3-2 チェンジ「七渡をあたしの匂いで染めちゃおう」

 四時間目は体育の授業となった。

 体育館での授業であり、左半分では男子がバレーボール、右半分では女子がバスケットボールを行うみたいだ。


「ちょっと寒いな」


 みんながジャージ姿の中、俺は半袖の体操着だったのでちょっと浮いている。


「ジャージ忘れたのか?」


 体育館で合流した一樹が俺を奇異な目で見てくる。


「麗奈が忘れたから貸してあげた」


「相変わらず地葉には優しいな」


「そりゃ友達だし、可愛いし」


 麗奈に貸して~と可愛くおねだりされて断れる男はいないだろう。二秒で貸した。

 チーム分けが行われたので、俺と一樹はクラス唯一のバレー部であるやまかげ君のチームに加わった。


「みんな、バレーのルールは理解しているか?」


 山影君は早速、メンバーの六人にルールを理解しているかを確認してきた。


「俺達を誰だと思っているんだ?」


 俺は他のみんなを代表して一歩前に出る。


「誰なんだよ」


「ハイキュー世代だよ。ルールはハイキューで理解した」


 俺の言葉に周りにいたメンバーが全員うなずく。そう、俺達はバレーをしたことはないが人気漫画の影響でルールは理解できている。

 チーム内での連携を深めるため、ボールを軽く打ってラリーを続けることに。


「七渡~頑張ってねー」


 女子のエリアから手を振って応援してくれる麗奈。女子達との境にはネットが張られているだけなので、どちらの様子も丸見えとなっている。

 麗奈は俺の貸したジャージを着ているため、サイズが大きくてぶかぶかだ。

 袖からは指がちょこんと出ていて可愛らしいし、麗奈が俺のジャージを着ているというだけで幸福感に包まれる。


「おう、頑張る」


 気さくに答え麗奈に親指を立てると、スピードの速い強力なボールが飛んできた。


「うわっ、あぶねーぞ山影君。スパイク打つなや」


「羨ま死刑だコラ! 俺だってギャルの彼女に自分のジャージを着てもらいたい人生だったよ!」


 嫉妬で荒れている山影君。麗奈は誰かに呼ばれて去っていったため、これ以上の怒りは注がれないはず。


「七渡君……応援しとーよ。しないように気をつけてね」


 顔を真っ赤にしながら俺に手を振って応援している翼。東京では馴染みのないはかべんの応援に、その言葉を聞いた誰もがほっこりとしていた。


「死ねやおらぁあ! 俺だって女子に応援されたい人生だったよ! 何で男子バレー部には女子マネがいねーんだよオラ!」


 山影君から怒りのスパイクが再び放たれたが、翼の前でカッコ悪いとこは見せられないのでレシーブして一樹につなげた。


「凄いよ七渡君、かっこいい」


 可愛くなった翼に褒められると、何だかドキドキしてしまう。顔も見られないな。


「人気者だな七渡は。地葉と城木以外にもみんな見てるぞ」


 練習を終えた一樹が俺の肩に手を乗っけてくる。


「翼と麗奈以外はみんな一樹のこと見てんだよ。言わせんな」


 一樹はイケメンのため女性からの視線を集めてしまう。そして、その一樹のそばに常にいる俺はそのおこぼれで見られることも多い。


「誰かと付き合ったりしないのか? 連絡先とか頻繁に聞かれてんだろ」


「同年代とはあまり付き合う気にはなれないな。年上の女性が好みだしな」


 一樹は中学生の時から先生とか俺の母親とか好きになっていたからな。人の趣味こうにとやかく言うつもりはないが、せめて学校の先輩レベルにしてほしいものだ……


   ◇翼◇


 七渡君に可愛いと言われた。それがたまらなくうれしかった。

 似合ってるじゃなくて、今度は可愛い。その違いは私の中で本当に大きい。

 柚癒ちゃんと一緒に美容院に行き、長い髪をばっさりと切ってショートカットにした。

 オシャレも意識して、カラコンにして目を大きく見せたり化粧も少ししてみた。

 七渡君が私を見る目には明らかに変化があったし、私を見て照れていたのが印象的だった。女性として見られるというのは、こういうことなんだろう。


「翼ちゃん、今日はずっと嬉しそうだね」


 他チーム同士での試合が始まった体育の授業のバスケ。隣でその様子を見ていた柚癒ちゃんが私に話しかけてきた。


「そりゃあだって……うん。七渡君に可愛かわいいって言われたから」


「なんという純情な感情。あの男にはもったいないよ」


 柚癒ちゃんの言うあの男とは七渡君のことだろう。

 柚癒ちゃんは七渡君にかれてはいないみたいだ。個人的にはこれ以上ライバルは増えてほしくないからホッとしているんだけど。


「相変わらず七渡君には厳しいね柚癒ちゃんは」


「柚のタイプじゃないからね。それなのに可愛い翼ちゃんや麗奈んに好かれているなんてさ……もちろん、友達としては良い奴だけどね」


 いつの間にか地葉さんを麗奈んと呼んでいて、距離感が変わっている。地葉さんとは表向きには友達なので、いつまでも地葉さん呼びではいけないのかもしれない。


「はーだるっ」


「あっ麗奈んが戻ってきた」


 お手洗いから帰ってきた地葉さん。授業中なのに先生へ何も言わずにお手洗いに向かっていたのを見てすごいなと感心していた。

 私は臆病だから地葉さんのようにマイペースに行動できない。世間からはヤンキー気質かたぎされそうだけど、もう地葉さんはあのキャラでまかり通っているので誰も何も言わない状況だ。


「天海さん、そろそろ試合始まるよ」


 私達のチームのキャプテンであるぐろさんが地葉さんに声をかけるが、名前が間違っている。


「あたし地葉だけど……」


「えっ、ごめん。そうか、それ自分のジャージじゃないんだ」


 どうやら小黒さんは地葉さんが着ているジャージの胸元の名前を見て、七渡君のみようを呼んでしまったようだ。

 七渡君のジャージを着ているなんて本当に羨ましい。私も着てみたいな……めっちゃ七渡君の良い匂いしそう。って、私なに考えてるの!


「本当にごめん」


 地葉さんは周囲から恐れられていることもあって、小黒さんは青ざめた顔をして本気で謝っている。


「別にいいよ。将来的には天海になるかもしれないし」


 えええ!? それってどういうことなの地葉さん!


「そ、それってどげな意味なの地葉さん!」


 私は慌てて地葉さんに問いただす。聞き捨てならなかった。


「じょ、冗談だから」


「……そ、そうだよね」


 私の切羽詰まった様子に引いている地葉さん。七渡君のことになると敏感になっちゃうのは私の悪い癖だな。恥ずかしい……

 私達のチームの試合が始まると、現役バスケ部の小黒さんや元バスケ部の柚癒ちゃんの活躍もあって勝つことができた。

 中学時は帰宅部だった地葉さんも運動神経が良くて、私だけ足を引っ張る結果になってしまった。

 容姿は見違えるほど変わっても、やっぱり中身は変わってないみたい──



「お疲れ~」


 授業は終了し、合流した七渡君と廣瀬君がねぎらいの言葉をかけてくれる。


「七渡君、スポーツしとる姿もかっこよかったよ!」


 私は素直な気持ちを七渡君に伝える。七渡君に可愛いと言われ少し自分に自信が湧き、大胆に気持ちを伝えられるようになった。


「あ、ありがとう」


 照れくさそうにしている七渡君。普段の穏やかな姿は見ていていやされるし、スポーツをしている時の熱い姿はカッコイイ。好き。


「うぇーい」


 か七渡君に拳を向けている地葉さん。どういうことなんだろう……


「うぇーい」


 七渡君は地葉さんに合わせて拳を優しくぶつけ楽しそうにしてる!

 何そのやり取り!? 心が通じ合う感じが羨ましい!


「ジャージありがとね七渡。おかげで温かい」


「どういたしまして」


 やっぱり地葉さんと七渡君の関係には、まだまだ私が入れないような強い繋がりが見える。心が通じ合っているというか、一緒にいて自然な雰囲気が本当に羨ましい。

 それはまるで、許嫁いいなずけになる前の私と七渡君の関係に近い。異性としての感覚より、友達としての感覚が勝っていたあの頃だ。

 あの時は毎日が幸せだった。もう一度、あの日々を取り戻したい。


「反して天海っちは寒そうだね」


「地味に寒がりだからな」


「風邪引いちゃだめだよ~ぽかぽかしないと」


 七渡君の背中に抱き着く柚癒ちゃん。思わずその左肩に手を置いたが、地葉さんも同じタイミングで柚癒ちゃんの右肩に手を置いた。


「しばゆー何してんのかな?」


「あの、柚癒ちゃん?」


 地葉さんと同時に柚癒ちゃんをけんせいしていた。気持ちは同じみたいだ。


「ちょ、ちょっとお二人とも目がこわいんだけど」


 私達の様子を見て慌てて七渡君から離れた柚癒ちゃん。

 きっと七渡君とは友達と割り切っているために、先ほどのような大胆な行動がとれるのだろう。だが、それがしたくてもできない私達は見過ごせない。


「あんた男に簡単にそんなことしていいの?」


「いや、天海っち寒そうだったから」


 柚癒ちゃんの回答にあきれた様子を見せる地葉さん。


「城木も何か言ってやって」


「柚癒ちゃん、もう二度としないでね」


「翼ちゃんが一番恐い!?」

 私の忠告におびえている柚癒ちゃん。だって、柚癒ちゃんとはいえ七渡君に女の子がべったりとするのは嫌だもん。


「ナイス城木」


 私の発言を聞いて笑っている地葉さん。

 私のことを嫌っていると思っていたため仲良くなるのは難しいかと思ったけど、地葉さんは私のことが嫌いではないのかな?

 私の七渡君に対する気持ちが嫌いなだけなのかも……それが今のやり取りでわかった気がしてホッとした。

 きっと七渡君を助けるためとなれば、私達は一番信頼のおける仲間になることができそうだ。少しずれた歯車が合わされば、もっと仲良くもできる未来があるかもしれない。


「七渡をあたしの匂いで染めちゃおう」


 地葉さんは七渡君のジャージを脱いで自前の香水をかけている。

 あんなことしたらせっかくの七渡君の匂いが消えちゃうじゃん! 意味わかんない!

 駄目だ……やっぱり地葉さんとわかり合える日は来なそう。


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次回:「ウチ、好きな人のためならけっこう何でもするよ……後悔しないでね」翼と麗奈は恋敵同士、恋愛ルールを決めることになり……!?

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