第7話 雨は大好き!
「ねぇゾルタン、雨の匂いがする」
「む」
シーカのその一言を聞いて、ゾルタンは空を見上げた。
相変わらずの
「シーカ、飛ばすぞ」
「え、わっ」
返事を聞くよりも先にゾルタンはアクセルを踏み、
ゾルタン達が近場の廃墟に辿り着くのと、雨が降りだしたのはほぼ同時だった。雨足は強く、しばらくは止みそうにない。雨足が遠のくまではここで待つしかない。
「降ってきたねー」
「ああ」
「しばらく止まないかなー」
「ああ」
「ねぇゾルタン――」
「シーカ、雨には触れるな」
「はーい」
この時代、雨は毒以外の何者でもない。世界各地で使用された核兵器、その爆発によって空へと舞い上がった
使用された当時に比べればその悪影響は格段に弱くなっているだろうが、そんな中を走る訳にもいかない。
ゾルタンは雨水によってできた水溜りへ目を向ける。頭部に内蔵された様々なセンサーが弾き出した結果は、意外にも低いものだった。完全に安全とまではいかないが、ただちに異常はないギリギリの数値といったところだ。
――この辺りで使用されたのは水爆か。
全ての核兵器が放射能汚染を引き起こす訳ではない。例えば水爆などはクリーンな核兵器と呼ばれているのだったか。大量破壊兵器を使っておいてクリーンとはなんとも馬鹿げた冗談だとゾルタンは思った。
来る途中で大きなクレーターがあったことと、周りにあった廃墟はどれも同じ方向に傾き倒壊しかけていたことから、この街の外れで核兵器が使用されたのは間違いない。軍事拠点でもあったのだろうか。
戦争初期はまだ良識があった。核など使うことも考えていなかっただろう。だが後期になるともうなりふり構わず核兵器が使用され、地球の広範囲が放射性物質で汚染される結果となった。今雨粒に含まれる放射性物質も、恐らくは遠い異国の地で使われた核兵器のものだろう。
ゾルタンは壁際に座り込み、天井を見上げる。雨粒が落ちてきやしないかと思ったが、どうやらその心配はなさそうだ。
「ねぇゾルタン、雨ってどうして降るの?」
「む」
外の様子を眺めていたシーカは、不意にそんな質問をゾルタンへと投げかけた。対するゾルタンは、その質問への回答に詰まっていた。雨が降る理由などまるで知らないからだ。
だがせっかくのシーカからの質問なのだ、知らないなんてそっけない答えで済ますわけにもいくまい。持っている知識や記憶を総動員して、ゾルタンは答えを導き出した。
「雨というのは、地球の血液のようなものだ」
「血液? わたしたちみたいに体中に流れてるの?」
「ああ。空と大地を
「今のわたしたちみたいに?」
「ああ。飲み水を求めて、天に祈ったらしい」
「祈ったら、水が降ってくるの?」
「いや。祈りは天に届かない」
「変なの!」
神に祈りが届くなら、きっと世界はこんなことにはなってない。それに、今みたいに死の灰が混じる雲が空を
「それにゾルタン、雨水はぜったい飲むなって言ってたじゃん」
「ああ。今の雨はダメだ。恵みをもたらさない。飲めば苦しむことになる。俺達にとっても地球にとっても毒だ」
「どうしてそうなったの?」
「それは――」
人間が愚かだったせいだ。そう答えようとした時だった。
空に白い
「わ」
雷だ。突然のことにシーカは身をすくませ、遅れて
「ぞ、ゾルタ~ン!」
シーカは半べそをかきながらゾルタンの元へ駆け出し、その勢いのままゾルタンの胸に飛び込んだ。
「わたし、かみなりきらい!」
「ああ、俺も雷は嫌いだ」
シーカを抱き返しながら、ゾルタンは同意する。何せゾルタンの体は金属製だ。雷の激しい日に
その同胞達が戦場で散り鉄クズへと変わっていくなか、様々な幸運によって戦後まで生き残れた自分なら、雷も避けてくれるだろうか。
ふと、かつてその同胞達の一人が話していた
「聞いたことがある」
「なにを?」
「雷が鳴った時にヘソを隠さないととられてしまうと」
「ヘソ? これ?」
「これ」
シーカがお腹のヘソのある辺りに触れるのを見て、ゾルタンはシーカのヘソの辺りを指で押して場所を教える。
不意にあることを思いつき、ゾルタンは探るようにその指を動かし、首をかしげてみせた。
「シーカ、ヘソがない」
「えぇ!?」
慌てて服をめくりあげヘソを確認するシーカ。もちろん、ヘソはなくならずにそこにある。シーカはめくりあげていた服をばっと下ろすと、その
「もう、ゾルタン!」
「冗談だ」
「むー!」
頬を丸くさせたシーカを見て、また思い出したことがあった。
「昔はカエルという生き物がいて、雨の日になればゲコゲコと鳴いていたそうだ。今のシーカみたいに、頬を膨らませて」
「かえる? そのかえるさんは、なんで怒ってるの? 雨きらいなの?」
「違う。喜んでいるんだ」
「喜んでるのに膨れっ面になるの? 変なの!」
「ああ、そうだな」
そんな他愛もない話をしながら、雨が止むのを待つ。
「――シーカは」
「なに?」
「シーカは、雨は嫌いか」
「ううん、雨好きだよ」
「それはなぜ」
「雨の日はゾルタンおしゃべりだから!」
「む」
言われてみればそうかもしれないとゾルタンは気付く。じっとしている時間を持て余し気味になるので、ついつい口数が多くなってしまう。それ以上の理由も、あるのかもしれないが。
『わたしは雨好きだなー。だって相合傘できるし、雨の日の貴方っておしゃべりだもん』
あの日の彼女も、似たようなことを言ってた。ゾルタンがその記憶を手繰り寄せようとした時だった。シーカが外を指差し、体を揺すった。
「ゾルタン、もうすぐやみそうだよ!」
「……ああ」
シーカの声に外へ視線を向けると、雨が目に見えて弱まってきていた。通り雨だったのだろうか。雨足はそのまま遠のいていきそうだ。
「昔は雨が止む頃、虹というものが見えていた」
「その“にじ”っていうのは、今は見れないの?」
「ああ。今は無理だ」
「そうなんだー」
この空を覆う雲を視界の果てまで吹き飛ばせば可能性はあるが、さすがにプラズマ砲をそんなにバカスカとは撃てない。
「だがいつか、見せてやる」
「うん、楽しみにしてる!」
「――本当かと聞かないのか」
「聞かないよ。だってゾルタン、いつか見せるって言った青空見せてくれたもん!」
「……そうか」
その約束はいつか必ず果たそう。そう決意するとゾルタンは立ち上がった。
「行こう」
「うん!」
二人は四輪バイクに乗ると、再び走り出した。
ビヨンド・ザ・ホライゾンを目指して。
二人の旅は続く。
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