第9話 いたいのがまんする!
それは完全にゾルタンの油断が招いた結果だった。
野宿のために侵入した廃墟の中で、ゾルタン達は小型の昆虫型
その存在に気づいたのは、
その一瞬が命取りだった。
「シーカ!!」
ゾルタンは瞬時に
「シーカ、大丈――」
「いたーい!」
思ったよりも元気そうだった。その様子にゾルタンは
ゾルタン達の着ている軍服はただの衣服ではない。その材質から構造から、ある程度の防刃防弾性能を持つようデザインされている。頭に被っている
「ゾルタン、すっごいいたい! いたいんだけど! いたーい!」
「わかった、待て。傷をよく見せてくれ」
「うん、看てゾルタン、はやく看て!」
そう言ってシーカが上着を脱ぎ傷を見せる。傷は左腕上腕にあった。シーカ自身からは傷が見えにくい位置だ。深い傷ではない。だが、これは――。ゾルタンはシーカの視界を手で塞ぐ。
「ひどい傷だ。見ないほうがいい」
「えええええええ!」
「嘘だ。大した傷じゃない」
「むぅう!」
シーカはゾルタンにからかわれて
「傷口に触れてはダメだ」
「だめなの?」
「ダメだ。傷が悪化する」
「治るの?」
「治る。手当をしよう。だから傷には触れず、目を閉じていろ」
「うん、わかった」
シーカのその返事を聞くと、ゾルタンは
その後、予定通りそこで野宿することにした。シーカのケガのこともあるし、廃墟の奥深くまで入り込んでまた暴走ロボットに襲われるなんて展開は避けたい。
「シーカ、口を開けろ」
「あーん」
スプーンですくったコーンスープをシーカの口に運ぶ。それを待って口を開けるシーカを見て、まるでエサを待つ
「ねぇゾルタン、腕を動かしちゃダメなの?」
「ダメだ。治る傷も治らなくなる。それに動かすと痛いだろう」
「ゾルタンにあーんしてもらうの嬉しいけど、わたしもあーんしたい!」
「治ってからだ」
「はーい」
ケガのせいかいつもより従順なシーカに、ほんの少し物足りなさを感じる。元気に振舞ってはいるが、やはりケガで弱っているのかもしれない。
ほどなく夕食を終え、満足げな様子のシーカに寝袋を渡す。
「今日はもう寝ろ。栄養をとって寝れば傷は治る」
「ほんとに?」
「ほんとだ。だから寝ろ」
「ほんとにほんと?」
「ほんとにほんとだ。だから寝ろ」
「でも寝たくない。ゾルタンともう少しだけお話してたい」
その言葉はゾルタン的に少し心惹かれるものがあったが、傷のこともある。今日は早めに寝てもらわなくてはならない。
「ダメだ。お話は明日だ」
「はーい……。おやすみゾルタン」
「おやすみ、シーカ」
目を閉じ、眠り始めるシーカ。その頬に触れ眠ったことを確認したゾルタンは、
翌朝。
「おはよう、ゾルタン」
「おはよう、シーカ」
寝袋からにょっきり這い出たシーカと挨拶を交わす。睡眠は8時間以上とっているので十分なはずだが、傷のことが関係しているのだろうか。起きてすぐにシーカは包帯をほどき、腕をあげたり体をひねったりして自分の傷を確かめようと四苦八苦している。
「んー、よく見えないけど変な感じになってて、やだ」
「傷はもう塞がっている。しばらくすれば見た目も元通りになる」
ケロイド状の傷跡を嫌そうな顔で眺めているシーカに、修繕した軍服を投げ渡すゾルタン。昨夜ちくちくと時間をかけて裁縫したのだ。そんな細かな作業には向いていない指なのでかなり苦労したが。
「ちゃんと食べて、ちゃんと寝れば傷も消える」
「んー、わかった。ゾルタンもケガしたときは、栄養とって寝たら治るの?」
「俺達はそれじゃ直らない」
「ならどうやってケガを直すの?」
「ちゃんとした設備がないと無理だ」
「じゃあゾルタン怪我したら、ずっといたいままなの!?」
「いや、痛みは……」
ゾルタンに痛覚はない。せっかく機械仕掛けの身体だというのに、痛覚を搭載するなど意味がない。痛みを感じないことは、ゾルタン達が生身の歩兵よりも優れている点の一つなのだから。
「痛みは感じない。だから、傷つくことはつらくない。だが」
「だが?」
「だが、つらい痛みもある」
「痛みを感じないのに、痛みを感じるの?」
よくわかってなさそうに首を傾げるシーカに、どう伝えたものかとアゴをなで考える。
「シーカが傷つき苦しむ姿は、見ていてつらい。心が、痛いと感じる」
「心が痛いのは治せないの?」
「痛みは、麻痺する。あることが当たり前のようになってしまう。心の傷は治らない。ずっと、残ったままだ」
「そうなんだ……」
それを聞いてシーカは軍服を着込むと、元気よく両手を広げ満面の笑みを浮かべてみせた。
「それならわたし、もう痛いとか苦しいとか言わない! ゾルタンの心の傷、増やさないようにするから!」
「――――」
「わたし、いたいのやだもん! ゾルタンもいたいのやなはずだから、ゾルタンに苦しいって思わせたくない!」
「……そうか」
なんだか気恥ずかしくなり、頬をかく。こんなとき、どう返せばいいのかゾルタンには分からなかった。ありがとうとでもいえばいいのだろうか。
「……朝食を終えたら、出発しよう」
「うん!」
元気よく返事をして、支度を始めるシーカの後ろ姿を見ながら考える。
正直なところ、ゾルタンは自分の体にいくつかの異常が起き始めていることに気づいていた。長年の整備不足や戦闘、長旅での
――整備工場なんて贅沢は言わないが、トリスタンの
ないものをねだっても仕方がない。
とにもかくにも、この脚が動かなくなる前に、ビヨンド・ザ・ホライゾンへと辿りつかなくては。
この子だけは、なんとしてでも送り届けなくてはならないのだから。
二人の旅は続く。
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