3-3 チェンジ「ウチ、好きな人のためならけっこう何でもするよ」
+七渡+
昼休みになり、いつものみんなと机を合わせて食事をすることに。
俺と一樹と麗奈はコンビニで買ったパンやおにぎりを食べる。翼としばゆーは弁当を持参しているみたいだ。
「天海っちって好きな食べ物なんなの?」
しばゆーは俺の好物について聞いてきた。
「ピザとかパスタとか洋食系が好きだな」
「ふーん。廣瀬君は?」
「ウインナー」
「そうなの!? じゃあ今度、たこさんウインナー作ってくるから食べてみてね!」
あまりにも露骨に反応が違うしばゆーに
きっと俺は一樹の好物が聞きたいがための前置きだったのだろう。
「な、七渡君、
「あ、ああ。ほどほどにな」
「七渡~チョコちょうだーい」
「ほら」
俺は隣にいた麗奈にコンビニで買ったチョコを渡す。二人が加わっても以前と態度を変えない麗奈。一緒にいると落ち着くな。
「天海っちって、好きな女性のタイプとかあるの?」
再びしばゆーから質問される。きっとこれも本当は一樹に聞きたいけど、いきなり一樹に聞くと露骨になってしまうので俺を通してからという思惑だろう。
「急に言われてもな。あんまり意識したことない」
「じゃあ何フェチとかは? うなじが好きとか太ももが好きとか?」
あまり女性の前でそういう類の話はしたことがないので恥ずかしいな……
「そうだな……麗奈」
「えっ、あたし!?」
俺が名前を呼びながら麗奈を見ると、驚いた表情を見せる。
「麗奈ってセーター着てるだろ?」
「うん」
「その裾をどっかに引っかけたのか糸が大きくほつれてるじゃん? そこの部分とか好きだな」
俺の回答が変だったのか、空気が静かになってしまう。
「出たな七渡のゴミフェチ」
「ゴミフェチ言うなや一樹」
一樹には前に言ったことがあるので、意味を理解してくれているようだ。
「人間じゃなくて服じゃん。やっぱり天海っちって変わってるね」
「生活感がある感じが好きってことだよね?」
翼が俺の言葉を
「ほれほれ~」
ほつれているセーターの裾を猫じゃらしのようにして、ふりふりと振って見せてくる麗奈。
「廣瀬君は何フェチなの?」
しばゆーはやはり一樹にも話題を振った。そういえば一樹のそういう話題はあまり聞いてこなかったな。
「人の笑っている顔が好きだな。笑顔フェチ」
おぉ~と女性陣から歓声が漏れている。何この反応の違いは……今度から俺も
「そ、そうなんだ。にへへへ」
しばゆーは不自然な笑みを見せながら返事をする。流石に露骨過ぎるだろ。
「何その顔っ」
珍しく麗奈が噴き出して笑っている。
「柚の天然にっこりスマイルを笑うな~」
しばゆーの
こういう何気ない時間が本当に楽しい。
俺はこの関係をずっと続けていきたいと、改めて強く思った──
∞麗奈∞
放課後になり、クラスメイト達はそれぞれに散らばっていく。
七渡と廣瀬は部活に入らなかったこともあって先生から委員会に無理やり入らされており、今日はその委員会での活動があるので遊べなくなった。
そのため、今日は城木と二人で帰る。しばゆーは家が逆方向だし委員会にも入っているので、避けては通れない事象だ。
「はぁ……」
あたしは深い溜息をついてしまう。
イメチェンが成功して自信が湧いているのか、城木は七渡との距離を今までよりも一歩詰めていた。
七渡のことを常に目で追っているあたしには、そういう小さな変化もわかってしまう。
今まで城木を地味で目立たない女だと思っていて、どこか軽視していた。
だが、今の城木は悔しいけど可愛い。
このままだと七渡が取られちゃう気がしてきて、少し
「地葉さん一緒に帰ろ」
「うん。そのつもりだった」
城木と二人で学校を出る。隣を歩く城木はキラキラとしていて、まさに絶好調といった感じが伝わってくる。ぶつかったらクラッシュしちゃいそう。
「何で急にイメチェンしてきたの?」
「え、えっと……自分を変えたいって強く思ったからかな」
少し言葉に迷いながら回答する城木。女性の誰しもが可愛く生まれ変わりたいと思っているが、翼のように大成功するパターンは
「その自分を変えようとした理由を聞いてるの」
「……地葉さんに負けたくないからだよ」
あたしの目を見て負けたくないとはっきり口にした城木。ぐぬぬ……
「何の勝負?」
「ウチは七渡君にとって一番大切な人になりたい」
何で今日の朝までは余裕で勝てると思っていた相手を、こんなにも脅威に感じてしまうのだろう。イメチェンをしたから? それとも決意を口にされたから?
「……そのためには、ウチは何だってするよ」
きっと、あたしが城木の覚悟に気づいてしまったからだ。
七渡のために引っ越してきて、七渡のために自分を変えて、七渡のためにあたしの前に立っている。
自己中心的なあたしとは真逆だ。城木は七渡のためなら自分のことはどうだっていいのかもしれない。
つまり、城木は人生を懸けている。七渡のことが全てだと思っている。
たとえどれだけあたしが優位な立場でいようが、決死の覚悟で飛び込んでくる相手には脅威を感じざるを得ない。
自分の中の焦りが強くなっていく。どうにか丸め込まないと、取り返しのつかないことになりそうな不安に襲われてしまう。む~。
「……あたしだって、負ける気なんてさらさらないけど」
大丈夫、七渡を思う気持ちはあたしだって負けていないはず。
逆にこんな人生を懸けている重い女が七渡につきまとうことになれば、それこそ七渡の人生を狂わすことにもなるかもしれない。
七渡に
前を向いて城木を見つめる。互いに目を
「でも、このままじゃあのグループにとっては良くないと思っている」
あたしは自分が勝つために、とある考えに至る。
「確かに……お互いの気持ちが強過ぎると、自分勝手な行動が増えてみんなに迷惑をかけちゃうかもしれないね」
「でしょ? だから、お互いに最低限のルールは制定するべきだと思っている」
少しでも優位性を保つには、自分のやり方に相手を引き入れる必要がある。城木のルールではこちらが不利になるからね。
「ルールって例えばどんなの?」
今一番危険なことは城木が後先考えずに七渡へ告白をすること。それは、グループが解散になり得る危険な行為だ。結果がどうであれ、絶対に阻止をしたい。
「告白はしない」
「えっ……」
やはり、城木は素直には
「何で? 地葉さんも七渡君と付き合いたいと思うでしょ?」
「そうだね。でも、それ以上にあたしはグループの関係を大切にしている。七渡と付き合えることを最優先にはしていないもん」
本音を言えば七渡と付き合いたいに決まっている。
でも、統計的に高校生のカップルっていうのは長く続かない。一年間も付き合えれば御の字。そのまま結婚なんてケースは一割以下。学生カップルなんて別れるために付き合うようなものだ。
七渡と別れて気まずくなったら嫌だし、それならずっと友達のままでいたい。
「別にこれはあたしと城木だけの問題じゃないの。グループが解散となれば、七渡はもちろん、廣瀬やしばゆーにも迷惑かかるでしょ?」
「それは……」
友達の名前を出したけど、結局は自分の居場所を守りたいだけだ。
あたしってば嫌な女だな……
「……ウチもみんなといるの楽しいから、そこは確かに抑制した方がいいかもしれない」
「でしょ? だから告白はしないルール。どう?」
「いいよ。でも好きだから付き合いたいとは思う。だから、七渡君から告白された場合は許してね」
「その場合は……仕方ないでしょ」
譲歩した形となったが、あたしは最初からそのつもりだった。
七渡から告白してきた場合は、あたしも受け入れるしかない。むしろ、それこそが七渡との一番良い付き合い方だ。こっちから別れを告げない限り、一生一緒にいれそうだし。
「もちろん、七渡君が地葉さんに告白した場合もウチは受け入れる。恨みっこ無しだよ」
「わかってる」
七渡は過去に友達と付き合って、すぐに別れた嫌なトラウマがある。だから、七渡が告白をするハードルは非常に高くなっている。
とりあえずはこれで現状維持の期間が確約できた。とはいえ安心はできないが、七渡を失う不安は少し取り除けた。
「じゃあ、七渡君に告白されるように頑張らないと」
ちょっとしたことでは七渡に告白させるような衝動は与えられない。何を頑張るのかは知らないが、短期間でどうにかできる問題ではないし。ばかばーか!
それに城木は男子を落とそうと積極的に行動する系のイケイケ女子ではないので、過度に心配する必要はない。
「もしかしたらこのまま現状維持だとか、ウチには何もできっこないとか考えてない?」
「……別にそんなことは~」
城木に心を読まれたので動揺してしまう。何でわかったし!?
「ウチ、好きな人のためならけっこう何でもするよ……後悔しないでね」
あたしだって七渡と一緒にいるためなら何でもするし!
「何でもって何よ」
「七渡君が好きそうなこと全部」
目が本気になっている城木。ちょっと
「あたしだって負けないから」
「うん。地葉さんは誰よりも強敵やし、ウチも頑張れる」
その言葉はあたしにも通ずるものがある。城木が他の誰よりも強敵だから、あたしも本気になれる。
冷静に考えると、好きな人のためにここまで本気で相手とぶつかれるなんて、青春らしい高校生活を送っているのかもしれないな。勝って終わればの話だけどさ。
城木と言い合っていると、いつの間にかあたしの家の前まで来ていた。
「じゃあ、また明日」
「じゃあね。今日はたくさんお話しできて良かったと思う」
「あたしも同じ気持ち。スッキリした」
最後には笑顔を見せた城木と別れ、家に入る。
「はぁ~緊張した」
重い
無事に城木とは、七渡に告白して関係を壊したりしないようにする協定を結ぶことができた。これは大きな進展だ。
自分の居場所を守るためとはいえ、今まで味わったことのないやりとりに少し疲れた。
【明日はジャージ忘れんなよ】
スマホを開くと七渡からメッセージが届いていた。
たったそれだけで、あたしは幸せになってしまう。
やっぱり七渡を失うわけにはいかない。あたしも覚悟決めないと。
「わかってるよ、ばーか」
あたし達の悩みを何も知らない七渡へ、届かない文句を言った──
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続きは小説第1巻で!
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あなたを諦めきれない元許嫁じゃダメですか? 桜目禅斗/角川スニーカー文庫 @sneaker
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