物語が始まる最悪な夜
リビングの掃除が終わって今度こそ帰ろうとした僕だが、何故かカバンが行方をくらませたせいで帰ろうにも帰れなくなった。
「そんじゃあ、新入りくんのために自己紹介しよ!!」
「は? 新入り!!? 何の!?」
「まぁ何でもええやん! これから仲良くやっていこうってことで!!」
「誰がキミたちなんかと!! 第一、僕はキミたちのせいで──」
「じゃあ、まずは長女の
「無視するなぁ!!」
仕方なく綺麗になったテーブルに座ると、
夏葵に指名され、恋春は長い髪を耳にかけながら立ち上がった。
「……
「は? それで終わり!? 趣味とか本職とか言おうや!!」
──本職? まさかこの子たち、もう手に職をつけてるのか……。
そう思い少しだけ劣等感を抱いてしまうが、その気持ちはすぐに恐怖に染められた。
「そうねぇ……、趣味は男子高校生の観察かしら?」
「なにそれ怖っ!!」
「今までここに訪れた未熟な男の子たちを何度喰らったことか……。ふふふっ……」
「やめて! こっち見て笑わないで!!」
「ちなみにちなみに! 恋春はプロのライトノベル作家『
「さ、櫻井小町先生!? 僕、先生の書くラブコメ、めちゃくちゃ好きなんです!!」
まさかこんな場所で大好きな作家さんに出会えるとは──。感激のあまり全身が震え上がるが……
「さ、サインください!!」
「ふふっ、私のために身を捧げるならいいわよ?」
「やっぱ遠慮しまーす!!」
やはりすぐにまた、恐怖で身体が震えた。
「ほな、次はウチやね! 同じくほんごーなんちゃら高校の
──高校の名前くらい覚えろよ!
「趣味はショッピング! 可愛いモノ大好きな現役カリスマJKモデルです!!」
「も、モデル!?」
──道理であのスタイルの良さか!?
……だったらあの女子力の無さは何だったんだ……。
「せやで! あっ、来週のマガ〇ン買ってな? ウチが表紙やし!!」
「マガ〇ンの表紙、ってえぇ!? マジかよ!!」
「なになに? ウチと一緒に読みたいん??」
「ん、んなわけあるかよ!!」
「んもぉ~、なに顔赤くしとるん??」
「……ぐぬぬ」
スタイルもノリも良い陽キャで一緒にいると楽しいのだろうが、僕はどうも彼女がニガテみたいだ。それに僕をこんな目に遭わせた張本人だ。絶対許さん!! あと、今日は彼女のせいで本当に疲れた。
「そんじゃ、次は──」
「……三女の
前もってゆっくりと立ち上がった雪音。
きっとこの子も手に職をつけているはず。予想するならば、企業からの依頼をこなすプログラマーであろう。
そんな先入観を抱く僕だったが──
「……今年から、プロゲーマーとして頑張ります」
手に職はあるものの、未だにデビューをしていないプロの卵、いや、
プロの世界で戦う──まるで女流棋士を目指す
「……でも、外出るの、不安」
けれど彼女は他の二人と違って、表情が不安に染まっている。
まるで外の世界に怯える子どものドラゴンのように身体を震わせていた。
「大丈夫! ケイくんがなんとかしてくれるから!!」
「は!? なぜそうなる!!?」
「……ほんと?」
「ちょっ、それはずるくないですか??」
雪音は僕の制服の裾を掴んで、上目遣いでこちらを見た。こんなことされて……、断るのが罪深すぎる!!
僕は口を
「ほな、最後!!」
「……さ、
「趣味は?」
「えっと、絵を描くこと……って、こっち見ないでください!!」
「あー、ダメだこりゃ」
僕と目を合わせると、葵海はテーブルに突っ伏した。
どうやらコミュニケーションを取るのは難しいみたいだ。というのも──
「葵海ね、いろいろあって『男性恐怖症』になっちゃったのよ」
「おぉ、それは大変だな……」
「まぁ私はむしろウェルカムだけど?」
「キミは頼むからもう少し慎んでくれ!!」
「さぁさぁ、残りはキミだけやで! 自己紹介!!」
そう言われ、背中をバシバシ叩かれる僕。痛い……。
「わかったから!」と言って夏葵の暴走を止めてから、おもむろに立ち上がった。
「本郷明徳高校の二年、
「趣味は? 本職は!?」
「えっと、趣味は……げ、ゲーム、かな? 携帯でやるやつ」
夏葵の質問に言葉を詰まらせながらも、それっぽい回答を苦笑しながら返す。けれど彼女たちの表情はパッとしない。ゲームが大好きな雪音でさえも、目を光らせることはなかった。
「じゃあ、本職は!? 無かったら目標とか夢でもええよ!!」
「……無いです」
そしてその問いに対しては答えを出せなかった僕にまた、誰か知らない声が語りかける。
──やっぱりキミは、何も頑張ってないんだね。
……うるさい。黙れ!!
僕は手を強く握り、顔を俯かせる。
「……ど、どしたん? そんな怖い顔して……」
「……あぁ、ごめん。えっと、僕の目標……、強いて言えば大学に推薦で入ることと、現状維持かな? どうせ僕みたいに勉強できないやつがあんなエリートな人たちに勝てないし。高校の近くにある
「そ、そっか! まぁ、頑張り??」
僕の目標を聞いて、夏葵は笑ってガッツポーズをしてみせた。けれど彼女の見せた表情は、僕に気を遣うような作り笑いに見えた。
目標、大学に推薦で入ること……。あぁそうだ、忘れていたよ。
「……あぁ、もう一つ目標があるんだ。聞いてくれる?」
「……えっ、なに?」
さっきまで
はーあ、何を絶望していたんだろうな、僕は。目標なんて、すぐに達成できるじゃないか。
──それで先生言ったんだ。『今回の件をクリアしたら、
僕は放課後、比嘉に話した言葉を思い出した。
「僕の目標達成には、キミたちの力が必要なんだけど……」
「へぇ~、で? ウチらは何すればええねん?」
「何って? とっても簡単なことだよ?」
僕は少し離れた彼女たちに近づこうとするが、どんどん彼女たちは僕から離れていく。
それでも、そろりそろりと彼女たちに近づく僕だったが……
「キミたちには……。って、痛っ!!」
「こ、来ないでください! 変態!!!」
またしても葵海が投げたテニスボールが顔面に直撃した。
葵海は顔を真っ赤にしてこう叫ぶ。
「あなたの目的なんてお見通しなんですよ! どうせ私たちに襲いかかって童〇卒業なんていかがわしいことを──」
「「ヒッ!!?」」
「あらあら……」
「違う! 違うから!!」
これ以上彼女たちに迫るととんでもない誤解を生みかねない。
僕は一旦椅子に座って、ここに来た理由を改めて説明した。
学級委員長として不登校の桜庭四姉妹を連れ戻すことや親御さんが娘たちに学校に登校させたい一心で、校長室まで乗り込んだことなどなど……。
「……ということだ。キミたちには学校に戻ってきて欲しい!!」
校長からの推薦がもらえることを伏せながら説得する。だが僕の説得にはもちろん聞く耳持たずで……
「「「無理!!!」」」
僕の願いは、長女、次女、三女によって即座にバッサリ切り落とされた。
「……はぁ」
一呼吸置いて、僕は不登校の理由を聞いてみる。
「……キミたちさ、なんで学校に来ないの?」
その問いに対して、三人から返ってきたのは──
「そんな暇、私には無いからよ」
「んー……、おもんないから?」
「人、いっぱい。怖い……」
彼女たちのらしさが顕著に表れた答えだ。僕だって言ってみてぇよ! 『学校行く暇無いんで(ドヤッ!!)』って!!
「とにかく、私たちはあなたに何と言われようが学校には行かないわ」
「せやせやっ!!」
「ツカハラくんも学校、行かなきゃいいのに……」
「…………」
はぁ……、ダメだこりゃ。僕は彼女たちの説得を諦めようと思った。
たぶん僕ごときの力じゃ、彼女たちは変わらない。今回の校長推薦のチャンスは逃すとしよう……。
「てことで、ミーティングはおしまい! はい、解散!!」
「さて、原稿の続きしないと」
「ナツキ、今日の晩ご飯は?」
「牛丼!!」
「はぁ……、これでもう一週間連続ですよ?」
夏葵の号令に続いて、四人の少女たちは二階の自室に逃げ込んだ。
……ん? コイツらの食生活、大丈夫か!?
「なぁ、本当にキミたち、一週間もそんな食生活を送ってるのか?」
僕がそう呼び止めると突然、恋春が泣き崩れた。
「……えぇ、そうよ。私たちが料理をできないから……。周りにす〇家しか無いから……」
「ちょっ、泣くなって!!」
「……チラッ」
──うわぁ、わざとくせぇ。
『チラッ』って擬音を口にしながら、恋春は顔を抑えた両手の指から目を覗かせた。
まるで「掃除もこなせるから、手料理もごちそうできますよね?」と言わんばかりの仕草だ。
「くっ……」
僕は後ろを振り向くが、何だか心がむず痒い。
カバンは見つからないが、このまま家に帰りたい。だけど彼女たちの乱れた食生活が見逃せない……!!
くそっ。いつから僕は『お隣の天使様』のような世話焼きになってしまったんだ!
「はぁ……、わかった。今日は何かの縁だ。特別に晩飯を作ってやる」
「さっすが、ケイくん! ウチ、ハンバーグ!」
「ステーキ、食べたい」
「私はカレーがいいわ」
「私は結構です! 誰が男の人が作るご飯なんか……」
「ダメだ!!」
料理は作ると言った。だが、リクエストは受け付けない!!
僕は彼女たちの要望を一蹴して、こう言った。
「今日は焼き魚をメインとした和食を作る!!」
「「「「うげぇ……」」」」
その後、家に食材が無いとわかった僕はすぐさまスーパーで品を揃え、彼女たちの反抗意見を一切無視して、肉を使わない健康志向の和食をご馳走した。
もちろん葵海の分も用意したし、彼女も匂いに食欲が増進されて素直に僕の手料理を食べてくれた。
「それじゃあ、僕もう帰るからな!」
「えー、一緒に食べようやー」
「残ったニンジン見せながら言うな! あと、ニンジン食べろ!!」
──しかも全員、ニンジン残してるし……。
「あっ、そうだ束原くん」
僕が消えたカバンのことを諦めて帰ろうとすると、恋春がニヤリと笑ってこう言った。
「また明日」
「?」
……いやいや、誰がこんな厄介な姉妹と関わるか! 先生に「無理でした」って伝えるつもりだし。
「あっ、カバンなら玄関に置いてるわよ」
「いつの間に!?」
そう言われ、僕は急いでカバンのある方へ走った。
カバンが見つかって安心した僕は逃げるように彼女たちの家から出ようと、急いで靴を履く。
後ろを振り向くと恋春だけが柔らかな笑みで僕に手を振るが、僕は手を振り返すことなく家の扉を開けた。
……モンスターハウス、恐るべし。
外に出ると疲れがドッと
「……帰るか」
僕はよいしょ、と言ってゆっくり立ち上がる。
念のためあのモンスター集団に何かを盗まれていないか確認すべく、僕はカバンの中を確かめた。
そこで、あるものが無いことがわかる──。
「……あれ? 筆箱が無い!!?」
僕は慌ててカバンの中を漁って筆箱を探すが、見つからない。
まさか筆箱が盗まれたのか……。そう思ったが、ふと今日のことを思い出す。
「……あっ、学校の机の中に置いてきたかも」
きっとそうだ。ごめんよ、勝手に疑って!!
僕は走り出し、筆箱を取りに行くために学校へ向かった。
だが学校に着いて初めて、僕は気付かされてしまった……。
「……無い!? 学生証が無い!!?」
玄関近くのゲートを開くべく学生証を取り出そうとしたが、学生証が見つからないのだ。つまり校内に入ることが出来ない!!
おかしい! 普段からパスケースに入れてるのに!!
僕は顔を真っ青にしてパスケースの中を
裏返すと、紙にはこう書かれていた。
『怪盗Sからキミに告ぐ。今のキミは学校に行くべきではない』
【後書き】
「面白い!!」「すこ!!」と思った読者様にお願いです。
良ければ☆や応援、応援コメント、作品のフォローなどしていただけると嬉しいです!!
それらは僕の血骨となり、更新速度もどんどん速めてまいりますので、何卒よろしくお願いします!!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます