第16話 思い出して!

「――ルタン、おいゾルタン、どうした」


 気が付くと、ゾルタンは基地らしき施設の前に立っていた。

 目の前には初老の老人。髪は白く、背も曲がっている。軍服を着ていなければ、片田舎で農業でもやって余生を過ごしていそうな老いぼれにしか見えない。老人は口にタバコをくわえて、ゾルタンのことをいぶかしげに見ていた。


 ここはどこだ、何をしていたのだったか。目を覚ました後に夢を思い出そうとしているかのように、ぼんやりとした記憶しかない。


「お前さん、また連中に言われて俺を連れ戻しに来たんだろう」


 ああ、そうだ。そう言われてゾルタンは思い出す。

 ここはアメリカ最北端の地、敵国との国境線にほど近い前線基地だ。そして自分は、仲間に言われて目の前の老人を連れ戻しに来たのだった。

 さっきまで長い旅をしていたような気がしたが、寝ぼけていたのだろうか。


 それはともかく。ゾルタンは気を取り直して、老人へと返事をする。


「そうです。むやみに基地の外を出歩かないでください。ここは前線基地なんですよ」

「そうは言うがお前さんよぉ、基地内は禁煙だろう。吸うには外出るしかないじゃあないか」

「我々のいるここは、核攻撃の汚染物質が微量ながらも検知されている区域です。基地の中に戻ってください、将軍。ここの空気はあなたの体に悪影響を及ぼす」

「タバコ吸ってる老いぼれに言うセリフじゃあねぇなぁ、ははっ」


 ――まったく。この人ときたらいつもこうだ。


 のらりくらりとした態度にゾルタンは嘆息する。笑いながらいつまでも動こうとしない将軍の手から、タバコを取り上げた。


「ああっ、なにしやがる」

「これは預からせて頂きます。さぁ」


 将軍は手を伸ばして取り戻そうとするが、ゾルタン達ゾルダートの身長は基本2メートル。その長身が手を伸ばして掲げたタバコを、背の曲がった老人が取り戻すことは不可能だ。しばらくそうしていると将軍は諦めたようで、しぶしぶといった様子で基地へと歩き出した。


「生い先短い老人の楽しみを取りやがって。最近の若い連中は血も涙もないんじゃあないか?」

「そこは笑うところですか、将軍」

「おう、俺がジョークを言ったら爆笑するギャラリーのSEをかけてくれ」

「皮肉を検知」

「そんなとこだけロボットっぽくするんじゃあない」


 他愛無い雑談をしながらゾルタン達が基地へと戻ると、見覚えのない輸送機が下りてくるのが見えた。わざわざ護衛に航空支援ローエングリン型まで連れているところを見るに、重要物資だろうか。まだこの時期は空の青さもかすかに見え、飛行機も空を飛べた。いずれは空路海路ともに断絶し、荒れ果てた大地を走るしかなくなるのだが。


 ――いま、何か……?


 何かを思い出しかけた気がする。今知るはずのない情報、未来の記憶。掴みかけたそれは、するりと手からこぼれ落ちるように消え去った。


「なるほど、通達のあったお前さんの新しい仲間みたいだな」


 将軍が呟くのを耳にしてゾルタンは我に返った。いつの間にか輸送機は降り立ち、輸送していた荷物を搬出――いやその荷物は、自らの足で歩いて中から出てきた。

 全身黒銀のゾルダート。細長いラインセンサーが四つ、ハの字を逆にしたような角度で備わっていて、まるで怒っている表情のようにも見える。ゾルタン達よりも一回りは大きく、それに合わせてかボディ形状もだいぶん違う。あの機体用に新規に設計されたものだろうか。


 その背後では同じ黒銀の大型車両が運び出されていた。色形からしてもあのゾルダート専用の装備だろうとゾルタンは判断したが、まさかその車両が便宜上四輪バイクテトライクなどと呼ばれていることまでは予測できていなかった。


 新型のゾルダートが十体とその専用装備。それが積み荷の正体だった。


「見たことがない型式のゾルダートだ」

「ありゃジークフリート型だよ」

「ジークフリート?」

「重装甲強襲型だ。出力も装甲もお前さんの二倍以上、おまけに専用装備で外付けの大型プラズマ砲もあつらえてる。あのバカみたいにデカい装甲車両、水素電池パワーセルを三つも積んだ四輪バイクテトライクを時速600キロだかでかっ飛ばして敵陣突っ切って敵基地へ突っ込むんだと」


 その将軍の説明に、ゾルタンは思わず足を止める。


「それは……強襲ではなく特攻では」


 ゾルダートの動力源である水素電池パワーセルは、一つあれば戦車だって動かせる代物だ。ゾルダートはその水素電池パワーセルを通常二つ搭載していて、一つを動力、残り一つが予備だ。二つを同時に使用することなんてまずない。戦闘モードでない限りは百年近く長持ちするほどの代物なのだから。


 先ほど将軍が出力が二倍と言っていたところから察するに、水素電池も倍の四つの可能性が高い。大型プラズマ砲を撃ちながら戦闘するとしても、二つあれば十分。それを特攻機紛いの機体に乗せるとは。どう考えても過剰出力だし、貴重な水素電池パワーセルの無駄遣いだ。


 ――なにか、別の用途で使用するのか……?


 不意に、くだんの新型ゾルダートの一体と目があった。ゾルタン達が話しているのが聞こえたわけではないだろうが、彼はゾルタン達をじっと見つめたかと思えばゆっくりとした足取りで近づいてきた。


 胸部にマーキングされた型番はSIー013。だいぶ若い数字だ。ジークフリート型の中でも初期ロットのものだろうとゾルタンは推測した。

 近づいてくるごとにその武骨さと大きさを実感する。ここまでの巨体であれば、人間からすればもはや壁だろう。


「TA型か。小さいな」

「……っ」


 見下ろす四つの目に、ゾルタンは思わずたじろいだ。真正面に立たれると改めてその大きさに驚く。航空支援ローエングリン型や後方支援トリスタン型がゾルタンと同じサイズに対して、重装甲突撃ジークフリート型は頭一つ大きい。まるで大人と子供だ。小さいと言われても仕方がない。


 ジークフリート型は黙ったままのゾルタンに興味を失ったのか、すぐ横に立っていた将軍へと向き直る。ゾルタンとジークフリート型が大人と子供なら、将軍との身長差はもはや巨人と小人だ。だが将軍は委縮いしゅくした様子もなく、ジークフリート型を見上げていた。


「基地司令で相違ないな。SI-013だ。ジークフリート小隊のリーダーだ。次の作戦行動には我々も参加する」

「では将軍の指揮下に――」

「指揮系統は変わらん。俺たちは俺たちで独自に行動させてもらう。貴様は隊長格か、それとも基地司令の護衛か?」

「いや、俺はどちらでも――」

「ならば黙っていろ。貴様のような一兵卒風情がしゃしゃり出てくる場面ではない」

「……」

 

 ほんの少し話しただけだがゾルタンには分かった。SI-013こいつは根っからの“軍人様”なのだと。

 ゾルタンが黙ったのを見て、SI-013は歯を鳴らした。歯とは言ってもゾルダートの口内にあるのは、攻撃用のクラッシャーと呼ばれる鋭利な刃の群れだ。それを器用にカチカチと鳴らしたのだ。笑っているつもりなのか、もしかしたら鼻を鳴らす代わりなのかもしれない。


「ああ、上層部のお抱えだろうからな、おたくらは。好きにしてくれ」

「お付きと違ってずいぶんと物分かりがいいな」

「どうせやめろって言っても好きにするんだろうから、無駄は省くさ」

「ほう」


 将軍の目線に合わせるように、SI-013が身を屈める。とは言っても、顔を触れそうなほどに近づけねめつけるように見下ろすのは、どう考えても親切心からではないだろう。


「さっきから貴様、その目つきはなんだ。この基地を任されているからといって、勘違いしている訳ではあるまいな。貴様は単なる貧乏くじをひいた、ただの老いぼれだということを忘れるな」

「悪いが腰が曲がっててな、睨むつもりはないんだがよ。こんな前線に出たのは初めてか? 新兵みたいにぴりぴりしてるじゃあないか」


 まずい雰囲気だ。周りにいた者たちも感付いたのか、ひそひそと話し合っている。止めに入るべきか、それとも見守るべきか困惑しているようだ。さすがにゾルダートの体で老人を殴りはしないだろうとは思ったが、ゾルタンはその間に割って入った。


「それ以上はよせ。それとも、図星を突かれて怒り心頭なのか?」


 ――……しまった。


 いさめるつもりが、逆に挑発するようなことを言ってしまった。SI-013からすれば再びしゃしゃり出てきたうえ、舐めた口を利く一兵卒風情。最悪殴り合いになるかとゾルタンは身構える。

 だがSI-013の反応は、予想していたよりもずっと穏便なものだった。


「俺たちジークフリート型は恐れを知らない戦士ばかりだ。貴様のようなひょろっちい量産型とは訳が違う。貴様らは“騎士型”と別称されているようだが、俺たちは貴様らの上位互換、“英雄型”と呼ばれる改良・進化したゾルダートだ。をわきまえろ、ゾルタン」


 そう言ってSI-013は俺の胸を人差し指で押した。軽くよろめくほどの力がこめられていたが、それで倒れたりはしない。後ろには将軍もいるし、こちらにも意地がある。

 SIー013はそれ以上は突っかかって来ず、踵を返して輸送機のほうへ戻っていった。それを見送りながらやれやれと嘆息する将軍へ一言言おうと――。

 いや、待て。


 ――何か、おかしい気がする。あの時、こいつは俺の名を呼んだだろうか。それにあの時はもっと、激しい喧嘩になったような。いやそもそも、俺の名はシーカに付けてもらったのであって――。


 あの時とはなんだ。まるで過去の出来事を思い出しているかのような。いや、これは過去か、それとも……どっちだ。記憶が混乱しているのか。まるで頭にもやがかかっているようだった。


 ――そうだ、二人で旅をしなくては、ならないはず。


「……二人とは俺と誰の事だ?」


 思わず口に出していた。自分と、あともう一人。誰かを忘れている。大事な誰かを。


『思い出して』


 誰かの囁き。その声の主の名を呼ぼうとしたその瞬間、視界が暗転した。


 世界がひっくり返る。おもちゃ箱をひっくり返したように、ゾルダートも輸送機も基地も、ばらばらになって闇の中へ落ちていく。

 ゾルタンの疑問もまた、地平線の彼方に飛んで行ってしまった。


 ゾルタンの記憶の旅は続く。

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