Let's Do It Together




 スピカと別れて数時間後、もうなじみになったギルドリーグの待合室で、ヒメリはテーブルにおでこをくっつけ突っ伏していた。


「はぁぁぁぁ~~~……」

「でけぇ溜息だな」


 反対側に座るクロノが、呆れて言ってくる。

 口を尖らせながら、ヒメリも文句を零す。


「だって。結局あの作戦のせいでウェスナどころかラトオリにまでわたしの名前が知れ渡っちゃって、なぜか『スパイ行為でリーグを一つ潰したプレイヤーがいるらしい』って警戒心が高まってわたしを入れてくれそうなリーグ候補が壊滅しちゃったんですもん……」


 いっそ次の街に行こうかとも考えたが、第三の街はさらに実力が問われる過酷な場所だ。ラトオリまで来ることすら苦労していたヒメリが向かうのは現実的ではない。

 しかし、ウェスナ、ラトオリの二つの初期街では、既にヒメリがオーグアイで見られた瞬間に、

「あー、あの例の……」という反応をされるばっかりで、テーブルに顔も埋まるというものだ。


「まあリーグクラッシャーの面目躍如ってところじゃないか」

「クロノさんに言われたくないんですけど」

「んだとこら。めり子の名前のせいだろ」

「ロキコンのほっぺたさんに名前のこと言われるとムカつき度倍増しますね」

「あーあー、そういうこと言う? リアルじゃ年上だったかもしれないけど、ここじゃ関係ないからな。ここじゃ実力が全てだ。俺は年上相手でも毅然とした態度でいくからな」


 クロノは元々高校生だったらしい。

 ということは、おそらくヒメリの方が一つか二つ年上になる。だからといって、ヒメリは別に年上年下がどうとかは気にしないのだが。


「それは、別に気にしないですけどね。実際わたしはレベル低いですし」

「いいんだ」

「なんで今、今日一ほっと一安心みたいな顔したんですか。今まで実はちょっとタメ口びびってましたね」

「びびってねーし!」


 クロノとのそんなつまらない小さな言い争いも、今の状況を考えれば幾何かは不安を和らげる助けにはなるようで。


 帰れなくなっても、この中で生きている人たちはなんとか協力しあって生きようとしている。ヒメリも帰れる見込みはまだないけれど、この人たちと共になら、絶望せずに世界がまた変わるのを待っていられるかもしれない。


 そうとはいえ。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~…………」


 テーブルに突っ伏して息の続く限りの長い長い溜息。暇な時間ゆえに今の厳しい現実だけが浮き彫りされて気分も晴れようがない。


「そういやあのおっさんからギルドの面子紹介してもらえるんじゃなかったのか?」


 それがですね……、とヒメリは呻きながら説明した。


「アリスさんのリーグに入るかって話はちょっとあったんですけど、なんか、アリスさんじゃなくてメンバーの他の男の人たちから反対されたんです。『女の子が入るとリーグが分裂するからダメだ』って。理由はよくわかんないんですけど」

「ああ、なるほどな」

「え、クロノさんどうしてかわかるんですか?」

「himechanの派閥争いが従者の間で起こるって意味だろ?」

「わたしは違うんですけど! っていうか従者ってずっと気になってたけど何!? どういう存在なの!?」


 そもそもアリスと対立する気もないし理由もない。それに、したとしても勝てる気がしない。色んな意味で。


「アリスさんがとても気を遣ってくださって、わたしでも入れそうなリーグを探してくれるって言ってくれたんですけど、まだしばらく時間がかかるそうです。今回の事件の事後処理やらなにやらで」

「ふーん。ま、リーグに入ってなくてもここにいりゃウェスナにいたときよりは楽にはなんだろ。うまくやるんだな。俺はそろそろ自分のリーグを見定めるために別の街に――」


 ふとクロノが首を回し店内の入り口に目を向けると、彼は口を開けたまま制止した。

 不思議に思ってヒメリも彼の視線の先を追うように頭を振り向ける。

 そこにいたのは、ヒメリには想像もつかないほど遙か遠くの街にいるはずのスピカが、流れる金髪をかきあげながら二人をにまにまと無邪気な瞳で見つめていた。


「スピカ」「スピカちゃん」


 二人が同時に呼びかけると、スピカはすぐに嬉しそうな顔で近付いてくる。


「よかった。まだここにいたんだな」

「まだって、さっき別れたばっかじゃねーか」

「また会いにくると言っただろう」

「いや、はやすぎだろ。普通にもっと後の話だと思ってたわ」

「我慢できなかった」

「子供かお前は」

「ふふっ、逃げられてはかなわないからな」

「……逃げねーって」


 絶やさず笑うスピカに、ヒメリは素朴な疑問をぶつける。


「アドミニスタの仕事はもういいんですか?」


 するとスピカは、かつてないほど快闊に、にかっと笑った。


「辞めてきた」

「「はあっ!?」」


 慌ててオーグアイで確認すると、確かにスピカの名前の横からは、リーグ名が無くなっていた。リーグ名がないということは、クロノやヒメリと同じように、無所属ということだ。


「カリストたちの処分を任せた後にな、団長に話をつけてきた。多少渋られたが、最後には頷いてくれたよ」

「団長も決断はやすぎるだろ。渋られたどころの話じゃねえし。でもまあ、あの人ならやりかねないか……。っつかどうする気だよ。アドミニスタに入れる機会なんてそうそうないのに」


 まさに驚愕の顔でクロノは呆れていたが。


「だって、二人はリーグを作るんだろう? わたしも入れてもらおうと思って」


 にーっと二人を見比べるスピカは、脱退してきた後ろめたさなど微塵もないようにそう言ってきた。


「リーグを、つくる……?」


 ヒメリはスピカの言葉を繰り返して、一人沈黙した。

 そうか。無理に既にあるリーグに入らなくても、新しく作ることができれば――


「いや、つくんないぞ……」

「えっ? 二人ともリーグに所属してないのに一緒に行動していたってことは、そういうことじゃないのか?」

「いやお前、その捉え方は飛躍しすぎ――」


 否定しかけたクロノを押しのけて、ヒメリは叫ぶ。


「つくりますっ! それいいじゃないですか! みんなでリーグをつくりましょう!」


 ヒメリが身を乗り出すと、スピカも安堵したように薄く笑みを浮かべ、遠慮がちに続ける。


「やっぱりそうだったんだな。なら、わたしも一緒に、その、いいだろうか……?」

「もちろんですよ! スピカちゃんがいれば百人力です!」

「よかった。二人ならきっと受け入れてくれると思ったんだ。思い切って辞めてきて正解だった。これからもよろしくな。ソウタ、ヒメリ」

「はいっ!」

「ちょっ、待っ、俺は……」


 慌てるクロノに、スピカはにまりと笑みを浮かべて振り向く。


「ソウタ、あのとき約束しただろう? わたしの前から二度といなくならないって」

「そ、そうだっけ……?」

「そうだとも。だからわたしはここに戻ってきたんだ。ソウタと同じリーグなら、目を離さずにすむしな。一石二鳥だ」


 からかうように目を細めるスピカの横で、ヒメリも支援に加わる。


「そもそもクロノさん、リーグ恐怖症でよそのとこ入れないんだし丁度いいじゃないですか。自分で作れば自由にできますよ」

「入れるわ! めり子よりかは入れるわ! ……多分」

「それに、スピカちゃんにリーグ辞めさせてしまって、そのままほっぽり出すんですか?」

「うぐ」


 クロノもスピカやブランキストの団長を説得し直すのは骨を折るものだとすぐにわかったのだろう。会いにいくのも抵抗があるようで、それ以上反論の言葉を持たなかった。

 すでにリーグを作るを方向でやる気を見せているスピカに、ヒメリも乗っていく。 


「どっ、どんなリーグにしましょうか!」


 ぐっぐっと拳を握ってわくわく顔でリーグに関してもベテランのスピカににじり寄る。


「そうだな。まずは多目的かつ多方面で活動ができるフリーリーグでいいだろう。その方が方針ができあがるまで自由に動きやすいし、地盤を固めるという意味で効果的だ」

「わーっ! いいですね!」

「いや、ほんとちょっと待て。俺、あの、お願い」

「最初はみんなでギルドリーグの依頼をこなしつつ、方向性を安定させていく。それから専門性を高めていって、高ランクのモンスターや遠くの街へ行くのもいいかもしれない。あるいは、どこかの街に拠点を作って、職人や商人たちと人脈を頼りに商売をすることだってできる」

「リーグだとそんなに活動の幅が拡がるんですね! 知らなかったぁ」

「リーグこそがウルスラインの醍醐味だからな。きっとヒメリが知らなかったことが沢山できるようになる。わたしも微力ながら助力しよう」

「微力なんて! スピカちゃんがいるならなんでもできそうな気がします! わたしがリーグなんて……わぁ、夢みたい!」


 手を合わせあって盛り上がる女子二人を前に、クロノは口を挟むことができす、


「名前、変えてええええぇぇ!!」


 天に向かって力の限り叫んでいた。






 おわり







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

100回名前を変えたらログアウトできなくなりました。 樺鯖芝ノスケ @MikenekoMax

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ