第6話 遊園地で遊ぼう!

 二人は今、広大な施設郡の前で立ち尽くしていた。

 廃墟の街並みを抜けた先、シーカが奇妙な建物があると騒ぎ立てるので近寄ってみたのだが、そこはゾルタンにとって予想外の場所だった。


 かつてはカラフルに彩られていただろう無数の建造物と、スピーカーから響く陽気だがノイズ混じりの音楽。二人の目の前には、この終末の時代においてまず見ることはないだろう光景が広がっていた。


「繧?≠!」

「ねぇゾルタン、ここってなに?」

「ここは……遊園地、か?」

「繧医≧縺薙◎!」

「遊園地ってなに?」

「遊園地っていうのは、遊ぶところだ。色んなアトラクションがあって――」

「蛻昴a縺ヲ縺ョ縺雁暑驕斐□縺ュ!」

「……あー」


 シーカとの会話だけに集中しようとして、ゾルタンはそれをあきらめた。つとめて無視したままでいたかったが、ここまで自己主張の激しい動きをされては無視し続けるのも難しい。目の前でひょこひょことせわしなく動くそれへと、しぶしぶながら目を向ける。


 二人の目の前には一体のロボットが立っていた。戦闘用ではない。武装など一切されていないことは一目見て分かる。

 問題なのはその見た目だ。


「……ゾルタン、こいつキモい」

「ああ、キモいな」


 シーカの意見にゾルタンも同意する。人よりも大きな白い手、丸みをびたこれまた白いお腹、大きな黄色いくつをはいた足、だぼだぼの赤いズボン。そこまではいい。それらの上に乗っている頭らしきものが、外装が全てはがれて中身がむき出しになっているのがいただけない。頭部から伸びた二本のフレームがきしみながら動いているのが、虫の触覚を連想させて気持ち悪さは倍増しだ。


 そのロボットから視線を外し、隣に立つ色あせてサビついた看板を見ると、長い耳を振る愛らしいウサギのマスコットが描かれていた。かろうじて残る服装の面影から、目の前のロボットがそのウサギのマスコットそのものではないかとゾルタンは判断した。触覚に見える二本のフレームが、恐らくは耳を動かすためのものなのだろう。


 外装がめくれて機械むき出しのマスコットロボの頭は、どうひかえ目に言ってもキモい。夜に遭遇そうぐうすれば間違いなく銃撃していただろう。というか走り寄ってくる姿を見た瞬間、本気で撃とうと思った。


「繧医≧縺薙◎,螟「縺ョ蟲カ驕雁恍蝨ー縺ク!」

「ど、ドリームアイランド……?」


 しきりにゾルタンに向かって話しかけてくるこのマスコットロボ、ゾルタン達がゲートをくぐってすぐにてってこ走ってやってきて、それからずっとこの調子だ。園内の電飾やBGMも、マスコットロボの登場に合わせて付き始めた。

 電源設備が未だに生きていることには、さすがのゾルタンも驚いた。発電所からの電力供給はとうの昔に断たれているだろうし、自家発電でもあるのだろうか。


「蜒輔′縺薙?驕雁恍蝨ー繧呈。亥?縺吶k繧!」

「ゾルタン、この子なに言ってるの?」

「この遊園地を案内すると言ってる」


 マスコットロボは言語機能がいかれているのか、ずっとノイズのような声しか発さない。ゾルタンはこのマスコットロボが音声と共に発している電波を傍受ぼうじゅして、何を言っているのかはかろうじて判断できるが、これではシーカには伝わらないだろう。


「それじゃ案内してもらおうよ! ここって遊ぶところなんだよね、わたしその“あーとらくしょん”っていうので遊んでみたい!」

「……了解」

「縺、縺?※縺阪※!」


 とはいったものの、長年放置されていた遊園地だ。乗れるアトラクションなど、果たして残っているのやら。陽気な足取りで歩いていく二人のあとを、ゾルタンは追いかけた。



 二人がマスコットロボに連れられて最初に向かったのは、蛇のようにうねるレールの前だった。


「繧ク繧ァ繝?ヨ繧ウ繝シ繧ケ繧ソ繝シ縺?繧医?」

「ジェットコースター……」

「じぇっとこーすたーってなに?」

「列車に乗ってあのレールの上をすごいスピードで走り回る」

「ゾルタンのバイクみたいに?」

「俺よりは遅い」


 長い間ろくな整備もされていないのだろう。そのレールにはサビが目立つうえ、風が吹くたびに心なしかガタガタ揺れている気がした。


「おい。安全なのかこれは」

「縺励?繧峨¥縺翫∪縺。縺上□縺輔>」


 どこに連絡をとっているのか、マスコットロボはしばらくの間ピーガガガと音を立てて通信をしていたが、やがて元気に手をあげた。


「螳牙?轤ケ讀懃ーソ縺ク縺ョ繧「繧ッ繧サ繧ケ縺後〒縺阪∪縺帙s縲ょョ牙?轤ケ讀懊?豈取律繧?▲縺ヲ繧九°繧牙、ァ荳亥、ォ!」

「……乗るのは却下きゃっかだ」

「えー!」

「却下だ」

「ぶー」


 不満そうなシーカを連れて、ジェットコースターの前から離れていく。シーカがシートから放り出されてはたまらない。

 それに。ゾルタンは振り返ると、列車の前に置かれた身長制限のボードを見る。そこにはこう書いてあった。

 195センチ以下。

 200センチ超えのロボット兵士は、シーカの手を引いて次なるアトラクションへ向かった。



 続いて古ぼけた洋館の前へと連れてこられた。どうも元からそういう風に作られていたようだが、長年放置されたせいでよりらしい見た目になってしまっている。今にも倒壊しそうだ。


「縺雁喧縺大ア区聞縺?繧医?」

「……」


 名前を聞かずともその外観からどういうアトラクションかを察していたゾルタンは、マスコットロボの後について洋館へ入っていこうとするシーカを引き止めた。


「シーカ、ここはよそう」

「なんで?」

「よそう」

「えー」


 こんな世界でお化けなんてものを怖がるというのもおかしな話だが、夜にシーカが眠れなくなっても困る。



 その後向かったアトラクションは、ぎこちなく上下するメリーゴーランド、異様に回転の速いメルヘンカップ、草木がれ果て枠組みだけになった迷路などなど……。予想していた通り、遊べるアトラクションはほとんどなかった。


 園内を回っている途中、ゾルタンは道ばたに倒れたロボットを発見した。もはや外観がどんなものだったかも分からないほどボロボロで、動かなくなってからかなりの年数が経っているようだった。それも恐らくマスコットロボの一体なのだろう。


 仲間がどんどん壊れていく中で、こいつはどんな気持ちで客を待ち続けたのだろう。自分たちの前を歩くマスコットロボの背中を見ながら、そんなことを思った。



「縺薙l縺悟、「縺ョ蟲カ驕雁恍蝨ー縺瑚ェ?k繝。繧、繝ウ繧「繝医Λ繧ッ繧キ繝ァ繝ウ,隕ウ隕ァ霆翫□繧!」

「ゾルタン、これは?」

「観覧車だな。あのゴンドラに乗ってぐるりと回る」

「乗ってみたい!」

「……。まぁ、大丈夫か」

「わーい!」


 ざっとスキャニングした結果、乗っても問題はなさそうだった。他のアトラクションに比べてかなり状態もいい。それにいざとなれば、シーカを抱き抱えて飛び出せばいい。


「邏?謨オ縺ェ譎ッ濶イ繧呈・ス縺励s縺ァ縺ュ!」


 マスコットロボに見送られ、二人は観覧車に乗った。ゆっくりと回り、地上から離れていく。やがて見え始めた光景は、マスコットロボが言ったような素敵なものではなかったが、シーカはご満悦まんえつな様子だった。


「高いねー」

「ああ、高いな」

「見てゾルタン、遠くまで見渡せるよ!」

「ああ。……楽しいか、シーカ」

「うん、楽しい! わたしね、ゾルタンと一緒ならいつでも楽しいよ!」

「そうか」


 窓から下を見ると、マスコットロボがゾルタンへ手を振ってきた。

 それを見て、ゾルタンは少し感傷的な気持ちになってしまった。きっとあのロボが見せたかった光景は、本当ならさぞ綺麗な眺めだったのだろう。今観覧車から見える光景は、寂れた遊園地と廃墟となった街、そして干上がった海くらいなものだ。


 あのマスコットロボが高度なAIを搭載とうさいしていないことを、ゾルタンは幸福なことだと思った。人間並みの知性があったなら、きっと彼は今の世界を嘆き悲しんだろうから。もう誰も遊園地には来ないことも、彼が見せたかった光景がもうどこにも無いことも、理解できずに済んだのだから。



 ひと通りのアトラクションを回った頃には、結構な時間が過ぎていた。


「そろそろ行こう、シーカ」

「うん、行こうゾルタン!」

「繧ゅ≧蟶ー縺」縺。繧?≧縺ョ?」

「ああ。もう行く」

 

 遊園地の出入り口で、二人へ手を振り見送るマスコットロボ。

 心なしか、どこか名残惜しげに見える。


「縺セ縺滓擂縺ヲ縺ュ,繧セ繝ォ繧ソ繝ウ蜷」

「君付けで呼ぶな。それにもう――」


 言葉を続けようとして、それに気づいてしまった。施設の電飾もBGMも、全てが止まっていることに。


「――ああ」


 マスコットロボから目を逸らすと、ゾルタンは四輪バイクブリュンヒルデを走らせた。


「ばいばーい!」

「……」


 手をあげたままのマスコットロボへ、シーカが手を振り返す。

 ゾルタンは何も言わなかった。マスコットロボがもう止まっていることも。そして恐らくは、再びそのモーターが動くことはもうないだろうことも。あの遊園地には電力はもうほとんど残されておらず、自分たちを出迎えるために残っていた電力を使い果たしたのだろうことも。


 マスコットロボの姿が見えなくなるまで、シーカはずっと手を振り続けていた。


 二人の旅は続く。

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