第14話 歌い続けて!

「ねぇゾルタン、あれなに?」

「ああ、あれはリーゼントという髪型だ。ワイルドでありながら清潔感もある、男の髪型だ」

「ねぇゾルタン、あれなに!」

「ああ、あれはフリンジスーツという服だ。躍動感と大胆さに満ちた服だ」

「ねぇゾルタン、あれなんなの!!」

「ああ、伝説のロッカーだ……」

戸棚ロッカー? ぜんぜん聞こえないんだけどー!」


 そう叫びながら首をかしげ続けているシーカをよそに、ゾルタンは目の前で熱唱されている歌に聞き入っていた。爆撃かと思うほどの音量。ゾルタンにはシーカの声は問題なく聞こえているが、逆にシーカにはゾルタンの声はほとんど聞こえていないだろう。


 二人の目の前には今、巨大なロボットが鎮座している。以前橋を封鎖していたのと同型のカニ型ロボットだ。違いがあるとすれば、そのボディは赤と白のシマ模様に大胆に塗り分けられていること。右手のハサミに青くフチどられた星が五十個ほど描かれていること。本来ミサイルが格納されているはずの場所から、無数の巨大なスピーカーが塔のようにそびえ立っていることか。


 だがなによりも特筆すべきなのは、そのスピーカーと共にロボットの中からせりだしてきて、今二人の目の前で歌っているその存在だ。


 崩れないリーゼントを揺らし、フリンジスーツを纏って歌うそれは人間ではない。両目の下には分割線が走り、耳はブレード状のアンテナ、額にはコンディションを示すステータスが表示されていた。それにフリンジスーツで見えにくくはなっているが、背中からは電源コードらしきものが伸びている。人に精巧に似せて作られたロボットだ。


「なんか、おなかに響いてへんな気分……」

「ああ、魂に響くな……」

「ゾルタン……???」


 もう何曲目かは分からないほど歌を聞かされたうえ、大音量の音楽が体を振動させる感覚にシーカはげんなりしている様子だった。

 ゾルタンはというと、シーカとは逆に高揚した気分に満たされていた。聞き入っていつの間にか口が開いてしまっていたほどに。


 この奇妙なロボットを見つけたのは、植物園を出て南下していく最中のことだった。荒野に突如として響く音楽に、ゾルタンは最初自分が壊れたのかと錯覚した。

 この時代、この世界で音楽を聞くことなどありえないことだったからだ。しかもそれがロックンロールとくればなおさらだ。

 音の発信源を特定し駆けつけてみれば、そこにいたのがこのロボットだった。


 ひとしきり歌い終えたそのロボットは、満足げな様子でカニ型ロボットの上から手を振ってきた。


「サンキュー、最後まで聞いてくれて。俺の歌はどうだった、最高に上がるサウンドだったろう!」

「……ゾルタン、あのロボットなに言ってるの?」

「あー、最後まで聞いてくれてありがとう、いい歌だったろうと言ってる」

「ふぅん……」


 シーカは英語が不得手だった。簡単な単語や読み書きはできるが会話、それも本場の発音でのものとなればさっぱりだ。ゾルタンに翻訳してもらわなければ通じないし、先ほどの歌も歌詞を聞き取れているかどうか。


「ゾルタン、さっきのは歌なの? 前にゾルタンが教えてくれた歌とぜんぜん違うんだけど」

「ああ、それは……」


 どう説明したものか。アゴをなでながら考える。

 以前、シーカに歌を聞かせたことがある。歌うことが気恥ずかしくて、メロディを口ずさんで聞かせたのだ。シーカにとってはあれが歌の基準になっているのだろう。


「シーカ、トリスタンから花の種類をたくさん教えてもらっただろう」

「うん。アネモネとかマーガレットとかジギタリスとかサザンカとか、たくさん教えてくれたよ!」

「花と同じように、歌にも種類がある。ロック、ブルース、ジャズ、ゴスペル……色々な種類があって、花と同じくくらいの数の歌があったんだ」


 その多くがこの世界から失われてしまったが。そう言いかけて口をつぐむ。


「それじゃゾルタンはこういう種類の歌が好きなの?」

「ああ。シーカもロックはす――」

「わたしこの種類の歌きらい!」

「えっ」

「きらーい。ドコドコした音が好きじゃないもん!」

「そ、そうか、嫌い。そうか、嫌いか。ずっと一緒に文句もなく聞いていたから、てっきり好きかと、思っていたんだが」


 ちょっとショックを隠し切れず、うなだれるゾルタン。そんなゾルタン達の前へロボットは降りてきた。


「おいおい、聞いてるかい、お二人さん。拍手くらい欲しいもんだぜ」

「あ、ああ、最高だった」


 リアクションに乏しいシーカに代わり、ゾルタンが答える。拍手をしようとするが、ゾルタンの手のひらはグリップ力重視の構造だ。叩いても人の手のようには鳴らないし、代わりに口笛でもと思ったがこれもゾルタンの口では難しい。そしてどちらもできそうなシーカは乗り気ではないときた。


 悩むゾルタンの眼前に、手のひらが差し出された。ロボットの意図を察し、ゾルタンはその手のひらへ自分のそれを叩きつけた。ゾルタンの手と、人間そっくりに精巧に作られたロボットの手。叩き合わせれば望んでいた通りの快音が響いた。


「人間とロボットの二人組なんてな、レア中のレアだな」

「ああ、まぁ、な。……ところで先ほどから気になっていたんだが、お前はいったい何なんだ」


 改めてそのロボットの姿を観察するゾルタン。そのロボットの姿は、ゾルタンの記憶にあるロッカーの姿そっくりだ。


 人にそっくりなロボットの製造は、戦争以前からあった。だがそのどれもが、今目の前にいるロボットと同じように、ロボットであることを主張するような外見をしている。戦前は人と見分けがつかないロボットの製造は禁止され、厳しく取り締まられていた。戦争が起きてからは政府がスパイロボットを製造したり、戦争のごたごたに隠れて本物とすり替わるための偽物なんてものが密売されていたと聞く。


 目の前のロボットは外見から判断するに、恐らく厳しい基準や審査の目があった戦前のものだ。


「俺かい。俺は、金持ちが大金注ぎ込んで作り上げた未来への遺産レガシーだ」

遺産レガシー?」

遺産レガシーさ。テレビで見たことはねぇかい? 過去に名を馳せた歌手の歌を後世に残すため、その歌手そっくりのロボットを作ろうってっていう、遺産レガシープロジェクトさ」


 そういえば、そんな話を昔聞いた覚えがあるような。テレビか新聞だったろうか。


「他のモデルはいないのか。他にも有名な歌手はいるだろう」

「作られなかったのさ。戦争が起きちまったからな。プロジェクトはストップ、唯一製造された俺は、出資者の一人だったじいさんに引き取られた。プロジェクトの最初で最後のモデルさ。ナンバーワンでオンリーワン、持ち主はプレシャスって呼んでた」

「よく戦争で生き延びていられたな」


 主な首都は軒並み空爆やミサイルの餌食になった。戦争後期には核兵器も平然と使用されていたから、核爆発の電磁パルスで大半の電子機器はいかれてしまった。それはシールドのされていない非戦闘用ロボットも同じだ。今も稼働していられるロボットは、電磁パルスに対するシールド処理が完璧だったか、たまたまその範囲から免れた機体だけだ。


「俺の持ち主は戦争中、自前のシェルターにずっと引きこもってたのさ。俺を連れてな。金持ちだけあってシールドも強度も完璧、核に怯えなくて済んださ」

「それなら、なぜ今わざわざ地上に」

「言ったろう、持ち主はじいさんだったって。あの世に旅立っていったのさ。俺を残して。しばらくはじいさんの弔いのためにいたが……でてきちまった」

「悲しいの?」


 唐突に、シーカが会話に割って入る。英語は分からないはずから、今の会話だって理解してはいないはずだ。


「だめだよゾルタン、悲しませちゃ!」

「いや、俺は別に……」

「このロボット、さっきから悲しそうな顔してるもん!」

「……ああ」

 

 確かに、プレシャスのその人間そっくりな顔には、涙こそないが泣いているような苦笑しているような、そんな表情が浮かんでいた。

 ゾルタンはシーカを抱きかかえる。『ゾルタンごまかそうとしてるー!』という言いながらうごうご暴れるシーカは置いて、話の続きをうながす。


「じいさん、シェルターにこもってずっと俺の歌を聞いてたんだがよ。外とも連絡がとれなくなって世界がどうなってんのか分からなくなったころだ、俺にこう言ったんだ。『お前の歌を聞かせてくれ』ってな。だから俺は、いつものように歌ってみせた」

「それで」

「歌い終わる頃には、じいさんは死んでた」

「……お前の主は」


 ゾルタンが何を言おうとしたのかを察し、プレシャスがそれを手で制する。プレシャス自身も分かっていたのだ。持ち主が最後に望んだのは、そういう意味ではないことを。


「俺には主が望むような、俺だけの歌を歌うなんてことはできない。その歌には魂がない。いや、普段の歌だってそうさ。本物を元通り再現、いや復活させようなんて考えていたみたいだが、しょせん俺は作り物だ。どれだけ金をかけても本物にはならない。俺の中にあるのは紛い物の魂、ただのプログラムでしかない」

「そんなことはない」


 その言葉を聞いた瞬間、ゾルタンはそう返していた。


「あん?」

「そんなことはない。さっきの歌にはたしかに魂を感じた。体が機械だから? プログラムされた作り物の魂だから? それがどうした。その体の中にあるものは本物だ、偽物なんかじゃない。お前には確かに本物の、お前だけの魂がある」


 シーカを抱きかかえる腕に、力がこもる。この温もりと、プレシャスの歌から感じたものは同じだとゾルタンは思った。


「信じろ、お前の魂は本物だ。だから今は無理だとしても、いつかお前だけの歌を作り出せるはずだ。だからいつか、お前の歌を聞かせてくれ」


 ゾルタンの言葉に、プレシャスはしばらく目をしばたかせていたが、やがてやれやれと言わんばかりに肩をすくめてみせた。


「――いいぜ。いつか必ず、聞かせてやるよ。だがよ、一つ教えてくれ」

「なんだ」

「俺が俺だけの魂を持ったなら、それは俺がじいさんが望んだ過去の誰かとは違う、別の存在になったってことだ。じいさんが、少なくとも最初に望んでいたのは過去の再生だ。なんで死ぬ間際になって、それを望んだんだと思う?」

「それは、きっと――――――」

「…………」


 ゾルタンの答えに、プレシャスは満足げにうなずいた。


「ありがとよ。あんたと話して頭の中が整理できた。……あんた、以前会った奴と違うんだな。てっきり俺は、同じような奴かと」

「俺の同型を見たのか」

「見たどころか、俺の歌を聞いていったぜ、あんたみたいに」


 トリスタンを撃った奴だろうか。以前の基地跡の惨状を引き起こしたのも同じ奴だとして、プレシャスを撃たなかったのは何故だ。狂っている訳ではないのか。それともまた別に生き残りがいるのか。


「そいつは、今どこに」

「あのクレーターが見えるか。あれを横切れば旧メキシコだ。そいつもそっちへ向かっていった」


 プレシャスが指さす方を見ると、確かにそれらしきものが見える。相当に巨大なクレーターだ。核爆発の跡だろうか。


「そいつを追ってるのか?」

「いや。だが目指す場所は同じなのかもしれない」

「……そうかい。なら行くといいさ。会ったのは三週間前だ。運がよければ会えるかもな」

「お前は」


 どうするつもりなのか。いくら軍用のロボットの装甲で防備されているとはいえ、暴走ロボットアンチェインがうようよしている地上だ。危険も多い。

 ついてくるか。そう言いかけたところで、ゾルタンはやめた。そんなゾルタンにプレシャスは笑って答えた。


「俺はここで歌い続ける。この国に歌を絶やさないために」

「……もう国なんてどこにもないだろうに」

「あるさ。俺が歌い続ける限りな」


 空を指さした姿のまま、カニ型ロボットの中へと格納されていくプレシャス。それが立ち上がり、歩き出すのを見送る


「むー。ゾルタン、何を話してたの?」

「魂を震わせる歌を歌えるのは、魂を持ったモノだけって話だ」

「ゾルタン、またむずかしいこと言ってごまかそうとしてるでしょ!」


 プレシャスが最後に指さした空を見上げる。晴れることのない曇天。吹きすさぶ風の音しか聞こえないこの荒野に、いつか彼だけの歌が響くことを少しの間願った。


 二人の旅は続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る