狩人の葬儀
王と相打って命を落とした狩人の葬儀は、空き部屋となった長屋の一室で行われた。
周明の父母は、大逆の罪人となった我が子を、最初から居ないものとする腹積もりだったので、これは付近の住民が、有志を募って執り行ったものである。
無関係を装った父母も、結局は調べが付き、連座の憂き目に会ったという話だが、それは狩人の起こした事件が、人々の中から風化しかけた頃に、一部で流れた噂であって、正確なところは定かでない。
とにかく周明の棺を見送る列に、その姿が認められなかったことは事実である。
罪人であることに加え、取るに足りぬ身分であった狩人の葬儀など、普通まともな形で行われるものではない。
近隣の町人たちは、収穫を祝う式典の体を装って、町外れにひっそりと小さな塚を立て、思い思いに花を生け、食べ物を供えていた。
人々をして、その労を惜しませなかったのは、彼らが狩人の行いの底に義侠心を見出したから、少なくとも当人たちは、見出したつもりになっていたからである。
次々と供え物をしては、頭を下げ帰っていく町人達の列に、一際暗い顔をした三人組の姿があった。
「俺はてっきり金だと思った……」
「俺は絶対に女だと思った……」
「酒だったら、浴びるほどくれてやったんだがな……」
三人組の先頭に立つのは、酒屋の主人である。
「まさか、こんな大それたことを考えていたとは、露ほども思わなかった。何か夢の一つも持てば、奴の人生にも、張り合いが出るかと思ったが……」
「いや、張り合いなら、持っていたのかもしれないな。検分した役人の話を伝え聞いた限りでは、凄惨な景色に似合わぬような、それは安らかな死に顔だったそうだ」
三人は塚に手を合わせ、徳利を三つ供えて、深々と頭を下げた。
暫くあって日が落ち、人の列も途絶え、町外れの草原が元の静けさを取り戻した頃合に、一人の若者が塚を訪ねた。
「このような物など無くとも、あなたは天下一の弓とりになってしまわれたのですね」
その手には真新しい、漆塗りの丸木弓が握られていた。
「私の言葉を真に受けたのか、今となっては分かりませんが、この上は、あなたの言葉を形見と思って、精進しましょう。精々真っ当に生きましょう」
若者は丸太弓を塚に立てかけると、慇懃に一礼してその場を去った。
その十数年後、周明を名乗る篤志家が大陸を回り、君子として名を馳せるに至ったが、同名の狩人の名を記憶しているものは、その頃には誰も居なかったということである。
或狩人の物語 織部文里 @DustyAttemborough
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます