ってきた同胞たちだ、分からないはずがない。


 戦火とガレキの中で鉄クズと化していった同胞たち。地獄よりも地獄らしいこの世界から旅立った彼ら。同胞たちとの日々は、決して長くはない。ここなら、そんな彼らとまた会える。将軍とも、先生とも、SI-013とも、多くの同胞たちとも。


 ――だけど、ここにはあの子がいないんだ。


 ゾルタンはその手の一つに手を添えた。引き剥がすためではなく、労わるようにそっと撫でた。


「すまない。あの子が、待っているんだ」


 ゾルタンのその言葉に、手足をつかんでいた手たちはすっと離れて消えていく。それじゃあ仕方がないな、そう言っているような気がした。


「そうだなぁ、お前さんにはこっちはまだ早い」


 吐かれた紫煙が視界の隅を漂う。


「守りたいものがあるんだろう」


 カチカチと、歯を鳴らす音が聞こえる。


「ほら早くいけ、クソガキ」


 頭を小突かれて一歩前に出る。


「ああ。……行ってくるよ」


 懐にしまっていたクシャクシャのタバコを一本くわえると、ゾルタンは扉を開けて歩き出した。

 振り返りはしない。ただまっすぐに前だけを向いて。



 そうしてゾルタンは夢から目覚めた。

 目を覚まして最初に見えたのは、じっと自分を覗き込むシーカの顔だった。頬を膨らませ、わずかに紅潮させているところを見るに、どうやらご立腹らしいとゾルタンは判断した。


「……おはよう、シーカ」

「おそようゾルタン!」


 シーカはそう言って馬乗りの状態でゾルタンの顔をビンタする。べちべちと叩かれながら、ゾルタンは辺りを見渡す。そこは戦場でも、ましてや前線基地でもない。野宿に使った船舶の中だ。


「もう! ゾルタンまた寝坊した!」

「…………長い、夢を見ていた。シーカが呼んでいた気がする」

「そーだよ! 何度も呼んだのにぜんぜん起きないんだもん! わたしずーーーーーーーっと、待ってたの!」


 壁にもたれ掛かって休んでいたはずだが、いつの間にか横たわっていたらしい。

 シーカはその様子からしてずいぶん前に起きたようだった。以前のように一人で出歩かなくてよかったと安堵しつつ上半身を起こし、馬乗りになっていたシーカを抱きしめた。シーカは唐突に抱きしめられて目を白黒させていたが、やがて半眼でゾルタンを睨んだ。


「ゾルタン、抱きしめてごまかそうとしてない?」

「ばれたか」

「もう!」


 ぽこぽこ叩かれながらもそのままシーカを抱き上げ、船外へと出る。外に出ると天気は普段より比較的良好で、遠くの景色も見渡せた。


「どうしたの、ゾルタン。朝ごはんはー?」

「朝ごはんよりも先に、シーカに見せたいものがある」

「見せたいもの?」


 小首を傾げるシーカを抱きなおし、ある方角へ視線を向ける。今の天気ならシーカでも見えるだろう。


「シーカ、見えるか」

「え、なになに、ゾルタン?」

「あれが――」


 そう言ってゾルタンは指を差す。視界の彼方に見える、その長大な姿を。

 大地から伸び、雲を貫いてそびえ立つ巨大な建造物。


「あれが俺たちの目指す場所だ」

「それじゃ、あれがそうなんだね!」

「ああ、あれこそ」


 SI-013あいつによって守られたもの。

 ゾルタンの願いが叶う場所。

 シーカとの旅の終着点。

 それはゾルタンが最後に見た時と変わらぬ姿で存在していた。


 国際軌道エレベーター二号基、ビヨンド・ザ・ホライゾン。


 人類が造り出した、あの宇宙ソラへと続く道だ。



 二人の旅は続く。

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