才能に打ちひしがれて
ただ『制服で登校すること』以外は何をやっても許される自由な学校であり、そのせいで変わり者たちがウチの学校に謎の立て看板が置いたり、卒業式をコスプレで出席したりと──赤門の向こうの大学生たちがドン引きするほど。
今日も朝から誰が作ったか分からない『きのこ派殲滅』と書かれた立て看板が職員の皆さんに撤去されていた。ちなみに僕はきのこ派なので、その看板を作った犯人には厳罰が下されて欲しいと切に願っている。
「
「はい」
「
「うぃーす」
高校一年生の僕、
窓からは道路を挟んで向かい側に日本一の大学が見える。この学校にいるほとんどの生徒にとっては、手を伸ばせば届くほど近い存在であろう。
「次、束原」
「はい」
実際は目と鼻の差くらいの距離。だけど僕にとってあの場所は太陽系外惑星のような存在であり、そこに近い者たちはいわば異星人であった。
それを『315』という数字が証明する。今回の学年順位だ。
「まぁ、焦らず自分のペースで頑張りなさい」
「……はい」
……またその言葉か。
担任の男の先生にテスト結果を渡された僕は、席に戻ってすぐ深い溜め息をついた。
結果はほとんどの科目で得点率が八割を超えていて、数学が少し難しく、二種類ともに六割台。我ながら言うのもあれだが、一般的な高校ではまぁまぁ優秀な成績だろう。
だが、この学校でその成績を出した僕は劣等生。
『さすがはお兄様』と言われる程の力を隠し持っている訳では無いし、そもそも僕に妹はいない。正真正銘、本当に周りよりも劣った生徒である。
その証拠に今回の学年順位は下から五番目だ。
「どうだった?」
隣の席の子が少し落ち込んだ表情を見せてこちらに話しかけてきた。
彼女は
「サイコーに悪い結果だったよ……(315位なだけに)」
「私も。下から六番目だった」
「ぐっ、負けた……」
「あはは、なんかごめんね。余計落ち込ませちゃって」
「いや、大丈夫……。僕の気持ちはこの時間が始まってから地に落ちてるし」
「ふふっ、その気持ち分かる。中学の頃までは楽しみで仕方ない時間だったのにね」
「間違いない。はぁ……、『お前天才だな!』って賞賛されていた頃が恋しいような、そうでないような……」
少しでも厳しすぎる現状から目を背けるべく、僕らは優等生だった頃の思い出に浸っていた。
「それにしてもみんな凄いよね。テストでほぼ満点に近い点を取るだけじゃなく、ちゃんと他の分野でもすごい活躍してるし」
「ホント。こっちは勉強で精一杯だってのに、トップクラスのバケモノはテスト前に一週間勉強するだけでその点数出すんだよな……」
テスト結果そっちのけで熱中する分野について語り出す異星人たちを見て、僕らは一つ溜め息をついた。
この学校では課外活動が活発である。
部活動で多大な成績を残すのはもちろん、個人でクイズやゲームなどの大会で優勝したり、大人気の小説家や動画投稿者、芸能人として活躍する者もいた。
更にはボディビルの世界大会で優勝した者も。現に左隣で岩のようにゴツゴツした上裸を晒して座っているやつがその本人である。怖い……。
「……私も頑張らないと」
そして比嘉もまた、勉強以外のことに打ち込む一人。彼女は女流棋士を目指して、日々将棋に打ち込んでいる。
比嘉は両手でグーを作って自分を鼓舞した。
「頑張れ」
「うん、ありがと!」
比嘉には幾度か応援の言葉をかけてきた。そしてその度にどこからか幻聴が聞こえてくる。
──そんなキミは、何も頑張らないの?
いや、何も頑張っていないわけではないとは思う。
僕だってこの学校で生き抜くため、地を這うように勉強に専念している。
だけどそんな自分と比嘉、そして周りの超人たちと比べて劣等感を抱いてしまう。そんな僕は「何も頑張っていない」のと一緒なのかな、って。
〇
あれから一ヶ月、三学期も春休みも終わったが僕の考えや生き方は変わらず。変わったのは一年から二年に進級できたこととクラスだけだ。
「あっ、また同じクラスだね!」
新しい教室に向かうと、隣の席には比嘉が座っていた。
なんたる幸運。僕には話し相手が少ないから実に助かるものだ。
「今年もよろしくね、束原くん!」
「あっ、うん。よろしく」
普段から話すのに慣れているが、たまに見せる満面の笑みには耐性が無いんだよな。僕は比嘉の笑顔にドキリとし、思わず目を背けた。
すると比嘉は教室の周りを見渡して──
「それにしても、やっぱり女子少ないねぇ~」
「まぁ、去年から共学になったばかりの実質男子校だしね」
「だよね。でも今年は見た感じ、たったの三人だけかぁ……」
比嘉がガッカリする気持ちも分からなくはない。僕だってハーレムに慣れているわけでは無いから、周りが女子だらけの空間で男子が三人っていうのはさすがに辛い。一人だけだと尚更だ。息が詰まる。
「よーし、みんな席に着け~」
教室に新担任の眼鏡をかけた女教師、
そのため、僕の左隣にある四つの空席がよく目立つ。
「はぁぁ……、やっぱり来てないかぁ……」
空席を見て、先生がうんざりした表情を見せるが、すぐさま話を進めた。
その最中に胃が痛くなる話題が耳に入る──卒業後の進路だ。
先生たちが『進路希望調査』を渡すと、教室がざわつく。
皆、卒業後の進路について話し出し、進路に悩む者は全くいなかった。
「比嘉はどうするの? 進路」
「わ、私? 女流棋士はもちろん目指すけど、将来のために大学に進学するかな」
「……そっか」
真面目な性格の比嘉らしい、堅実な回答だ。
「でも、どこの学校を目指すのかは何も考えてないや……」
けれどその中身は迷いに満ちている。比嘉は苦笑いしながら答えた。
「束原くんはどうするの?」
「僕は……、推薦で身の丈に合った大学に行くよ」
劣等生の僕が推薦で大学に行く? 実におかしなことかもしれないが、この学校ではそうでも無い。
「そっか。確かにそれもいいかもね。みんな一般入試で受験するから、推薦なんか使わないし」
「そう。おかげで僕みたいなヤツでも選択肢はまぁまぁあるわけだ」
「でも、一般入試は受けないの?」
「うん。特にやりたいことも行きたい大学も見つからないし、推薦で行けるところだけでも十分な選択肢はあるからね」
そう言うと比嘉はなるほど、と言って目線を前に戻した。
別に嘘はついていない。理由の全てを、僕のダメなところを見せていないだけだ。
──本音を言えば、僕だって東大に行きたい。そのためにこの学校に来たんだ。
だが僕は一般入試を受けない。東大受験なんてもう視野に無い。
だって今、皆に付いていくだけでも精一杯なのに、受験勉強なんてやれば身体と心が壊れてしまうから……。
しかし、このままではダメだ。推薦を受けるためには成績を上げなければならない。
じゃあ今より良いテスト結果を残すべきか? それはもちろん。
じゃあ他の利点を活かすか? ……それだ。
僕は成績優秀ではないし、運動神経も悪い。
だが、何一つできることが無い訳では無い。
「それじゃあ、このクラスの学級委員長を決めようと思う。誰か立候補する者いないか?」
先生が手を挙げて催促するが、誰も立候補しない。更には「お前がやれよ」と、学級委員長の擦り付け合いが始まった。
そんな中──
「……僕、やります。学級委員長」
僕はゆっくりと手を挙げた。教室の空気が一気に静かになり、皆が僕に視線を向ける。
「おぉ、束原。やれるか?」
「……はい!」
僕が背筋をピンと伸ばすと、先生は採用、と頷いた。
僕ができること──それは誰かをまとめる役職に就くことだ。
中学の頃、生徒会長を務めていた経験のある僕が皆の役に立てることであり、この学校で活かせる唯一のアドバンテージ。そして成績を上げるための数少ない手段の一つだった。
「じゃあ委員長は束原で決まりでいいか? 賛成なら、拍手!」
先生がそう言うと、教室中に手の鳴る音が響いた。右隣では比嘉が僕を見ながら笑顔で拍手を送ってくれた。
やばい、嬉しいけど超恥ずかしい……。
「……さて、委員長が決まったところで早速、束原に任務を与えるとしようかな?」
ふふっと笑い、先生は再び僕に視線を送った。
「……なぁ委員長、このクラスの状況見て、どう思う?」
「どう……って聞かれましても……」
言えない。「教室にコスプレしてるヤツとか上裸のマッチョがいるのはどう見ても問題でしょ!」なんて怖くて言えない。てかまた上裸のマッチョと同じクラスかよ……。
何も答えられない僕に、先生は質問内容を変えて再度問う。
「じゃあ委員長。隣の四つ並んだ空席を見て、どう思う?」
「えーっと……、欠席にしては多いですよね。しかも名簿順で連続した四人が同時に休むのって……」
もしかして、と思って言ってみる。
「あの……、不登校だったりしますか?」
「ビンゴ。それでだ委員長。お前がまとめるクラスに不登校児が四人もいるのはよろしくないよなぁ??」
「えぇ、そう……ですね……」
やばい。嫌な予感がする……。
弱々しい僕にまさか不良ヤンキー集団の更正を頼むなんてこと、無いよな? そう思いながら僕は身震いした。
「そ・こ・で、委員長に与える最初の任務なのだが……」
先生は腕を組み、ニヤリと笑って──奇想天外な試練を僕に言い渡した。
「絶賛不登校中の
──僕にとって、史上最悪の難題だった。
成績向上のため、唯一の利点を活かすべく学級委員長になった僕。だがこんな展開に巻き込まれるなんて間違っている!
僕は驚愕のあまり、顎が外れそうになるほど口をあんぐり開けた。
ここから始まるのは、波乱だらけな地獄のような毎日。
そして良い意味でも悪い意味でも、人生を大きく変える物語の幕開けである──。
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