メインタイトルからは逃げられない

「もしもし比嘉ひが?」

『束原くん? どうしたのこんな時間に?』

「実はさ……」


 先生との電話のやりとりを終えた後、すぐさま僕は比嘉に電話をかけた。

 そして言う。やらかしちゃいましたと言ってるような調子で──


「学生証、奪われた」

『えっ!!??』


 比嘉は裏返った声で驚く。そりゃそうだ。教室に入るため、様々な学内施設を利用するのに必要な、いわばこの学校でのライフラインのようなものが奪われたんだ。ユニバやディズニーランドの年パスなんかの比じゃない。


『奪われた、ってもしかして?』

「ご想像の通り。それで先生に言ったら、しばらく学校休んでアイツらと行動を共にしろって」

『なんか、本当に災難なことになったね……』

「あぁ……」


 全くだ。やはりあの時に靴紐が切れたり、比嘉が首につけていたもののチェーンが外れたのは不幸の前兆であったか……。


「それでだ比嘉、頼みがあるんだが……」

『なに?』


 明日から学校に行けない僕。先生の授業を聞けないのは痛手だが、それをカバーする方法がある。それは──


「比嘉のノート、貸してくれないか?」

『………………ふぇ!?』

「えっ? 無理?」

『いや、違う! いいよ! ノートでしょ!?』

「そうだけど。なんかまずいか?」


 何故か再度、比嘉が声を裏返すので、てっきり拒絶反応かと思った。違うみたいだけど。

 僕の問いに、比嘉は落ち着きのない様子でこう続ける。


『えっとその……、私ね、男の子に自分のもの貸すのってやったことないから。わかる? この人が私の初めて……ってなって恥ずかしくなるの』

「あぁ……、うっ、うん。わかる」


「もう一回言って」と頼みたくなる気持ちを押し殺し、僕は作り笑いで切り抜けた。

 比嘉さん比嘉さん、その言葉は思春期の僕の何かをくすぐるからやめてね。


『それで、ノートだよね? わかった。できるだけわかりやすく書いて渡すね!』

「ありがとう。すごく助かる」

『うん! 早く学校に戻れるといいね』

「あぁ、もちろんだ」


 僕は強く決心した。早く学生証を取り返して、あんな問題児に囲まれる生活から抜け出さねば、と。


「それじゃあ、また」

『あっ、そういえば束原くん』


 電話を切るべく会話を終わらせようとしたところで、比嘉は僕を止めて──


『……これから、どこで寝るの?』


 ……あっ。


 学生証が学生寮のカードキーとしての役割を持つことを、僕はすっかり忘れていた。


 確かに過去に、学生証を自分の不注意で紛失した者はいて、事実彼らは担任からスペアの学生証を受け取るまで学生寮に入ることはできなかった。

 けれど、彼らは全員助かったとのこと。


 ──なぜか?


 それは、彼らが友達の部屋に入れてもらえたからだ。

 ウチの寮では誰か一人が学生証を持っていれば、誰でも学生証を所有する者の部屋に入ることができる。

 ただし、同性に限る──というのも学生寮は男子と女子に分かれており、異性の立ち入りは断固として認められていないからだ。


 つまり、女の子の比嘉しか友達がいない僕は『詰み』。今日は不幸なことに泊まる宿が無いのである。


『束原くん?』


「……まぁ、今日はネカフェにでも泊まるよ。明日は先生からスペアキーを──」


 もしかして忘れてた? と語りかけるような口調で僕の名前を呼ぶ比嘉に、僕はそんなことないよ、と迷いを見せないように答えたのだが……


『ダメだよそんなの!』


 ……えっ?


『だってこんな時間に一人でいるんでしょ? 補導されるよ!!』


 ──ア゛ッ゛! 完っ全に忘れていた!!


 どうやら僕はまだ未成年であるにも関わらず、補導なんてされない一人前の大人であると、どこかで自惚れていたみたいだ。

 よく考えろ、バカ! 僕はまだ高校二年の16歳で、身につけているのは日本一の名門校の制服。

 そんな僕が補導されたと知れ渡れば『我が校の恥だ』と言われ、厳罰を下されるであろう。

 それで何が『早く学校に戻ってやる』だ! この非行野郎め!!


「……比嘉、どうしたらいいと思う?」

『と、とりあえず誰か友達の家に──』

生憎あいにくだが、友達は比嘉しかいない」

『わわっ、私だけっ!!??』


 寂しいボッチ男の事実を告げると、何故かまた比嘉がテンパる。そして彼女の考えはあらぬ方向へ奔走するのだった。


『じゃ、じゃあ、私の部屋……来る?』


 照れているのが電話越しでもわかるくらいの囁きに、一瞬だけ思考がフリーズした。

 だがすぐに、僕は理性を取り戻して言った。


「いや待て、比嘉。女子寮は男子禁制だぞ?」

『わかってる! だから変装さえすれば大丈夫だと思うの!! 私、学祭の演劇で使った金髪ロングのカツラ、まだ持ってるから!!』

「いや無理だから! カツラだけでは生き残れないから!!」


 とりあえず落ち着け、と言って僕は比嘉を宥めた。


 宿がない僕のために必死になってくれる唯一の心の友、比嘉紅葉ひがくれは

 だけど彼女は友達である前に異性であり、思春期真っ只中の僕が、幼なじみ程の親密感の無い女子と部屋で二人きりになることに抵抗があった。


「……ごめん、ありがとうな比嘉。僕のために」


 友達の厚意に答えられないことに胸が痛むが、そもそも男子の僕は女子寮に入れないのだから仕方が無い。


「部屋は男子寮の誰かから借りるよ」


 そう言って比嘉を安心させようとした、そのときだ。


「その必要は、あらへんで?」


 背後から、最後に聞いて間もない声が聞こえてきた。

 僕に向かって関西弁で話しかける人なんてアイツしかいない。桜庭四姉妹の次女、夏葵なつきだ。

 僕は「それじゃあ、また」と言って電話を切った。


 ──さっきと変わらずのラフな格好で外に出るとか、羞恥心の欠片も無いのか!?


 そう言ってやろうとしたとき、夏葵の手から光るものがこちらに投げられた。


「これ、必要やろ? 

「あっ、あぁ……。でもこれって?」

「さっき先生が家に来て『これ渡しに行け』言われたんよ」


 そう言う夏葵はどこか浮かない顔をしてる。さては、と思って聞いてみる。


「それで? 先生にこっぴどく叱られたんだろ?」

「…………」 コクリ。


 基本、行動を起こすと共に言葉を発する夏葵は黙って頷いた。

 叱られたんだな。凹んでんだな。当たり前だよな、僕のライフラインを奪ったんだから。


「……まぁ、とりあえず助かった。ありがとう」

「──ちょーっと待った!」


 カギを受け取り、さぁさぁお家に帰ろうと思った僕のシャツの襟を、夏葵は背後から掴んできた。明るい声が戻ってる。また良からぬことを考えてるな? 


 そう思ったのだが、彼女は落ち着いた口調で言った。


「ちょっとだけ、話せぇへん?」

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日本一賢い高校の劣等生、不登校の天才四姉妹に自由を奪われる 緒方 桃 @suou_chemical

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