劣等生、モンスターハウスへ──
僕が生徒会長を務めていた頃にも学校に来ない不真面目な生徒はいた。とはいえ彼らはいわゆるヤンキーという、僕みたいな弱者が絡めばボコボコにして病院送りにするような存在で、今まで「不登校の生徒がいるのは問題だ! 会長のキミが連れ戻しなさい!」と言われたことは無かった。
それなのにだ。担任の
「絶賛不登校中の
なぜ僕が不登校の見知らぬ女の子たちに会って、学校に来るように説得しなきゃいけないんだ!?
その理由を放課後に聞くと──彼女たちは先生の言うことを聞かない『問題児』で、「同級生が説得に来てくれるなら考えてあげる」と言われたかららしい。絶対何かの罠だろ。
ちなみにクラスメイトに教えてもらったのだが、桜庭四姉妹の家に訪れれば『喰われる』という怖い噂が流れており、彼女たちの住む家を『モンスターハウス』と呼ぶらしい。
「ねぇ、本当に行くの?
教室を出る途中、
そのまま僕らは玄関近くのゲートの前で学生証をピッとかざし、下駄箱へ向かった。
最近ウチの学校に部外者の侵入があったらしく、その対策で作られたゲートだ。学生証を持っていない者は、特例の無い限りは教室に入ることが出来ない。
「あぁ、どうも断ろうにも断れなくなっちゃったからさ……」
「断れなくなった? どういうこと?」
その理由を、僕は事細かに説明した。
「放課後、先生に言われたんだけどさ。仕事で海外出張中の四姉妹の親御さんが『なんとかしてくれ!』って、耳が痛くなるほど学校に連絡しているらしく、校長がかなりお困りの様子なんだってさ。一度、校長室に凸られたときは死を覚悟したって……」
「えぇ……」
「それで先生言ったんだ。『今回の件をクリアしたら、
「慶応大!? そりゃ、
「大丈夫。喰われる前には逃げるし、無理だったら『無理でした』って伝える。まぁ、それで先生が諦めるとは思えないけど……」
そう言うと比嘉は確かに、と言って苦笑した。
「そんなことより、比嘉は自分のことに専念しなよ。女流棋士になれるまであと一息なんだろ?」
「一息って言っても、まだ半年はかかるよ? それに負けて降格したら、更にチャンスが遠のいちゃうし」
「大丈夫。比嘉なら半年で女流棋士になれるよ」
そう言うと比嘉は、うん、とコクリと頷いた。
さぁ、校門を出ればモンスターハウスに向かわねばならないわけだが……。
──今日は何も起こらないことを切に願いたい!!
そう思った矢先のことだった。
「……あっ」
「どうしたの?」
「……靴紐、切れた」
「ありゃぁ……」
お互い目を合わせ、目で語り合う。『これは不吉なことが起きそうだ』と。
「はぁ……、なんか行く気失せてきた……。ん? どうした?」
隣で歩いていた比嘉もまた立ち止まるので、何事かと思い振り返る。
すると彼女はシャツのボタンとボタンの間から手を入れて何かを探っていた。
「……比嘉?」
「あぁゴメン! なんか首にかけてた家のカギのチェーンが外れちゃって……」
比嘉はそう言うが、急いでシャツの下に落ちたモノを取りだしてポケットの中に入れたのでカギなのかは分からなかった。まぁ、カギじゃなかったからなんだ?って話なのだが。
それにしてもチェーンが切れたのか。
やっぱり僕、災いに巻き込まれるのかな……。
〇
校門を出て徒歩10分。先生がくれた地図の通りに歩いた先に、二階建ての家が見えた。
「ここが、モンスターハウス……」
モンスターが
ただ一つ、背後の電柱に隠れて僕をじっと見つめる青髪ポニーテールの女の子を除けば……。
「……何やってんだ?」
後ろを振り向くと、少女は手に持っている石をある規則に基づいていそうなリズムで電柱にぶつけていた。
何かを伝えようとしているのだろうか? とりあえず耳を傾けてみることに──。
カンカッ! カッカッカン! カッカンカッカンカッカン! カン! カン!! カン!!!
……なるほど、わからん。
僕は彼女をスルーして、家の扉に視線を戻した。
「大丈夫、大丈夫……」
そう自分に言い聞かせ、僕は恐る恐る一歩前ずつ歩みを進めた。
インターホンが遠い。まさか庭のある家で今どき、インターホンを押すためにドアの前まで行かなければならないとは……。
僕はドアの前に立つと、熱いモノを恐る恐る触ろうとするようにインターホンに指を近づけた。そして、ピンポンと押すとすぐに指を退けた。
「やべぇ、押しちゃった……」
『はぁ~い!』
インターホンの向こうから、明るい女の子の声が聞こえた。そしてドタドタと床を走る音が近づいてくる。
「どちらさんですかぁ!?」
ドアが開くと、びっくり箱の要領でツインテールの少女が飛び出してきた。
──口調は、関西弁か?
あまり聞き慣れないものだった。
肩よりも下に伸びた絹のように綺麗な金髪が
すらりとした
「あっ、あの……はじめまして……」
目の前にいる彼女はなんと胸の谷間と美脚の大半が見えるほど露出した部屋着姿だ。
くそっ、どこに目のピントを合わせろと言うんだ……。
「えっ? なに目泳がせとるん? きも〜っ」
「目のやり場に困ってんだよ!!」
素早くツッコミを入れると、彼女はクスクス笑って──
「んもぉ〜、男の子やなぁ〜!」
「そういうキミはもう少し女の子らしくあってくれよ……」
「そんで? キミ誰?」
嵐のように激しいノリの関西弁少女相手に疲れた僕は一息置いて、名乗りを上げた。
「……二年の
「ふーん、キミが新しい学級委員長かぁ」
そう言うということは、以前にも学級委員長が訪れたのだろう。たぶん去年、同じクラスの。
「まぁ、ええわ! ささっ! 詳しいことは中で話そ!!」
「えっ? いや、そこまでは……」
彼女に突然腕を引っ張られ、戸惑う僕は足を踏ん張ってこの場に留まろうとした。
「なになに? もしかして女の子の家、初めて来ます系男子ぃ〜??」
「うっ……、そうだよ悪いかよ」
「ううん! むしろ可愛いし高評価!! ほら、上がった上がったぁ!!」
僕をからかうように笑うと、彼女は更に強く僕の腕を引っ張った。
そのまま家に引き込まれた僕は忘れていた──モンスターハウスに足を踏み入れてしまったことを。
「うわっ、なんだよこの部屋……」
リビングに着くと、部屋中にはくしゃくしゃに丸まった紙や洗濯物が散乱しており、案内されたテーブルには漫画や小説がスペースの大半を占拠していた。
しかも下着を堂々と部屋干しするのはおろか、床に落ちてるなんてひどすぎる!
また目のやり場に困った僕はテーブルのパーソナルスペースを確保して、顔を俯かせた。
「さぁさぁ、飲んだ飲んだ!」
家が異常とはいえ、彼女たち自身が異常だということを忘れていた僕は、何の疑いも抱くことなく出されたお茶を頂いた。部屋は汚いのに、お茶は透き通った綺麗な緑色。おまけに、美味い!!
だがこの後すぐのこと、僕は彼女の策に嵌められていることを知る……。
……あれ? 頭が、グラグラする……。
背筋を伸ばしていられないほどの眠気が身体に襲ってきた僕。
強すぎる睡魔に耐えきれず、僕はそのままテーブルに倒れるような勢いで頭を落とした。
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