ゴールはどこだ?
「あの、
学生証を奪われた僕は担任の先生に電話でその旨を伝えた。
これは完全にイジメの部類に入るから、先生にチクれば一発KOなんだよ! やーいやーい!!
『どうだった? 桜庭四姉妹は』
けれど先生は先に質問を投げかける。電話をかけたのは僕の方なのに……。
仕方なく僕は答えながら自分が話そうとしていた本題を持ち出す。
「えっと、なかなか個性的で面白い人だったんですが……」
『……ですが?』
「……学生証、奪われました」
『ふーん、そうか』
「軽っ!」
──こっちは明日から学校に行けなくて困ってるというのに……。
『なんだ? イジメの報告か?』
「えぇ、そうですよ! だから助けてください!!」
『わかったわかった。とにかく、詳しく教えな?』
なんとか相談に乗ってくれそうになったので、僕は学生証が無くなった経緯を説明した。
「帰ろうとしたらカバンが無くなってて……」
『それで?』
「それでいつの間にか、カバンは玄関前に置かれてたんです。たぶんカバンが無くなっている間に犯行が行われたのだと思います」
『で? 犯人の目星は付いてるのか?』
「なんとなく犯人っぽいやつはいますが、確証は無くて。カバンが無くなってたのは、部屋で縛ら……、リビングに招かれたときからなので、恐らくリビングの掃除をしている最中に……」
『えっ? アイツらの家、掃除したの!?』
僕が学生証を奪われたことをそっちのけにして、先生は『掃除』というワードに楽しげな感じで驚いた。
「えぇ……、もう汚いのが気になって気になって……。あっ、料理も作っちゃいました。食生活が絶望的だったので」
『……
「……すみません。そんな綺麗な存在じゃないです」
『……だよな。それにしてもアイツらの家の掃除だけでなく、料理までしたかぁぁ。じゃあさ──』
笑いながら先生はそう言うと、囁くような小声で質問をしてきた。
『落ちてたパンツ、誰のやつが一番好みだった?』
「……ちょっ、何聞いてるんですか!?」
『掃除したってことは落ちてただろ!? 四姉妹の下着』
「落ちてましたよ! 残念ながら全員分見ちゃいましたよ!!!」
『だよなだよな! まぁせっかくだし教えてみな?』
「誰が教えるか!!!」
くそっ、どんどん話が逸れて行ってる……。
『ほらほらー、話せば楽になるぞー?』
けれど先生がしつこく質問して先が進まないので、僕は呼吸を整えて答えた。
「えっと……、────」
『おほぉ〜、なるほどねぇ〜』
くそっ、なんだこの新手のイジりは!!
それ以来しばらく、高鳴る鼓動と汗は止まらなかった。
「……それで、学生証の予備ってもらえますか?」
教室に入って授業を受けることはおろか、学生寮にすら入ることができない僕。
『うーん……、まぁ出来なくはないんだが……』
「それじゃあ──」
『いや、待て』
問題解決間近にして、先生は腑に落ちない様子を示しながら言った。
『別に束原のことを疑うわけじゃないんだが……、私にはあの四姉妹が盗みを働くとは思えないんだよ』
「待ってください。そんなこと言われても……」
突然、四姉妹の擁護をする先生は僕に疑いの目を向けた。
『本当にアイツらに盗まれたのか? 実はどこかに落としたとか──』
「だから、違いますって! 学生証は間違いなく盗まれたんです!! その証拠にメッセージまで入ってたんですよ!!」
そう言って僕は反論し、証拠であるあの紙のことも伝えた。
「『怪盗Sからキミに告ぐ。今のキミは学校に行くべきではない』ってなんなんですか!? 悪ふざけにも程がありますよ!!」
問題児たちのイタズラへの
『……なるほどねぇ』
けれど先生は対照的に、至って静かだった。
一呼吸置いて、先生は言った。
『わかった。束原、お前しばらくアイツらと行動を共にしろ』
「……えっ? 何言ってるか分からないんですが」
『つまり学生証を取り戻すまでは学校に来るな、ということだ』
まさか担任の先生から不登校を命じられるとは思いもしなかった。
「アンタ、それでも担任かよ!」と叫んでやろうかと思ったそのとき、先生は落ち着いた声で『束原』と言って、こう続ける──。
『怪盗Sに対して、お前はどう言い返す?』
「どう、って……」
──今のキミは学校に行くべきではない。
この言葉に対する反論なんて、一つしか無いじゃないか。
「そんなの、成績のため、卒業のため、将来のために学校に行くしかないじゃないですか!!」
『高校の卒業は義務教育の範疇ではないが?』
「そういう問題じゃ──」
『なぁ、束原』
「なんですか!?」
『……お前の
先生は言った。激昴する僕の頭に冷水をかけるように──
「それは……」
先生から放たれた問いに、僕は答えられなかった。
今の高校に入学したのは、東大に合格するため。
だけど周りの圧倒的な才能に打ちひしがれて、僕は目標を見失った。
だが、僕が見失ったのはあくまで目標。
そもそも僕は高校に入る前から設定なんてしていなかったのだ──自分の終着点を。
プロの小説家として活躍する
カリスマの読者モデルとして輝く
プロゲーマーとして、不安ながらも新たな世界への一歩を踏み出す
そして、女流棋士になるべく頑張り続ける
みんな、夢を叶えて今の地位を得たり、必死になって夢を掴もうと手を伸ばし続けている。
──そんな僕は、どこに向かって手を伸ばしているのだろう。
「………………」
僕は顔を俯かせ、黙り込んだ。
『束原』
「……はい」
『担任として、一人の大事な生徒であるお前に任務を与える』
そんな僕に、先生は暖かな声で言う。
『夢を追う者たちの勇姿を、間近で見て来い』
正直、学校に行けないことに焦りを覚えているため、そんなことをしている場合ではないはず。
「……わかりました」
けれどこのままでは学校に行けないから、やはり腑に落ちない。
だが僕は不承不承ながらに、先生の言葉を了承した。
『あっ、もちろんアイツらをちゃんと連れ戻して来いよ?』
「すみません、それは無理です」
まぁ、さすがにあの不登校問題児たちを学校に連れて行くことはできないから、学級委員長として出された任務は断るけどね。元々、その予定だったし。
それに──あんな姉妹と同じクラスで学校生活を送るなんて御免だ!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます