第13.5話 にせものはほんものじゃないの?

 それは食料を求め廃屋はいおくを探索している最中さいちゅうの出来事だった。


「ゾルタン見て! なにか見つけた!」


 そう言ってシーカが掲げて見せたのは、小さな白い花だった。


「…………は?」


 まるで今み取ったかのようにつややかな白い花に、ゾルタンは一瞬唖然あぜんとした。地球規模での核汚染に見舞われているこの時代において、植物はその全てが絶滅している。ましてや花など生存している訳がない。


「し、シーカ、もっとよく見せてくれ」

「わかった!」


 シーカは元気よく返事をすると、ぱたぱたとゾルタンの元へと走り寄っていく。その手に握られているのは、まぎれもなく花だ。


「ゾルタン、これなに?」

「それは、花だ」

「はな? トリスタンが好きって言ってた花?」

「ああ、そうだ」

「花ってこんななんだね! はい、ゾルタン!」


 シーカからその花を受け取ると、ゾルタンはしげしげとその花を観察し、やがて落胆して肩を落とした。


「……本物の花じゃない」


 シーカが発見したのは、精巧せいこうに作られた造花だった。ゾルダートのセンサーをも誤魔化しかけたその造形物は、ただ見て触れているだけなら本物と勘違いしてしまいそうなほどの出来栄えだった。市販の量産品ではない。恐らくはオーダーメイドかそれに相当する高価な美術品だろう。


「ほんものじゃないの?」

「ああ」


 ゾルタンの言葉に小首をかしげ、頭に疑問符を浮かべるシーカ。そのシーカに造花を返してやりながら、ゾルタンはその疑問に答える。


「それは本物じゃない」

「ほんものじゃないなら、これはなんなの?」

「本物そっくりに作られた、偽――」


 そこまで言ったところで、ゾルタンはその花から目をそらした。


「にせ? にせもの?」

「……ああ、偽物だ」


 不意に挙動のおかしくなったゾルタンを見て、シーカはまた首をかしげた。


「ゾルタン、どうしたの?」

「なんでもない」

「ほんとに?」

「ほんとだ」

「ほんとにほんと?」

「ほんとにほんと」

「ふーん……」


 納得していない様子のシーカから視線を外したまま、ゾルタンは家探しを再開する。だが背中に注がれるシーカの視線に無視を貫くことができず、観念かんねんして話し始めた。


「あり得るはずがないのに、もしかしたらと思ってしまったんだ」

「ありえない?」

「希望的観測だ」

「きぼーてき……? ゾルタン、またむずしい言葉つかってる! それじゃよくわかんない!」


 ほほふくらませるシーカに内心苦笑しながら、ゾルタンはかみ砕いて説明する。


「俺が見つけていないだけで、この世界にまだ動植物がいくらかは残っているんじゃないか。そんな考えを抱いていた」


 だがそんなことはなかった。地球環境が激変し、動植物が生きてはいけない世界になってしまっているのだ。特に戦争末期の地球は、残された生命を根絶やしにせんとするような過酷な状態にあった。それを何の術もなく乗り越えられるはずがない。


 ――いつか、サクラを見ようと約束していたのにな。


 サクラとて絶滅しているだろう。その約束は、どうやらもう永遠に果たせそうにない。


「本当の花は、戦争で失われてしまった。戦火に消えてしまったんだ。もうこの世界のどこにもない。その偽物だけが、この世界で最後の花だ」


 その言葉をシーカが理解できたかは分からない。いつものように分かったとも難しいとも言わず、じっと造花を見つめ続けいる。どう声をかけたものかとゾルタンが悩んでいると、シーカはおもむろに一つの疑問をゾルタンへ投げかけた。

 

「ねぇねぇゾルタン。にせものは、ほんものじゃないの?」

「それは……」

「ほんものがなくなっちゃったなら、にせものはにせものじゃなくならないの?」


 シーカの疑問への返事は、少し時間を要した。すぐに答えを返すことができなかった。なぜならそれは。


「それは、俺にもわからない。わからないんだ」

「ゾルタンにもわからないの?」

「ああ。この旅で、それが分かるかもしれないと思っていた。だけど、まだ分からないでいる」

「……???」


 言っている意味が分からず、たくさんの疑問符を浮かべてそうなシーカの頭を撫でる。軍用ヘルメットシュタールヘルムごとでたものだから、ヘルメットがずれてシーカは嫌がりながらその手から逃げた。



 その後なんとか目的の保存食を発見し、ゾルタン達は廃屋を後にした。四輪バイクブリュンヒルデへと荷物を固定している最中、シーカがまだ造花を持ったままなのに気付いた。どうやら気に入ったらしく、まだ物珍しげに眺めている。


「シーカ、その花は……」


 置いていけと言おうとして、シーカと視線があった。数秒見つめ合い、やれやれとばかりに頭をかいた。


「その花も連れていこう」

「やったー! うん、連れていく!」


 はしゃぎながら後部座席に座るシーカ。


「大事にしまっておけ。壊してしまわないように」

「うん、だいじにするよ、ぜったい!」


 そう言ってシーカは造花を胸元のポケットへとしまい込む。

 名も知らぬ造花と二人を乗せて、四輪バイクブリュンヒルデは走り出した。


 二人の旅は続く。

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