第8話 どうして泣いてるの?

 それは昨日の出来事だった。


「ねぇゾルタン、あれ!」

「どうした、シーカ」


 夕食中、シーカがそう言って急に立ち上がった。


「あれだって!」

「どうし――」


 何か変なものでも見つけたのかとのんきにそれを見ていたゾルタンは、シーカが指差す方向を見て絶句した。暗い闇夜の中、空の雲さえ明るく照らす光が見えたのだ。爆発ではない。ロボットでもない。あれは――。


「街だ」


 間違いなく、街の灯りだった。


 翌日、日が昇ってからゾルタン達は昨日見た明かりの元へと向かった。ゾルタンの記憶ではこの周辺に街はない。軍事拠点にしても明るすぎる。それならあの灯りはなんだったのか、それを確かめるためにだ。

 そして向かった先、そこで二人が見たものは――。


「……街だ。戦前の街が広がっている」


 立ち並ぶビル群も、あちこちに見える企業の看板も、道路脇に駐車された乗用車も、アスファルトで舗装された地面も、街中を行き交う清掃ロボットも、縦長円柱クロスフロークロスフロー型の風車も、そこかしこに植えられた街路樹も、何もかも戦前の風景とまったく同じだった。

 ただ二点だけ、不可解なところはあったが。


「戦争の前の街ってこんな感じだったんだ」

「ああ、白いがな」

「誰も見当たらないね」

「ああ、無人だな」


 何もかもが白かった。まるで白いペンキでもぶちまけたのかと思うほどに。センサーから弾き出される数値を見るに、表面を特殊なコーティングで覆われているらしい。人がいないのは当然だとしても、綺麗すぎる。戦火に見舞われた様子も暴徒が暴れた様子も見られないし、いくら清掃ロボットが綺麗にしているとはいっても不自然なほどに整然としている。


「ゾルタン! 道の奥に変な建物があるよ! 行ってみよう!」

「待て、シーカ。注意しなくては――」

「ほらほら、はやく!」


 シーカに引っ張られるようにして、ゾルタンは街へと足を踏み入れた。何かやってくるかと身構えていたが、何の異状も見られない。暴走ロボットアンチェインを撃退するほどの迎撃装置があるのではと思っていたが、何の抵抗も見られず肩透かしを食らった気分だった。


 シーカの言う通りこの街の中心、大通りの奥に他とは違う建物が見えた。カラフルなガラスが窓にはめ込まれた、古めかしい様式の建物だ。何も危険はないようだし、行ってみるか。そう考えゾルタンはシーカとともに街の中央へと歩いていく。


 歩きながらビル群を見上げていると、そのビルのいくつかに何かこの景観には不釣合いな物体が見えた。遠目では分かりにくいが、軍が使用していたジャミング装置に似ている。センサーが使えるということは、今はどうやら機能していないようだ。小型の修理ロボットが張り付き、損傷箇所を修理している。

 ふと先日の雷雨のことをゾルタンは思い出す。もしかしたらあの時の落雷で壊れたのだろうか。


 ほどなくして、街の中央へとたどり着いた。建物の前には広場があり、そこには円陣を組むように黒いプレートが並んでいた。ただのモニュメントにしては不自然だ。それにそのプレートの囲む中心には、操作盤らしきものがある。何かの装置か、そう思いながらゾルタンはその操作盤へと近づいていく。


 ゾルタンが操作盤に触れると、周囲のプレートに何やら文字が表示され始めた。一文一文は短いが、そのプレートを埋め尽くすように文字が連なっていく。何百、何千、いや何億かもしれない。表示されたその膨大ぼうだいな数の文字列は、一つ一つが違った意味を持つものだった。


「ゾルタン、これなんて書いてあるの?」

「これは……名前だ。すべて人の名前だ」


 それを見て、ゾルタンはこの街がいったい何なのか、ようやく理解した。

 ここは慰霊碑いれいひだ。戦前の町並み、戦前の暮らしを再現した、もはやこの地球上から消え去った風景。戦争で死んだ者達のために作られた、街の形をした墓標ぼひょうなのだ。

 その名前の中、ひときわ目立つように表示されたその名前に、ゾルタンは見覚えがあった。


「――――」

「ゾルタン、どうかしたの。ゾルタン?」


 ゾルタンはシーカのその呼びかけに返事もせず、操作盤から離れて広場の奥に見える建物へと歩を進める。七色のガラスで彩られたその建物へ近づいていって、それが何なのかようやくゾルタンは思い出した。これは、戦争の火種の一つとも言われていた宗教特有の建造物だ。


 その建物の中心、十字型のモニュメントの下にガラスケースが安置してあった。入口からもう見えてはいたが、それでも近づいて確かめざるをえなかった。

 手で触れられるほど近づいたガラスケースその中には、ゾルタンと同じ軍服を着た初老の老人が横わたっていた。


「……将軍」

「しょうぐん?」


 それはゾルタンの知る人物だった。戦争のさなか、通信が途絶とぜつし本隊とはぐれてしまっていたが、まさかこんな形で再会しようとは。

 冷たいガラスケースに触れる。調べた限り、身体の大部分は人工物で補修されているようだ。恐らくは爆撃か何かで戦死したのだろう。死んでいるとは思えない、綺麗な寝顔をしている。


「――そうか、あんた死んでたのか」

「ゾルタン、どうしたの? どうして――」


 唐突とうとつに、脳内に警告音が響いた。ロックオンされている。気づいた直後、轟音ごうおんが響いた。センサーが大型の熱源を街の外に感知する。暴走ロボットアンチェインだ。ゾルタン達と同様に、暴走ロボットアンチェインもまたジャミングが解けたここの事を察知してやってきたのだろう。


「ゾルタン!」

「シーカ、逃げるぞ」


 ここにいては危ない。わざわざ戦う必要もない、逃走経路を確保して早急に脱出しよう。シーカの手を引き、建物から出ようとしたその時、再び砲撃音が響き建物が大きく揺れる。着弾場所はすぐ近くだった。電子機器か熱源を感知したのか、この建物を狙っているらしい。天井から細かな破片が落ちてきて、それが老人の眠る棺へと細かな傷をつける。


「――――――」


 それを見た時、ゾルタンの中で何かが切れた。抑えきれない何かが、冷たい金属の胸の奥で燃え上がるのを感じた。


「……シーカ、ここで待っていろ」

「ゾルタン?」

「すぐに終わらせる」


 ただの自己満足かもしれない。そんなことをしても意味はないのかもしれない。だがそれでも、ゾルタンはこの墓標を壊させてはならないと思った。


「来い、ブリュンヒルデ」

『了解、オートモード作動』


 その呼びかけに応じ、建物から出たゾルタンの前に四輪バイクが自動操縦でやってくる。四輪バイクへと飛び乗ると、暴走ロボットアンチェイン目掛けて疾駆しっくさせる。シーカを乗せていない今は、速度を気にすることはない。アクセルを踏みしめどんどんスピードをあげていく。


 あの機種が前部装甲が耐弾性に富むことは知っている。そして直上からの攻撃に弱いことも。ただの武装では真正面から貫けない。

 だが真上から、装甲を貫くほどの高威力の武器であるならば。


「プラズマシュヴェルト

『プラズマ剣、起動』


 ゾルタンの指示に従い、火器管制がゾルタンの右腕を変形させる。プラズマ砲に似た、だがそれよりも細く鋭い形にだ。


「抜剣」


 その言葉とともに、変形した右腕から青白く輝くプラズマの刃が形成される。この刃であるならば。プラズマの刃を振るい、ゾルタンは暴走ロボットアンチェインへと突撃した。



 数分後。そこには両前足を切断され、頭部から煙を噴いて機能停止した暴走ロボットアンチェインと、いくらか服が焦げて傷の増えたゾルタンの姿があった。


「ゾルタン、傷だらけ」

「ああ」

「逃げようって言ったのゾルタンなのに」

「ああ」

「なんで危ないことしたの」

「ああ、まぁ……少し、感情的になった」


 いや、感傷的の間違いか。


「あの人を、傷つけられたくなかった」

「あのおじいさん?」

「ああ」

「大切な人だったの?」

「ああ。……重要な人物だった」


 どう考えても貧乏くじを引かされた、老い先短い人だった。ゾルタンは彼の最期を知らない。だがこうして慰霊碑を建てられ丁重に葬られているのだから、きっと英雄的な最期だったのだろう。


『お前さん達ゾルダートはでかいなぁ。見上げていると腰を悪くしそうだ』


 ゾルタンと初めて会った時、あの老人はそう言って笑った。自分達を率い、共に戦った老練の戦士。自分がそばに居続けられたなら、死なせずにすんだかもしれない。


「どうして、そう思った」

「だってゾルタン、泣いてたから」

「……そうか」


 ゾルタンの身体に涙を流す機能はない。だがシーカが言う通り、あの時自分は泣いていたのかもしれない。こんな体であることを、少し後悔した。


 シーカとともに街を出る頃、ゾルタンのセンサーに異常が起きた。街を認識できなくなりつつある。どうやらジャミング装置の修復が完了したらしい。ゾルタンは老人の眠る建物へ無言で敬礼する。シーカはゾルタンの真似をして敬礼してみせると、いつもと変わらない笑みを浮かべた。


 この笑顔からは、決して離れまい。ゾルタンはそう決意を新たにすると、バイクを走らせた。


 二人の旅は続く。

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