第13話 お墓はなんのため?
「お前を、撃てというのか」
そう言ってゾルタンは手にした拳銃を改めて見る。
ゾルダート専用対戦車拳銃。ロケットランチャーに近い仕組みで飛んでいく専用の十三ミリ特殊徹甲弾を使用し、装填可能弾数はたったの一発。対物ライフル並の弾丸を撃ち放つ、拳銃と呼ぶのもおこがましい銃器。
その長大な銃身と重量は、およそ実戦向きとはいえない取り扱いの悪さだ。人間であれば撃つどころか持ち上げることも困難だろう。
ゾルタン達だけのために特別に用意された、これを撃つなら対物ライフルを持てばいいとさえ言われる欠陥品。こんな武器をゾルタン達は俺達だけのもの、俺達用の専用拳銃と呼び勲章のように誇り掲げた。
実戦でこの銃が活躍した事などほぼない。堅牢な装甲を貫き、電子頭脳を一撃で破壊しうるとは説明されたが、敵の戦闘ロボットは大型で装甲も厚く、撃破するならロケットランチャーでも用意しなければならなかった。小型が相手なら劣化ウラン弾を装填したアサルトライフルで十分だった。
この拳銃が唯一活躍したのは、ある役目の時だけ。
すなわち、同型のゾルダートを破壊する時だ。
ゾルタン達ゾルダートであっても、今地上をさまよっている暴走ロボットと同様に狂ってしまうことがある。そんな時、この専用拳銃でトドメをさす。いつからできた決まりごとかは分からない。同胞だったものが、
「そうだともゾルタン。僕を撃って、そして終わらせてくれないか」
「なぜだ。戦争を生き延びたのに」
「……疲れてしまったのさ。戦争からずっと、いつまでも終わらない地獄にいるようで」
そう言ってトリスタンは頭上を見上げる。見上げた先にあるのは、ガラス張りの天井と、その向こうに見える暗雲くらいなものだ。かつては天井まで届くほどに生い茂っていたであろう植物の姿も、ガラスの向こうに見えたはずの青空もない。
「この植物園はね、今はこんなだけど戦前は綺麗な花で満たされていたんだ。僕も花のことはよく知らなかったけど、あの子が熱心に教えてくれてね。花の名前、色や形、花言葉も。彼女と話している時が何よりも素敵な、かけがえのない瞬間だった」
トリスタンの言う女性について、ゾルタンは何も聞かなかった。聞いたところでその末路は分かり切っている。幸福な結末などありはしない。全ては炎に包まれ、灰となってしまっただろうから。
「だから死ぬなら、ここがいいと思ったんだ。あの子が死んだっていうのに僕は戦争を生き延びてしまって、もう自分に何も残されていないというなら、好きな場所で死にたい。そう思っていたんだけどね。恥ずかしながら、自分で引き金を引く勇気がなかった」
「だから、俺にか」
「ああ。君なら応じてくれると信じてね」
ゾルタンは黙って拳銃の質感を確かめるように、グリップを握りしめた。ほとんど使われた様子もない。いやもしかしたら、一度も撃たれたことはないのかもしれない。
「それに、君達との一夜は楽しかった。君達二人は、本当に好き合っているように見えた。その優しい気持ちはもう何年も見なかったものだったよ。僕の心まで優しく包んでくれるようで。思い出の場所で、優しさに包まれて死ねる。これほど幸福なことはないだろう」
トリスタンは、強く、弱かったのだろう。そんな世界を見ても心を狂わせないほどには心が強く、だがそこから進めず立ち止まってしまうほどには弱かったのだ。
ゾルタンにはわかった。彼自身の答えはもう決まっている。どれだけ言葉を重ねようとも、それを覆すことはできないことを。
「ゾルタン、君にとってあのシーカはきっと、僕が失ってしまったものと同じなんだろう。だけどこれから先、君は彼女をどうするつもりなんだい。あの子は
「シーカはシーカだ。他の何者でもない」
「……すまない、ぶしつけな質問だったね」
「俺は、シーカをビヨンド・ザ・ホライゾンへ連れていく。そうすれば、全てが叶う。全て元通りになる」
「だから、まだあると思い込みたいんだね」
「…………」
ゾルタンはそれには答えない。図星だったからだ。それにまだ可能性はある。きっと辿り着けるはずなのだと思い込んでいたかった。
「それなら気をつけるといい、ゾルタン。僕以外にも生き残ったゾルダートがいる。君の同型機だ」
「俺の同型機? いったいいつ、どこで見た」
「僕は戦後からずっとここにいるって話したろう。だけど、こんな姿になったのは、ほんの一か月ほど前さ。君の同型機がここにやってきてね。君にしたのと同じお願いをしたんだけど……彼は僕の手足を吹き飛ばし、イゾルデを奪って去っていったよ。『そこでそのまま朽ち果てていけ』って言ってね」
「その後南下していくところを見たから、恐らく目指す場所は君達と同じだろう」
「ビヨンド・ザ・ホライゾンに……」
「シーカが大切なら、その同型には気をつけた方がいい。彼は、正気のまま狂っているようだったからね」
以前、廃棄された基地や浄水施設で見かけた惨状と空薬莢。それはその同型の仕業か。目指す先が同じビヨンド・ザ・ホライゾンなら、いずれ相対する時が来るかもしれない。
「さあ、話はお終いだ。そろそろ終わらせてくれないか」
「……ああ」
トリスタンから数歩離れ、拳銃を向ける。この拳銃は近すぎればその弾丸の性能を十分に発揮できず、遠すぎれば弾道が逸れておかしな方向に飛ぶ。適切な距離が必要なのだ。正しく使えば、ゾルダートの頭部は一撃で破壊できる。
「最期に言い残すことはないか」
「君に幸あれ」
「……。さらばだ、同胞よ。安らかに眠れ」
銃声が響く。特殊火薬で撃ち出された弾丸が、銃身から飛び出した瞬間に二次加速を行う。その弾丸は狙い違わず、最大の威力を発揮した。
破壊は一瞬だった。トリスタンのライン状のカメラを貫き、装甲を引きちぎり内装を破壊しつくした。苦痛はなかったはずだ。
弾丸はトリスタンの頭部を貫通し、その背にあった石像までも破壊した。元より崩壊寸前だったのだろう。石像は粉々に砕け散り、トリスタンの――いやトリスタンだったものへと降り注ぐ。四肢の欠損していたトリスタンの体はそのガレキに埋もれ、見えなくなってしまった。
終わった。機械的な動作で空薬莢を排出する。特殊火薬で赤熱化するほどに熱を持った薬莢とは逆に、ゾルタンの心はひどく冷え切っていた。
「ゾルタン」
植物園の入り口からシーカが覗き込んでいた。あの銃撃音だ、聞こえないはずがない。シーカはゾルタンと、トリスタンがいたはずの場所を交互に見たあと、ゾルタンへと問いかけた。
「ゾルタン、トリスタンは?」
「トリスタンは、死んだ」
自分が殺したのだとは、シーカに言う勇気がなかった。あれほど親しげに話していた相手を殺されたと知れば、シーカに何と言われるか。それを想像するのも恐ろしかったからだ。状況からすれば殺したことは一目瞭然だというのに。
「そうなんだ」
だがそんなゾルタンの懸念とは裏腹に、シーカは普段と変わりない様子だった。それを少し不審には思ったが、それには構わずゾルタンはトリスタンの埋もれたガレキの山へ、さらに石を積み上げていく。
「ゾルタン、何しているの?」
「墓だ。トリスタンのために、墓を作っている」
「どうしてトリスタンにはお墓を作るの?」
「どうしてって」
「だってゾルタン、今まで壊してきたロボットにはお墓作らなかったじゃん」
「――」
心無い言葉に聞こえるが、シーカには悪意などない。単なる疑問だ。
確かにその通りだとゾルタンは思った。旅の途中で遭遇した
このシーカの無邪気で胸を刺すような言葉は、ゾルタン自身が招いた結果だ。
「違う。あのロボット達と、トリスタンは違う」
「ちがうの?」
「違う。彼は、同胞だった」
「ロボットでも、同胞ならお墓を作るの?」
「死んだ同胞は、いや親しい者が死んだなら、弔わなければならないんだ」
「前に見た、しょうぐんって人みたいに?」
「ああ。その人のためでもあり、残された者が心の整理をするために墓は必要なんだ。そうしなければ、その人の死を受け入れられない」
「ゾルタン」
シーカはゾルタンの元へ駆け寄ると、その顔を覗き込むように屈みこんだ。
「ゾルタン、苦しそうな顔してる」
「ああ。そうかもしれない」
「……わたしも手伝うね」
「ああ」
二人して石をかき集め、トリスタンへと積み重ねていく。
「シーカ、いつか俺が動かなくなったら」
「なに、ゾルタン?」
「……なんでもない」
俺の墓を作ってくれないか。そう言おうとしてゾルタンはやめた。もし自分が先に死ぬようなことがあれば、シーカはこの世界では生き残れまい。シーカより先に死ぬことは許されない。自分の死はそのまま、シーカの死に繋がる。
だがビヨンド・ザ・ホライゾンについたなら。そうすれば、たとえ死んだとしても――。
頭を振る。いつになく弱気になってしまっている。そう思いゾルタンは無心で石を積み上げていった。
数分後、石を積み上げただけの簡素な墓はできあがった。十字架も花も何もないのはあんまりかと思い、トリスタンと刻んだ石を置いた。
土埃を払ってからその墓に敬礼をする。ゾルタンにならってシーカも同じように敬礼してみせた。何度目かの同胞との別れ。思い返すと、墓をちゃんと作ってやれなかった者も多い。
「シーカ」
「なぁに、ゾルタン?」
「ビヨンド・ザ・ホライゾンについたら、墓を作ろうと思う。トリスタンや将軍、去っていった同胞達のために」
「ゾルタンはそうしたいの?」
「ああ。彼らのため、俺ができるのはそれくらいだ」
「それならさ、わたしまたお墓作るの手伝うよ!」
「ああ。また手を貸してくれ。約束だ」
「うん、約束!」
土で汚れた手を握り合い、植物園を出た。
『気をつけるといい、ゾルタン。僕以外にも生き残ったゾルダートがいる。君の同型機だ』
トリスタンの言葉を思い出す。どういう意図があるのかは分からない。だが、害意があるのなら。トリスタンの遺した拳銃をゾルタンはしばらくの間じっと見つめていたが、それを
最後にもう一度だけトリスタンの墓へゾルタン達は顔を向けた。
「ばいばい、トリスタン」
シーカが手を振り終えるのを待って、
向かう空には、暗雲が立ち込めだしていた。
二人の旅は続く。
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