デッドメモリー

春嵐

on Hand & Wing

誰かが、しんだ。


誰なのかは、分からない。名前も。顔も。どこでしんだのかも。


それでも、はっきりとわかる。

手首の内側や肩甲骨の出っ張ったところが、ちょっと疼く。それだけで、充分に、分かってしまう。


しんだ。


私と繋がっていた、誰かが。


自分でも意識のないときが、ある。

寝る前とか、理科の授業とか、退屈なときとか。誰か、私ではない誰かと、会っていた気がする。


そして、気がつくと記憶が消えてて、なにも覚えてない私がいる。それだけ。他にはなにもない。


そして、今、身体から、繋がっていた糸が切れたみたいに、感覚が消えた。


手首をさする。なにも、感じない。


肩甲骨。届かない。そしてやっぱり、なにも感じない。


「いなくなったの」


名前も顔も知らないのに。記憶もないのに。


これから会うはずの、誰かなのに。


「なんで」


会ってすらいない誰かの、喪失が、刺さる。

なにも感じなくなったことが、余計に傷を、深くする。


手を伸ばした。


誰もいない。


虚空を掴む動作。


誰だったの。


なんで、私だったの。


応えはない。


ただ、空間が、そこにあるだけ。


腕を伸ばす。抱きしめようとした。


なにもない。


自分の腕。自分に、くっつく。


分かってしまう。


手首と、肩甲骨の疼く感じ。


誰かを抱きしめたとき、その温かさにふれる、場所。


もう何も、感じない。


最後に私を抱きしめて、しぬなんて。


「待ってよ」


いかないでよ。


忘れたくない。


手首と肩甲骨の疼きを。抱きしめられた温かさを。顔も名前も知らない誰かのことを。


お願い。


消えないで。


何を。


何を、忘れないようにしてたんだっけ。

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デッドメモリー 春嵐 @aiot3110

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