第11話 わたしも並べられるの?

 そこへ立ち入ったのは偶然だった。

 無数の暴走ロボットアンチェインに追いかけられ、ゾルタン達は身を隠すために大理石でできた古めかしい建築物の中へ逃げ込んだ。暴走ロボットアンチェイン達が通り過ぎるのを待って出ようとしていたところ、その独特の内容に興味を惹かれたらしく、シーカはキョロキョロと視線をせわしなく動かしている。


「ゾルタン、ここなに?」

「……博物館のようだ」


 未だ現存するとは驚きだった。戦前に建てられた博物館などそのほとんどが戦火で焼き尽くされ、一つも残されていないと思っていたからだ。


「ゾルタン見て見て、白くておっきいのがある!」

「待てシーカ。一人で先行するな」


 シーカが指差すほう、入口からすぐにある吹き抜けを見ると、そこにはゾルタンたちの数倍はありそうな巨大な骨があった。もとは天井から吊り下げられていたのだろうその巨大な骨は、今は浜辺に打ち上げられたかのような姿で横たわっていた。


「これは……クジラだな」

「クジラ? クジラってどういう生き物なの?」

「海に生息していた生き物だ。水の中を泳いで、ときどき潮を吹く」

「塩? 塩を出すの?」

「違う。潮だ。水を頭から出す。それを潮というらしい」

「ただの水じゃん!」

「水だな」


 ゾルタン自身、クジラを直接見たこともなければ調べたこともないので、詳しくはない。戦争が始まってからは海上で核兵器が何度も使用され、戦争後期には何らかの破壊兵器の使用によって、海中の生命がほぼ死滅したと聞いている。クジラも早い段階で姿を消しただろう。


「あっちにもあるよ!」

「待てシーカ。あまり奥へ行くな」


 シーカの後を追ってみれば、そこにあったのはこれまた巨大な骨だった。しかし、その骨の大部分は硬い岩の中に埋まっている。骨も白くなく、周りの土と大差ない茶色をしていた。頭部は異様なほど大きく、口には鋭利な牙が並んでいる。

 

「ゾルタン、これは?」

「……あー、恐竜だ。ええと、ティラノサウルスというらしい」

「てらのさん?」

「ティラノサウルス」


 シーカの言い間違いを訂正する。これはゾルタンも知っている。昔、本で読んだことがある。


「これも海にいたの?」

「いや、これは地上だ。他の動物を食べていた」

「あのちっちゃい手でお料理してたの?」

「いや、そのまま口で」

「ぎょうぎわるい!」

「ああ、シーカはするなよ」


 それからしばらく、博物館の中を二人で探索した。最初に入ったコーナーが恐竜中心だったらしく、しばらくは化石を眺めることになった。


「ゾルタンこれ!」

「アンモナイト。貝の仲間だ。食べられない」

「ゾルタンあれは!」

「トリケラトプス。あの角で威嚇をする」

「それじゃゾルタンあれ!」

「プテラノドン。飛行できる恐竜もどき」

「じゃあじゃあ――」


 困ったのは、ゾルタン自身があまり恐竜に詳しくないことだった。注意書きを見るに通信端末があれば説明を聞けるようなのだが、あいにく博物館の電源はすでに死んでいてそれには頼れない。昔読んだ記憶を頼りにするしかなかった。


 しかしその後がより大変だった。恐竜を抜けた先のコーナーには、ゾルタンもまったく知らない動物たちの骨格や復元モデルがところ狭しと並べられていた。表記された名前しか分からず、シーカは不満な様子だった。

 ようやくそのコーナーを抜けたところで、コーナーの名前らしきものを発見した。絶滅した動物たち。それは分からないはずだとゾルタンはため息をついた。


「もう、ゾルタン恐竜のときは説明してくれてたじゃん!」

「本でさえ見たことのない生物は説明できない」

「でも戦争の前はたくさん動物がいたんでしょ?」

「恐竜も、今の動物たちも戦前にはすでにいなかった。もっとずっと前に絶滅した生き物だ」


 その説明を聞いて、シーカは首を傾げてみせた。今の説明だと分かりにくかったか、そうゾルタンが思っていると、シーカはある疑問を口にした。


「ゼツメツって、なに?」

「――ああ」


 普段使わない単語だったから分からないのか。アゴをなでながらどう説明したものかと頭を悩ませる。


「絶滅っていうのは、もういないってことだ。この地球のどこを探しても見当たらない、消えてしまった生物たちのことを、絶滅したと言う」

「じゃあ人間も絶滅だね!」

「――」


 その何気ない言葉に、ゾルタンは息が詰まるような錯覚を覚えた。くわえていたタバコを、危うく落としそうになる。


「――人類は、絶滅していない。まだシーカがいる。消えてなんかいない」

「それならさ、わたしが死んだらわたしもここに並べられるの?」

「そうはならないし、させない」

「そっか。行こ、ゾルタン!」


 次に見えてきたコーナーには、身体のあちこちが体毛で覆われている二足歩行の生物が立っていた。背骨は前かがみに曲がり、手には石と木でできた斧らしきものを携えている。


「ゾルタン、これ人間?」

「いや、これは人間じゃない」


 たしか、類人猿だったはずだとゾルタンはアゴをなでながら記憶を探る。

 周囲に何か説明はないかと視界をさまよわせると、その類人猿の周辺には似たような復元モデルがずらりと並んでいた。ここはどうやら『人類の進化』と銘打たれた展示物のコーナーらしい。


 最初は猿。両手両足を使って歩行していた猿は、次に不格好ながら二足をするようになり、全身を覆っていた体毛が徐々に減っていった。ゾルタン達の前にあるのは、道具を扱うようになった頃のモデルだ。そのモデルの変化の様子を二人して目で追っていく。


 モデルはやがて衣服を纏い、背骨がまっすぐに伸び、骨格が変化していった。衣服も動物の皮から始まり、布切れ一枚を腰に巻いたような姿からシャツやズボンになったかと思えば、一体型のスーツへと目まぐるしく変化していく。様々な機器を身に付け、より高度な文明レベルの姿へと変わっていき、ゾルタンのよく知る格好になっていく。


「ゾルタン、この人のかっこう、変!」

「この格好は戦争が起きる直前、世界の文明がもっとも発達したころのものだ」

「わたしたちの服とぜんぜんちがうよ?」

「あの頃は資源も科学力もあったからだ」


 戦前は、人も物も地上から溢れるほどたくさんあった。戦争が始まってからは全てが戦闘兵器の製造に回された。それさえ満足にできなければ、技術レベルを落として数を揃えた。ゾルタンたちの衣服がそれだ。見た目は旧来のものそっくりだが、使用されている素材はあの時代でもかなり質のよいものを使っている。


 そのコーナーの最期は、人類の未来予想図なるもので締めくくられていた。進化の果て、いずれ人類はこうなるだろうという予想。それは――。


「ゾルタン! ねぇ、ゾルタンってば!」

「――。シーカ、次のところへ行こう」

「うん、わかった!」


 そのとき、博物館全体を揺るがすほど激震が走った。

 何かが激突したのか。そうゾルタンが判断するとほぼ同時、巨大な暴走ロボットアンチェインが土埃とともに姿を現した。見つかったか。入口を体当たりで粉砕し、クジラの骨格標本を踏み砕いて侵入してきたかと思えば、頭部に据えられた機関銃が唸りを上げてティラノサウルスの骨格を破砕した。


 続けて発射されたグレネードが絶滅動物たちの再現モデルを瓦礫に埋め、類人猿達を炎が包んだ。何もかもが銃撃で砕かれ、瓦礫と炎の中に消えていく。

 人類が歩んだ歴史をたどるように。


『それならさ、わたしが死んだらわたしもここに並べられるの?』


 さきほどのシーカの言葉が脳裏をよぎる。

 そうはさせない。させてなるものか。

 シーカを背にかばい、ゾルタンはアサルトライフルを構えた。


「俺たちの旅は、まだ終わらない」


 暴走ロボットアンチェインが吠える。全てを破壊せんとする機械の怪物へ、ゾルタンは引き金を引いた。


 二人の旅は続く。

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