第12話 どうほう?

 それは次の野宿場所を探している最中のことだった。ゾルタンの頭に、長らく感知していなかった信号が飛び込んできたのだ。


 友軍信号。それもここから近い。


 まさかこの今の世界で友軍の信号をキャッチすることがあるなどと、思ってもみなかった。自分以外、全て死んだはずだと思っていたのに。ゾルタンは悩んだ。この信号の発信源へ向かうべきか、無視するべきか。


 アゴを撫で、いつも通りのくもり空を見上げて考えること数分。


「シーカ、少し寄り道をする」

「うん、いいよ。どこへ行くの?」

「……行ってみれば分かる」


 行ってみなくては分からない。この信号を放つ者が何者なのか、ゾルタンにも見当がつかないのだから。


 信号の発信源へは、四輪バイクブリュンヒルデを飛ばしてすぐにたどり着いた。巨大なガラス張りのドームだ。ガラスはほとんど割れておらず、戦後も残る建物としては珍しく原型を保っていた。


「ゾルタン、ここどこ?」

「……植物園、だな」

「しょくぶつえん?」

「植物を育てるためのドームだ。中を暖かくして、植物が育ちやすい環境を作る」

「じゃああったかいのっ?」

「今はもう暖かくないかも」

「ちぇー」


 信号はこの中からだ。少なくとも、大型の暴走ロボットアンチェインが潜んでいるようには見えない。罠ではないようだが、念のためシーカを背に隠しながらゾルタンは植物園の中へと入った。


 ドームの中は様々な植物で溢れて――いるわけがなく、殺風景な空間が広がっているだけだった。戦争による気象の変化、温度の急速な低下、それに何より管理する人間がいなくなったのだから、植物が生き残っていようはずもない。


 ドームの中央、信号の発信源であるそこに熱源反応があった。ゾルタンと同程度の動力を有する何かがある。それに向かってゾルタンがアサルトライフルの銃口を向けた直後、唐突に声が響いた。


「やあ同胞、銃を下ろしてくれないか」


 その声の主は、今ゾルタンが銃口を向けた先、ドームの中央に立つ石像の前で横たわっていた。人型のロボット。それもただのロボットではない。ゾルタンと同じ、ゾルダートと呼ばれていた機種だ。ゾルタンとの違いは頭部のカメラアイ。ゾルタンが円状であるのに対し、縦長のライン状であることくらいだ。


 最初、横たわる彼をゾルタンはただの残骸ざんがいかと思っていた。四肢ししのうち両腕は肩から喪失そうしつし、左足も大腿部の半ばから損壊そんかいしなくなっていたからだ。残った右足はほぼ傷もないようだが、片足だけでは満足に動くこともできないだろう。

 

「――トリスタン型か。生き残りがいたとはな」


 もう見ないだろうと思っていた生きた同胞どうほうの姿に、さすがのゾルタンも驚きの声を上げる。


「ゾルタン、あのゾルタンに似てる人、知り合いなの?」

「知り合いではない。だが同胞だ」

「どうほう?」

「志を同じくした、運命共同体だ」

「こころざし? うんめいきょーどー……ゾルタンむずかしい言葉遣わないで!」


 むくれっつらでぽこぽこ背を叩かれるまま、ゾルタンは目の前のトリスタン型へ視線を向ける。トリスタン型はそんな二人を珍妙ちんみょうなものでも見る視線で観察していた。


「面白い子を連れているね。それに君も、服を着ているなんて。君はタン――」

「個人的な理由だ。型番はよせ、名を呼ぶならゾルタンでいい」

「了解したゾルタン。僕は――」


 そうトリスタン型が自己紹介しようとしたところで、シーカがゾルタンの背後から飛び出し、トリスタン型の前にちょこんと座り込んだ。


「初めまして、トリスタン!」

「は?」

「ゾルタンのお友達のトリスタンだよね! わたしシーカ!」

「ええ?」

「ゾルタンとね、旅をしてるんだよ! 二人で、あのソラの向こう側に行くの!」

「う、うん?」

「ああいやシーカ、彼は」

「ゾルタンじゃましないで! まだあいさつの途中なの!」

「そうは言うが」


 そんなシーカを止めようとゾルタンがその首根っこを掴んだところで、笑い声が聞こえた。目の前のトリスタン型だ。こらえられないといった風に笑いながら、四肢ししの欠損した体をみじろぎしていた。


「……いや、トリスタンでいいよ。きっと、僕以外のトリスタンはもういないだろうからね。元気だね、この子はいったい?」

「俺の大事な人だ。共に旅をしている」

「大事な人か、この子が。旅の友がいるのはうらやましい限りだよ。すまないが、体を起こすのに手を貸してくれないかな。見ての通りのありさまでね、身動きとれない状態なんだよ」


 言われていつまでも地面に横たわらせたままというのも悪いかと思い、ゾルタンはトリスタンの体を起こし、背を石像へもたれかけさせた。

 トリスタンは思った以上に軽い。元より後方支援を主としたトリスタン型ではあるが、内蔵火器はゾルタンと同程度のものだったはずだ。戦時中に全て使用したか、そのほとんどを排除したのだろう。


「お前の型ならイゾルデがあるだろう。それで修復できないのか」

「あいにく、僕のイゾルデは去ってしまったよ。彼女がいれば、手足の損壊くらい直せるんだけどね」


 トリスタン型には通常、イゾルデと呼ばれる修復用マシンが二機随伴ずいはんしている。検査用ナノマシンや3Dプリンターなどを内蔵した万能キットで、それさえあれば万全とはいかないまでも、それなりの状態まで復元できる。


「いつからここに」

「戦争が終わった後からさ。あれからずっとここにいる。そういう君は?」

「俺は旅をしていた。シーカと――」

「ビヨンド・ザ・ホライゾンを目指してるんだよ!」


 その名を聞いて、トリスタンの顔に困惑の表情が浮かぶ。それはそうだろうなとゾルタンは思う。なにせあれは――。


「……BtHを? だがあれは、現存しているか分からないよ」

「あるはずだ。無くなっていれば、地表の被害はこんなものでは済まない」

「……。いや、すまない。そうだね、確かめてみないことには、分からないね」


 トリスタンはしばらく黙っていたが、取りつくろうようにそう言った。その言葉に引っかかるものを感じないでもなかったが、これ以上の問答はシーカの前でするべきではない、そう思いゾルタンも口を閉じた。


「そろそろ夜が来る。今夜は野宿させてもらおう。いいかトリスタン」

「構わないよ。ここなら雨風もそれなりにしのげる。暴走ロボットアンチェインもまず来ないからね」


 それから二人はトリスタンと共に一夜を過ごした。

 夕食の間も就寝の用意をしている間も、シーカはずっとトリスタンと話していた。ゾルタンとは違いトリスタンは話し上手らしく、シーカのころころ変わる会話にも難なくついていって話を合わせていた。


 シーカが話す内容は今までの旅の出来事。鉄橋や遊園地、慰霊碑いれいひに博物館、そしてそれ以前のこと。トリスタンの方は植物に詳しいようで、過去にこの植物園に咲いていた花や植物のことを話していた。ゾルタンはというと、ただそれを横から聞いているだけ。だがそれで十分だった。


 シーカはゾルタン以外に話ができる相手ができたことが嬉しかったようで、ゾルタンがもう寝るよう言ってもなかなか寝付かず、もっと話をしたいとぶーたれていた。


 ずっと二人だけで旅をしてきた。そこにこうして三人目を迎えて夜を過ごすなんて、考えてもみなかった。悪くはない、とゾルタンは思う。


「いつぶりかな。こうして他人と話すなんて」


 トリスタンも同意見だったらしい。寝袋の中で寝静まるシーカを見ながら、彼もそんなことを呟いていた。


「悪くはないだろう」

「ああ、悪くはない。……」

「何か、話したいことがあるのか」

「おや、どうしてそう思ったんだい?」

「そういう顔をしている」

「ふ、そういう顔、か。君もおかしなやつだな」


 微かな明かりの中、ゾルタンとトリスタンは戦争のことを話した。シーカにはあまり聞かせたくない内容だ。お互いがどんな戦火をくぐり抜けてきたのか、それを夜が明けるまで語り明かした。


 そうして、朝がきた。


「ねーゾルタンもう少しいようよー」


 ゾルタンが出立の支度をしているかたわらで、シーカは座り込んで駄々をこねていた。隣に座るトリスタンの肩をつかんでガクガク揺らしている。


「ダメだ。食料の問題もあるし、ここにいたらビヨンド・ザ・ホライゾンにはたどり着けないぞ」

「むーうーん。トリスタンともっと話してたいー。あ、そうだゾルタン!」


 いいことを思いついた。そんな風に手を叩きシーカは立ち上がり挙手してみせた。


「トリスタンも一緒に旅に連れてこうよ! 三人で旅しよ!」

「それは――」

「いや、僕はここに残るよ」

「ええー!!」


 ゾルタンが答える前に、当のトリスタンが拒否した。ゾルタンとしては共に旅をするのも悪くない、そう考えていた。何より、身体の自由がきかない同胞を置いていくなどできるはずもない。


「すまない、僕はついていけないんだ」

「んんんん、そっかぁ……」

「シーカ君、ゾルタンと二人だけで話がしたい。席を外してくれるかな」

「……うん、外で待っているね」


 断られたことがよほどショックだったのか、シーカはへしょげてしまっている。ゾルタンの方を見たあと、頷いて外へと出て行った。


「話とはなんだ。何故シーカを」

「あの子にはあまり聞かせたくない話なんでね。……これを受け取ってくれ」


 そう言ったトリスタンの右大腿部ふとももの側面が開き、格納されていた武器がせり上がってきた。ゾルタン達ゾルダート用に設計された専用拳銃。ゾルタンの右大腿部にも同じものが格納されている。言われるまま、ゾルタンはその拳銃を手にする。


「弾は入ったままだ。まだ撃てるはずだよ」

「これを渡すことが用件だったのか。それなら別にシーカがいても――」

「そうじゃない、そうじゃないんだゾルタン」

「……」


 そのトリスタンの様子を見て、ゾルタンはすでに察していた。彼が何を言わんとしているのかを。


「そいつで僕を、撃ってはくれないか」


 二人の旅は続く。

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