四姉妹、みんな違って、みんな変

「──あっ、起きた??」


 声が聞こえる。さっきとは違う、清らかな声だ。

 目を開けると、薄暗い空間の中に歳上のお姉さんのような美女が笑いながら僕を見つめてるのがわかった。


「……ここは?」

「おはよう、束原慶つかはらけいくん♪」

「……あぁ、おはよう……ございます……。!!?」


 ──なんだこれ!? 身動きが取れない!??


 はっと目を覚ますと、身体が赤いロープで縛られていた。しかも亀甲縛り。なんで!?


「学校側もバカなものね。こうやって一人、また一人と生徒たちが犠牲になって、私の作品のネタになるだけなのに……」


 薄暗い部屋にまた一人、悪役のような笑みを浮かべた少女が入ってきた。

 肩まで伸びた黒髪、銀縁メガネ、制服姿に黒タイツの四連コンボは、清楚さを際立たせる。

 そんな落ち着いた容姿の彼女だが、レンズ越しに見える目は大きくパチクリとしていて、目を見るだけで胸がざわついた。


 ──この後、別の感情で胸がざわつくわけなのだが……。


「ふふっ、引っかかったわねニューフェイス。さぁ、私のラブコメのネタになる準備はできてる??」

「は? ラブコメ?? ネタ??」

「……ねぇ」

「……はい?」


 壁にもたれ掛かる僕に、彼女は迫る。顔、近い! 目を合わせるだけで心臓が口から飛び出そうだ。

 そんな僕にトドメを刺そうとしているのか、僕の耳元に口を添えて、こう囁いた。


「……キス、していい?」


 …………………………ふぁっ!?


「いや、無理無理無理! 何言ってんだよアンタ!!」

「言ったでしょ? ラブコメのネタにするのよ。さぁ、キスの感想を豊富な語彙力で表現してみなさい??」

「は? ちょっ、マジで無理だって!!」

「さぁ、目を瞑って??」


 まずい……。噂通り、本当に喰われてしまう!!

 息が詰まり、自然と目が閉じる──。がこんな美女に奪われるなら文句は無い、と半ば諦めていた。そのときである。


「ちょっ、なにやってんの! 恋春こはる!!」


 先程の金髪少女が暴走する清楚美少女を止めに入った。

 おぉ、まさかの救世主! ……なんて思ったが、そもそもコイツが僕を眠らせたわけで──


「あら、獲物で遊ぶのは早いもの勝ちよ? 夏葵なつき

「あかん、ウチが捕まえたからウチが先!」


 もちろん金髪少女改め、夏葵は僕の味方ではない。

 夏葵は僕の腕にしがみついてこう言った。


「今からこの子はウチと渋谷でデートするんやもん♪」

「は? デート!?」

「だってキミ、暇やからウチらの家来たんやろ?」

「いやいや、元はと言えばキミたちが──」

「あら? 捕まえた? 眠らせただけでよくそんなことが言えるわね?」

「ってことはアンタの仕業か! この亀甲縛りは!!」

「ふふっ、興奮するでしょ?」

「しねぇよ! むしろ純粋な恐怖しか生まれねぇよ!!」


 こういうやりとりをしていると、更にもう一人がこの部屋に入ってきたせいで事態が面倒になってしまった。


「お疲れ、二人とも。ワタシのために働いてくれて……」


 ボソッと小さな声を出してやって来たのは、恋春や夏葵よりも小柄な、パンダの着ぐるみのような部屋着姿の女の子。


「ねぇ、キミ。ゲーム、好き?」


 その子は僕の前にちょこんと座り、ゲームのコントローラーを渡してきた。

 雪のように白い髪は床に付くほど長く、おっとりとした目つきと甘い声には身が溶けそうになる。

 そんな彼女はまるで冬の妖精のようで……。いやいや、正気に戻れ自分! コイツらは僕を喰らおうとする危険人物だ! きっと彼女は『妖精の見た目をしているが、実は魔王だった!』みたいなヤバいヤツに違いない!!


「ちょっと、そこをどきなさい、雪音ゆきね

「せや、アンタは部屋戻らんかい! この引きこもり!!」

「うるさい。この作戦考えたの、ワタシ。だからワタシが先。ねぇ、ゲームしよ?」


 ここからは新しい玩具おもちゃを取り合う喧嘩が勃発した。

 その喧嘩の最中で、彼女たちの本性などがあらわになった。


「いいや! そもそもこれはウチの活躍あってのものやろ!! だからウチがこの子と遊ぶんや!!」

「そんなこと言って、ナツキはどうせ夜中にホテルでエッチするまで帰ってこないつもりでしょ? このビッチ……」


「ほ、ホテルでエッチ!!??」

「はっ、はぁぁ!? なに言うとんねん、雪音!! てかウチ……しょ、処z──」

「その見た目で処女アピールとか止めてくれないかしら? 気持ち悪い。ラブコメのヒロインにでもなったつもり?」


「はいはい、そういうのええから。アンタは部屋に戻って創作……、いや、オ〇ニーでもしといたら??」


「それ言っちゃダメなやつ! 敵作っちゃうから!!」

「……ちっ。まぁ、いいわ。ここは平等に上下関係に従いましょ?」

「それ平等じゃないよね? てか早く紐を解いてくれませんかね!!?」

「私が長女だから、私が先。次は次女の夏葵。その次は──」

「それダメ。ワタシ、不利」


「ていうかさ? ウチらおないやん?? 誕生日も一緒やし」


「でも残念、出生時間が違うわよね? 母さんから聞いたわ。私が一番で、次があなた。その次に雪音で──」

「ちょっと待て! キミたち四つ子だよね???」


「いいえ、私たちは。たまたま同じ病院の、同じ分娩室で仲良い母親同士で出産しただけよ?」


「もしかして束原くん、ウチらをマジで四つ子やと思ってたん?? んなわけあらへんやろ!? アニメの見過ぎとちゃうか?」

「いやいや、キミたちアニメ超えてるから!!」

「ワタシとコハルが双子で、ナツキともう一人──アオイって子が双子で、ワタシたちの養子……」

「……つまり、あなたたちは部外者ね?」

「うーわっ、最低!!」

「上下関係はワタシ、コハル、ナツキ、アオイの順だね」

「ちょっと雪音。私が一番上なんだけど?」


 一向に終わる気配の見えない姉妹戦争シスターズウォーズ。けれどそんな戦いに終止符を打つ存在が現れたのは、この後すぐのこと。

 部屋の扉がバン! と勢いよく開いた。


「うるさいですよ三人とも! ご近所の迷惑ですよ!!」


 部屋の入り口から、青髪ポニーテールの女の子が──って、あの子。さっき電柱に隠れてた──


「……ひっ! なんでいるんですか、このケダモノ!!」


 彼女も僕に気付いたのだが、僕を見るなりゴキブリを見つけたかのように身体をゾクッとさせた。


「もしかして、キミが葵海あおい──」


「は、早くそんなの捨てて来てください!!!」

「人をゴミ扱いするな!!」


 彼女は顔を真っ青にして、泣き顔になりながら言った。


「えー、別にええやん。可愛いんやし」

「可愛くないです! 襲われますよ!!」

「誰が襲うか!!」

「落ち着いて、葵海。大丈夫よ、この子は私たちが責任を持って食べるから」

「食べるの!? 僕、マジで喰われるの!!?」

「……意外といけるかも」

「やめて! 食べれるか調べるために腕触るのやめて!!」


「と、とにかくそのバケモノを早く逃がしてください!!!!」



 〇



 しばらくして、僕は葵海の説得のおかげで縄を解かれた。

 そして今、リビングにいる。


「くそっ……、災難だ。僕はもう帰りますからね!?」

「そう言ってるけどキミ、帰る気あるの?」

「……はっ、しまった! つい身体が勝手に!!」


 長女の恋春に指摘されて気付かされる──いつの間にか彼女たちの汚いリビングの掃除をしていたことに。

 綺麗好きで掃除が日課の僕は、汚い空間を見るとどうしても掃除したい欲に駆られてしまうのだ。


「別に止めんでもええやん! ウチもやろー♪」

「掃除できるなら、普段からやればいいのに……」

「えっ? できひんよ?」

「は!?」

「なぁなぁこのパンツとブラ、どこしまえばええの?」

「ちょっ、なに見せてんだよ!!」


 次女の夏葵が床に落ちていたピンクの下着を平然とした様子に見せてきた。この女、羞恥心というものが存在しないのか!?


「てか、なんで去年の一学期の中間テストの結果がテーブルの上に……って、全科目満点!!?」

「それ、ワタシの。見ないで、エッチ……」

「あっ、うん、ごめん……」


 三女の雪音がサッと僕が手に取った紙を取り上げる。

 まさかと思い、彼女たちの目を見ると、「定期テストなんて、満点取って当たり前」と返した。心が折れそう……。


「あとはソファの上だけ……ってまたパンっ!!??」

「さ、触りゅにゃ!! このケダモノ!!!」


 水色の子どもっぽいパンツを手に取った瞬間、遠くから僕の顔面に向かってテニスボールを投げてきたのは、バイオレンス四女の葵海。

 僕と彼女の距離は必ず二メートル以上の『社会的距離ソーシャルディスタンス』を保っていた。


 これが桜庭さくらば四姉妹か……。

 僕は彼女たちのリビングを掃除している間に様々なことを知らされた。

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