第19話 とめなきゃ!

 瓦礫と鉄クズだらけの廃墟を一台の大型車輌が駆け抜けていく。


 SI-013黒光り野郎の操る四輪バイクテトライクブリュンヒルデ、その後部部分にゾルタンはいた。いた、とは言っても乗っているとは言い難い状態だ。ブリュンヒルデにはゾルダート二人を乗せるほどのスペースはなく、ゾルタンは後部の武装ラックや防御盾に無理やり掴まっている。


「振り落とされるなよ一兵卒、これでもブリュンヒルデの最高速度の半分も出してはいないのだからな」

「次からは後部座席をつけろ!」


 悪態をつきながら振り落とされないよう必死にしがみつくゾルタン。走行速度はすでに時速400キロを超え、まるで弾丸のようにブリュンヒルデは都市の中を突っ切っていく。もし落ちればゾルダートと言えど無傷では済まない。


『俺たちで止めるのだ、二発目の弾道ミサイルを』


 SI-013の言葉から、自分たちが置かれている状況をゾルタンは思い出していた。将軍率いるゾルダート師団は敵前線基地の破壊ないし占領のため、敵国の領地へ進軍していた。侵攻作戦は順調に進み、敵の殲滅せんめつも間もなく終わる。


 そんな時だった。誰かがそれに気付いたのだ。基地とは別の地点から空へと飛び立つミサイルに。

 その長大なミサイルは、どう見ても通常のものではなかった。冷静に照合する余裕もなく、ゾルタン達はそのミサイルへありったけの迎撃ミサイルを撃ち込んだ。そして運よく推進部を破壊したはいいが、撃墜の瞬間に凄まじい熱波がゾルタンたちを襲い、気づけばガレキの上に転がっていた。


 周囲から計測される放射能の数値や爆発の度合いから見て、あれは間違いなく核だった。撃墜されると分かって起爆させたのだろう。上空で爆発したというのに都市一つを吹き飛ばすほどの威力。先ほどまで降っていた雪に代わって、今は炎が都市を覆い尽くす勢いで燃え広がっている。ゾルタンがほぼ無傷でいられたことは幸運と言っていい。


「おい、弾道ミサイルを止めるとは言ったが、本当に俺たちだけでやるつもりなのか」

「他にいるというのか?」


 その言葉にゾルタンは黙る。あの時ゾルタンの周辺には他のゾルダートの姿はなかった。そのほとんどが敵前線基地へと向かい、それ以外はミサイルの爆風で吹き飛ばされてしまった。ガレキの下か、原形をとどめない鉄クズになり果てているはずだ。

 本隊に救援を要請しようにも、先ほどの核爆発の影響か通信がまるで繋がらない。


「現状、あのミサイル基地に気付き、なおかつそれにもっとも近いのは俺たちだけだ。俺たち二人でやるしかあるまい。それとも貴様、二発目が飛び立つのを見送るつもりか」

「そんなわけがあるか。だが、一発目のミサイルを止められたのは幸運だったな。あれが本国に落ちていたら――」


 ゾルタンのその懸念けねんに、SI-013は首を横に振る。


「いや違う。撃墜直前までの飛行の角度から弾道計算を行った。あのミサイルが狙っていたのは方角的にアメリカではない。もっと南だ」

「南? アメリカよりも南に主要となる拠点や都市なんて――」


 そう問い返した時、ゾルタンは猛烈な既視感デジャヴを覚えた。


 ――そうだ、違う。あのミサイルが狙っていたのはアメリカ本国じゃない。あれは……。


 ある。アメリカより南、赤道直下に存在する最重要拠点。

 その名は――。

 

「……ビヨンド・ザ・ホライゾン」

「その通りだ。あのミサイルが狙っていたのは、BtHだ」


 信じがたい事実に眩暈めまいを覚える。そんなこと、考えても実行しないと思っていた。何せそんな事をすれば、どんなことが起きるかなど明白だからだ。


「ありえない、奴ら正気か、そんなことをすれば!」

「そのつもりだろう。奴ら、もはやなりふり構っていられんらしいな」

「奴ら、世界を滅ぼすつもり……っ」


 不意に頭に鋭い痛みが走り、ゾルタンは頭を押さえる。


『その道を見つけたらさ、世界の果てへ行けるんだよね!』


 脳裏に響く誰かの声。誰の言葉かは分からない。だがその言葉で思い出す。BtHが破壊されれば、約束を果たせなくなってしまうことを。それはダメだ。それだけはダメだ。もしBtHが破壊されてしまえば、いったい何のために――。


「……絶対に止めるぞ」

「貴様と意見が合うとはな。あの悲劇は二度と繰り返してはならない」


 そう話している矢先に、行く手を阻むものの姿をゾルタンは感知した。敵国の多脚ロボットだ。大型が四十機、中型、小型はそれぞれ二百機程度。核爆発の範囲外にいたのか、比較的損傷も少ない。


 だがどうも様子がおかしい。不規則な振動と動きをする機体、その場でぐるぐる回り続ける機体、中には同型機に攻撃している機体もいる。核爆発時に発生した電磁パルスEMPで中枢回路がダメージを受け、重大な問題が発生しているのだろう。


「あれは、アンチェインか」

「アンチェイン? ……そんな名称は記録がないぞ」

「俺たち仲間内でつけた名前だからな。プログラムが壊れて暴走するロボットを、鎖の切れた猛犬みたいだって誰かが言って、それが定着したんだ。ほら、あんたもないか、狂犬病の注射もされてなさそうなおっかない犬に追い回されたこと。あれそっくりだって」


 ゾルタンが説明すると、SI-013はやれやれというように頭を振った。


「貴様ら、やはり子供の集まりのような連中だな」

「むぅ、勝手に言ってろ。それでどうする」

「決まっているだろう。中央突破だ」


 そう言うとSI-013は四輪バイクブリュンヒルデを加速させる。SI-013が言う通り、わざわざ暴走ロボットアンチェインに構う必要はない。ちょっとしたビルほどもある巨体の下をかいくぐり、暴走ロボットアンチェインの群れを突破する。


 だが突破した瞬間、暴走していたはずのロボットたちは唐突に動きを止めたかと思うと、一斉にゾルタンたちの方へセンサーを向けた。


「おい一兵卒、何か嫌な予感がするぞ!」

「あんたカンがいいな! くるぞ――!」


 多脚ロボットたちがその脚をせわしなく動かしたところで、四輪バイクブリュンヒルデには追い付けない。だが内蔵している火器なら別だ。三倍以上の速度で撃たれる機関銃の弾や、敵国ご自慢の長距離ミサイルにはどうやっても追いつかれる。


 無数の弾丸が四輪バイクブリュンヒルデの装甲に痕を残し、マイクロミサイルの雨が周囲に爆炎の花を咲かせる。装備していたゾルダート用ライフルでは、小型はともかく大型にはさしたるダメージを与えられない。腕のプラズマ砲なら、そう考えもしたがあれだけの数だ。一体ずつ仕留めるのは骨が折れる。


「物陰に隠れることはできないのか、このままだとハチの巣にされるぞ!」

「速度は落ちるが、仕方あるまい」


 SI-013の言葉に応えるように、四輪バイクブリュンヒルデの前後四つの車輪が左右に分離する。バイクというよりはバギーのような姿に変形すると、それまでの直線的な動きからは打って変わって小刻みな動きでガレキや爆炎をかわしていく。降り注ぐミサイルには、四輪バイクブリュンヒルデに搭載された武装コンテナからフレアを散布し狙いをそらしていく。


 だがこのままではいずれ四輪バイクブリュンヒルデが走行不可能なダメージを負う。そうなっては敵のロボットたちからは逃げきれないし、何よりミサイル基地に辿り着けない。

 何か手はないか。ゾルタンは周囲に視線を巡らせ、ある策を思いついた。


「おいあんた、大型プラズマ砲があるだろ、それを貸せ!」

「ノートゥングをか、右武装ラックに懸架けんかしているのがそれだ! だがどうするつもりだ。あれだけの数、薙ぎ払うには――」

「いいからコントロールを寄越せ!」

「一兵卒風情が、いいだろうやってみろ! ユーハブ!」

『大型プラズマカノーネノートゥングのコントロールが委譲いじょうされました。受領しますか?』

「アイハブ! ノートゥング! チャージを開始しろ!」

『ノートゥング起動。チャージ開始。チャージ完了まで三十秒』


 ノートゥングのコントロールが委譲されたことを確認すると、ゾルタンはチャージを開始する。口径、威力共にゾルタンの腕部に内蔵されたプラズマ砲の数倍はある。だがチャージに時間がかかりすぎる。


 四輪バイクの右側面に懸架された、前衛芸術のような長大な柱状の火器、ノートゥングを持ち上げる。SI型ならともかく、TA型にこの重火器は両手を使っても振り回すのは無理だ。ゾルタンは即座に判断すると、ノートゥングをSI-013の左肩に乗せた。


「おい貴様、邪魔だ!」

「左目はもう見えてないだろ。俺の視覚情報を送る。いいからあんたは俺の合図で二百度右旋回してくれ」


 SI-013はそれ以上は聞かず、四輪バイクブリュンヒルデの操縦に専念することにしたようだ。その間にゾルタンは発射シークエンスを済ませていく。


「目標なし。自動追尾解除。手動にて射撃」

『了解。目標なし。自動追尾解除。手動にて射撃。チャージ完了まで残り十秒。カウントダウン』


 早くチャージが終われと願いながらその時を待つ。一秒一秒が何倍にも長く感じる。今この瞬間にも弾丸が頭部を吹き飛ばすのではないか、そんな焦燥感にかられながら。

 そしてその時は来た。


『――……5、4、、2、1、チャージ完了。撃てます』

「今だ!」


 ゾルタンの合図で土ぼこりをあげながら四輪バイクブリュンヒルデが急旋回する。これだけの速度を出しながら横転させずに四輪バイクを旋回させるとは。SI-013の操作技術に内心驚きながら、ゾルタンは振り落とされないようバイクにしがみつく。そしてノートゥングの砲身が敵ロボット群の先端へと向いたその瞬間。


発射フォイア


 ゾルタンは引き金を引いた。青白い、いやもはや純白と言っていいほどの高出力のプラズマが撃ち放たれる。四輪バイクブリュンヒルデの旋回に合わせ、線状の白い光は薙ぎ払うがごとく振るわれ、敵ロボット達に直撃する。小型のロボットはそれだけで赤熱したガラクタに変わり、中型は機体前部がほぼ喪失していた。


 大型についても脚の何本かを溶断していたが、それでもまだ動けるようで破壊された小型や中型を踏み越えながら迫ってくる。その後方にはまだ健在な敵ロボット達の姿が見えた。破壊しきれていない。


「貴様どこを狙っている、狙うならもっと上を――」

「いや、これでいい」


 SI-013もゾルタンの狙いに気づいた。ゾルタンが狙っていたのは最初から敵ロボットではなかったのだということに。


 最初は静かに、だが段々と大きくなっていく音と振動。敵ロボット達の左右にそびえるビル群からだった。元より先ほどの核爆発で崩壊寸前だったビル群は、プラズマ砲で根元を破壊されたことでバランスを欠き、倒壊を始める。敵ロボットが逃げようとするも、最前列は破壊されたロボット達で埋め尽くされている。それを乗り越えるよりも先に、ビルは猛烈な土ぼこりを上げて崩れ去った。

 

「この手に限る」

「……やるではないか」


 SI-013はカチカチと歯を鳴らして笑う。

 すべてのロボットが破壊できたわけではない。ビルのガレキで身動きがとれなくなったり、前へ進めなくなっただけだ。迂回してやってくる前に早急に立ち去らなくては。


「急ごう」

「ああ」


 四輪バイクブリュンヒルデを元の形態に戻し、再びミサイル基地へ向けて走り出した。


 ゾルタンの記憶の旅は続く。

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